フランス・スペインの旅(16)

74歳のヨーロッパ一人旅(16)2月16日Bea unen・Tournusなど4街

ホテルで紹介してもらったボーヌ街に行くことで早く食事に降りた。するとSS君も降りてきた。彼は今日午後からパリに帰るらしい。彼は婦人用バッグウの研究するためにパリとイタリーで研究するらしい。そのためにフランス語が必要なのでの留学らしかった。フランスを終えてからイタリーに行くのはなかなかよい判断だと僕も賛成だ。「今、日本は大量生産、大量販売の時代は終わり、これからは個性のあるオンリーワンの作品が望まれる時代になってくるだろうから、SS君でしか出来ない商品を作ることはいいことだ。だが個性のある商品は沢山の世界の商品を見、その中で生まれるのが個性だから沢山の商品を是非見て回ってほしい。だが世間から認められるということと、個性のある作品とは必ずしも一致しないからね、世間の目に迎合すると、個性ある作品は出来ないと思うよ。これはどんな業界でも同じだから僕にもそんな意見が言えると思う」。
「ゴッホや日本の青木繁なども死んでから評価されたし作曲家なども発表したときは不人気だったのが後に評価された作品がベートーベンやモーツワルトにしてもそうだったのだから、芸術などに携わる人はお金についてあまり執着しなかったひとたちが多いように思うから、こんなことは極端かもしれないが、参考にしてもらっていいのではないだろうか」そんなことで今後の活躍を期待したい。お互いにアドレスを交換して励ましあいすることでホテルで別れた。
ボーヌ行きは9時22分である。1時間ほどで着いた。外は小雪であるが、室内は暖房がよく効きドアーつきの個室に中年の紳士と僕だけである。ファーストクラスに乗る人だけあって経営者の雑誌を熱心に読んでいて、少々話にくい感じだったが、車掌が僕の降りる駅を「次だ」といったもんだから「いやこの人の降りるのは次の次だ」と車掌に訂正してくれていた。だから、雰囲気がよくなってきた。
ボーヌの街は本によると、修道院が有名で1443年に建設されたが、そのまま保存されていて、ここの統治の大書記官がなかなかの人で、貧しい人たちのために無料の医療を続けたというから、どんなところか関心があつた。
もう一つは、ワイン市場がたくさんの種類のワインを試飲できると書いてあるからそれも魅力であった。
ところが朝10時半についてみると、粉雪であり、古風な建物はいっぱいあるが、人がほとんど歩いていない。大きな古風な建物あがったから、とりあえづ入ってみた。すると日本人の壮年の男性がいて、「ここはワインのメーカーです、修道院は近くだから僕も銀行に行くところだから途中まで案内しましょう」ということになった。彼の話によると、日本のサントリーの関係に勤めていたが、本場のワインにひかれて、ここに勤めて7年になる。「ここへは何んでこられたか知らないが、ワイン以外には何もありませんよ」ということだ。
近くの畑はすべてブドウ畑です、高さは1mぐらいでカットしてしまいますからあまりブドウ畑とは感じないでしよう」。
修道院に入った。修道院の生活や教育などの歴史がその時々の道具などもふくめて展示されてあるし、みんなを集めて説明もあった。この敷地は広大でそうとうなシスターがフランス中に排出されたのだろう。
ワイン市場は沢山の種類があり、試飲もあるらしいが、2時からのオープンというから飲まなくてもいいと考えこの街の古い町並みを撮って次の街にうつることにした。
次の駅はTournusだ、計画はなかったが下りてみたら、さっきの町と変らない古さで、より奇麗だ、そして歩いていると大きな川があり遠くの岸へ霞がかかり素晴らしいところにきたと我ながら大発見だった。教会に入り、俳句を記帳しておいた。
粉雪の舞う教会の寒さかな
次の駅でも下車し、こんどは本場のワインを飲むことにした。教会の前のパブに入り雪の降る教会を眺めながらのワインだった。なにも銘柄はわからないから、ただワインとだけ言って注文したら、「ホワイトか赤どちらにしますか?」というからホワイトにした。ワインはどちらにしても飲む習慣がなかったから、どちらでもよかったのだ。
ところがなかなかのもんだ。美味しい。だいいち値段が安い。2.5ユロというし、大きなウィングラスに半分ぐらい入れてもってくる。ちょっと見た目には少ないように見えるが、結構酔いもまわってきてよい気分になってきた。
こんな田舎の各駅停車で一人でのワインとはなかなか洒落れてフランス女性などと一緒に飲むとのんびりできるものである。
時間があるからもう一つの駅にも下車してみたが、そこは新しいビルなどの建設がおおかただったので名前も印象もなかった。だから今日は4つの街を歩いたことになる。
中央駅の近くのデパートで中華料理を買って帰る。 
ホテルに昨日会った北海道大学の今年大学院にはいる女性がいた。彼女と中華料理をつまみながら話していると、こんどは大阪大学フランス語(元大阪外大)の女性が二人きた。が彼女らは飲めるというので乾杯することにした。
しばらくすると今度は名古屋芸術大学の女性も入館してきたので今日は日本人がいっぱいになった。
北海道大学の平岡智子さんは僕のパソコンで日本への便を打ちはじめ、インターネットカフェでは日本語ができないから助かったと喜んでくれた。彼女はおそらく中学、高校とクラスではトップクラスだっただろうから、北海道大学では、少なからぬ優秀な学生と接し自分がある程度天狗になっていたことでショックを経験したそうである。「人間ひとつ違った社会に出るとコンプレックスを感じるおのですね」と初めてコンプレックスらしいものを経験したという。だからあなたが今度進む大学院はまた同じような場面に合うことは間違いないはずです。それが人間というものなのです。だから自分を知る、自分を理解することを始めましょうや。と僕の助言をしておいた。自分を評価するということを、日本の社会ではなかなかできにくい環境だから、人から評価される前に自分自身を評価してみようじゃないですか、そのためには他人と比較することを一時中止して自分の優れた点を書いてみようじゃないですか。たくさん書くうちに、ああ自分も人から頼りにされるところがあるものだ、と必ず発見できるはずです。それができると他人と比較しない自分ができる習慣になるはずです。その自分らしいことが発見したら、もうどんな環境が変わろうが、どんな時代になろうが、あなたは堂々と生きる力を持つでしょう。
そんなことで、飲みながらだから、楽しく語らいができた。大阪大学のNM子さんともぼぼ同じ話しをして11時ぐらいまで語りあった。
NM子さんは昨年の9月から文部科学省の交換留学生として半年フランスの留学らしく、彼女を頼って、KY子さんは2週間のフランス旅行だという。専攻がフランス語だから彼女らはフランス語が喋れるからなんの心配はないようだ。
もう一人の女性は名古屋芸術大学の油絵を専攻だから、たくさんの絵画が見れるから勉強になることが多いと思う。彼女も一人旅である。えらいと思う。大学3年である。
こんな話していたら、男性二人東京都立大学建築科在籍3年生も遅く到着した。彼らは夕食がまだというから、ホテルでフランスパンをもらってやり、ビールで乾杯した。今夜は僕も含め7人の日本人になった。みんなはもう明日ホテルを発つてそれぞれの目的地にでるらしい。若いからできる強行軍である。
11時すぎに今夜映した写真をみんなに送信しておいた。あまり日にちがたつと名前と顔が一致しないから眠むたかったが、完送することができた。
[PR]

# by akinishi1122 | 2009-03-29 10:27 | 旅行 | Comments(0)

フランス・スペインの旅(14)

74歳のヨーロッパ一人旅(14)2月14日
起きたら薄く雪が積もっている。ここもパリと変わらない冷え込みだ。昨日から少し風邪気味だったので、ルルを飲みパッチを3枚重ねて出掛けた。午前中はパソコンや日記で過ごしあまり強行軍にならないようにするつもりでいる。
一日フリーの市内乗車券をかったら4.5ユーロであり、バス、地下鉄、路面電車に乗れるから便利である。
市の中心を歩いてみたら小パリといったような感字。建物もほぼ同じ時代のものがあるし、国王も一時ここでの統治をしたというのだから、そんな風格があっる。ホテルから全景をみればフィレンチエの感じだし、そんな重おもしさがある。
中心は二つの川に挟まれた島のようである。川の流れは急で、しかも泥水だが汚いという感じではない。
まずバスに乗り終点まで乗る、30分かかったが、郊外のなにかのんびりした農村風景を期待したがくねした坂道を走っても期待したものはなかった。バスのチケットをみんな刻印機に打ち込んでいるが正直な人ばかりだなと思う。
次に路面電車に乗りやはり終点から終点まで乗ったのだがこれは街の平面を走り、ローヌ川沿いに走るから、これで街が大体つかめたようだ。僕のホテルのすぐ上に城があるがこれが夜になるとライチアップされてなかなか美しい。ここには現在ローマ時代から現代までの出土品などが展示された美術かんになっいるという。
路面電車で中央駅で降りたらここはデパートとスーパーが一緒になってるような賑やかである。ここで今夜の夕食に中華のチャーハン、酢豚、鴨のフライをかって帰る。
夕食にキッチンで温めて食べたが量が多すぎるから、同室の香港の大学生も一緒だったから食べるように勧めたが、彼も中華丼のようなのを買って食べているからもう満腹だと辞退されたので半分ほど捨てた。彼は24歳というがドイツの大学に留学して飛行機の機械の整備の勉強をしてるらしく、ドイツから週末だか観光にきたという。
同室にはオマーンというアフリカの青年がいて、彼は朝起きたら「聖書」を声をだして30分ぐらい読んでいる。オマーンのフットボールのプロの選手で。いま試合のためにきているらしい。
この青年と香港の学生が同じクリスチヤンだからキリスト教のことだろうか、熱心に話なしている。オマーンの黒人青年は相当熱心なようで、僕がはたで見ていると目を剥きだしてなんか喧嘩でもしてるような話かただ。宗教も熱心になると異常に見えるものだ。
昼前に日本人青年がきた。彼はパリに語学留学らしいが、半年の予定で今月で帰国するから、週末の旅だという。彼は学生ではなく、一般の会社を辞めてきたらしい。この青年と僕だけが日本人である。やはりリオンはそれほど日本人にはなじみがないのかもしれな。
[PR]

# by akinishi1122 | 2009-03-29 10:19 | 旅行 | Comments(0)

フランス・スペインの旅(

74歳のヨーロッパ一人旅 (13)2月13日 ニースに向かう
朝はゆっくり起きて韓国夫妻と食事、彼らと別れの挨拶をしてから、部屋で日記を書く。今朝も雪が積もり、パリに来た翌日と出発の日が雪になったことになる。10時半にホテルを出る。駅までの雪溶け水を選びながらだから、15分ほどかかった。スーツケースが相当重い、来たときから読み終えただ雑誌の5カ月分、それに肌着二枚ほどは処分したがやはり20kはあるだろうから、階段が気になっていたが、最初のトラムの階段を降りるとき、すぐ後からきた黒人の女性が手伝いましょうと一緒に降りるまで運んでくれた。
彼女は20歳ぐらいだろうが、若いのによく気づくものだとありがたかった。
乗り換えにあと2回ほどの上りの階段があったのにこのように一人は白人のやはり若い青年。次は40代の紳士が上まで手伝ってくれたから、本当に助かる。まだエスカレーターやエレベーターが全てにいきわたっているわけでないので、このように荷物を持った人に自然に手伝う習慣ができているのかもしれない。それともキリスト教の精神で助けるという教えが子供のときからの文化になっているのだろうか。
もう一つ気づくことは、物貰いが多いということだ。地下鉄の通路や電車の中でも歩いてきて手のひらをさしだし、お金乞いをする。それにたいして何人かの人が小銭をポンと出しているのだから、困った人が生きのびることになるのであろう。アラビックの若い婦人が乳飲み子を抱いて、しかも奇麗な服装で物乞いをする姿はどう解釈したらいいものだろうか。イスラム教では「困った人は富んだ人から恵みをうけることは当然」という教えと聞いたことがあるが、そのように解釈すれば納得できないこともない。
またパリの最後で感じるのは、一般にパリは世界のファッションの中心という認識があるが、地下鉄や町を歩く若い娘さんでもそんなファッションの先端をいく人たちをみたことがない。一般に若者は日本の若者が着ているような服装で、かえって日本女性のほうがファッションは美しいといえる。ただシャンジェリジェ通を歩いていると店にはセンスのよい服装が陳列されているのは確かだ。一般の人でもシャンジェリジェを歩いたりオペラなどに行く時などはさすがに奇麗な服装である。
また街の道路もパリでも中心だけがきれいに舗装されているが、裏通りや郊外などの道路は工事あとの凸凹でまだそのままになっていたりして、日本のほうが道路は整備がすすんでいるようだ。
TGV列車には12時54分発でこれはやはりTGVのために路線を引いたのであろう、あまり建物がない日本の新幹線の路線みたいに整備された地域を走ってる感じ。
パリ発で止まることはなく丁度2時間でLYONE駅についた。
ホテルの地図を探そうとしたら、ここのインフォメイションは女性がそれらしいお客に声をかけてきて、相談にのってくれる。乗り換え駅から地図まで教えてくれるからありがたいことだ。
地下鉄があるくらいだから、かなり大きな街らしい。まず地下鉄に乗るためにチケットを買い、近くにいたインド人の婦人にホテルのある駅を聞いた、すると自分もその方向に行くから、一緒にいきましょう。となり、乗り換えるとき、自分はここで降りるがあなたは次の駅でまた乗り換えなさい。と言ったかと思うと、若い女子学生風の3人連れに「この人を○○駅まで案内しその次の乗り換えを教えてやってくれ」と頼んでくれている。それだけではない、また駅員に僕のことを頼んだらしく、駅員まで乗り込んできて、僕に説明しはじめた。なんと親切人々なのだろう。
最後に乗り換えるとき、女子学生が駅長室まで連れていき、自分も知らないらしく、ホテルにはどうやっていけるのか聞いてくれていた。
こんどはケーブルカーに乗り換えだ。何かフランス語で説明してくれるのだが、「そこからは歩いていけるのですか?」と聞いたら、坂道を下るだけだ。と教えてくれたが、いざケーブルカーに乗って、隣のお客に聞いても、どこで降りたらいいか、ホテルの住所を知らないらしい。駅員はフランス語で次の駅だと説明してくれたのだろうが、僕にはそれが解らないのだ。だから次の頂上駅まで行ってみた。そこで聞いたら、ひとつもどりなさい。と言われ、引き返えした。
そしてホテルを50ぐらいの男性に聞いたら、(あなたは寝るところを探しているのだろう?)とジェスチャーで示し、ついてきなさい。とのことだ。この人は寝るところのジェスチュアーだが僕はユースだから、ホステルとは言っていないのに一般のホテルに連れていかれても困るが、思いながらついていくと、ユウスのマークが見えてきた。この人は僕の旅の姿をちゃんと見抜いてくれたのだった。ほっとした。部屋が決まり、バルコニーに出てみたら、ここは山の中腹である。そして麓を眺めると一面に古い建物があり、それもあのイタリヤのフィレンチエのようなドームもあるし美しさと古さだ。部屋もきれいだし、一遍に気にいった。
4時ごろだから全部写真にも撮れた。
夕食のために山を降りた。かなり高いところにホテルはありこの街全体が眺められる位置にある。教会に入ったら、30人ぐらいの信者を前に讃美歌をう歌っている女性のシスター、それに男性が3人、そのなかの一人の神父は黒人である。黒人の神父が説教をはじめた。これも初めて見た経験である。そういえばフランスには沢山の黒人が目につく。フランスはたくさんのアフリカ植民地をもっていたからであろうか。
ハイシライスのような冷凍食品、ヨーグルトプリン、牛乳、ビールなどを買ってケーブルカーで帰る。
ホテルには日本人はみかけなかった。
電話メールを開いたら、きあらちゃんから「のんの、ぱりのごはんはおいしいですか?ぱりは、さむいですか。もうちょっとでたんじょうびです。」とあった。だから電話メールで返事をだしたのだが、僕の電話メールはどのくらい文章が打ち込めたのやら、きあらちゃんのようにうまくいってないかもしれない。
[PR]

# by akinishi1122 | 2009-03-29 10:10 | 旅行 | Comments(0)

フランス・スペインの旅(

フランス・スペインの旅(12)2月12日 ロワール地方
ロワール地方に行くために昨日作ってもらったプランの駅に着いた。余裕をもって明日のニース行きのTGVの予約もせねばならないと1時間前である。そしてキップ売場で座席の指定を頼んだ。すると「あなたの行くTOURS駅へはここの駅よりもモンパルナス駅からが直通で行けるから今からだと間に合うからそちらにしたらどうですか?」というのだ。
「そこに行くにはメトロは無いからバスにしなさい」と言って僕が困惑していたら、「私に付いてきなさい」と言って窓口を閉め事務所から出て、さっさっと歩きだすのである。なんと親切な駅員さんなのだろう。果たして日本ではこんな駅の事務員さんがいるだろうか?バス停まで300mぐらいも歩いてくれた。大感激である。僕は深〃と頭を下げ、日本式のありったけの感謝の気持ちを表した。僕の便利なように、しかも仕事を中断して僕のためにバス停まで案内してくれるこの中年の丸々ふとった女性の顔が忘れられない。
そんなわけでバスでモンタルナス駅に着いた。そこで座席の指定をとるために窓口に並んでいたら日本人青年がいた。神戸外大を今年卒業し初めての海外旅行だという。行く先は僕が先日行ったオーレリアンというから一緒の方向だし、同じ席にした。彼は三井住友信託銀行に決まったらしく。2週間のフランスらしい。就職の門出にお祝いの励ましの言葉の積もりで今の社会は激動の時代で銀行たりとも容易ならざる時代だし、あなたの会社は一流だがそこにはそれなりの先輩がやはり名門の大学を出ているから、自分の予想していたことと違う厳しさに直面するだろうが、その時新人は自分に失望することがあるから、自分の価値を発見することを勧める。それは「人と自分を比較しないことだ、自分しか持っていない個性を今からメモに書き留め絶対に他人には見せない自分を2000書き出してみよう、すると自分の個性が発見できるものだ、それをあなたの尊厳としていつも心に持ち、自信になる、僕も沢山の新入社員を見てきたが、後々素晴らしい活躍する人は残らず個性を持った人である。会社でも自分の個性を貫く人が結局頼りになるものだ。だから、人生の先輩として、参考にして生きてください」などと話した。すると途中でノートをとりだしメモをとってくれた。
「いままでそんな話大学でも聞いたことありません、今後なにかあったら教えてもらっていいですか?」とまで言ってくれた。僕も日頃考えていることを楽しみながら話でき楽しいひとときを過ごすことができた。
彼と別れてロワールの終点駅についた。ロワール川はフランスで一番長い川で1000キロ以上を流れて大西洋にいくらしい。だから列車から眺める川が気持ちよく泥川であるが豊かな気分になる。この川の泥色は雨ばかりのせいではないだろう。パリでも澄んだ水の川をみたことがない。ロワール地方にはこの川沿いにたくさんの城があるらしいが、それが集中していないために全部みるには半月もかかるらしいから、列車にうつる景色の城だけになった。
終点のTOURS駅からロワール川にでて、遙かにみえる城をみた。街にある教会も古く、13世紀から16世紀にかけた300年間で建設された教会である。日本ではまだ室町時代に入っていないのに高さ30mもある石でできた教会が鉄骨やコンクチートの無い時代によくもできたものだし、300年間同じ理念で工事が続けられたことがもっと素晴らしい文化だ。
冬の旅今日で最後のパリとなり
この句をサン・ガデアン大聖堂の記帳簿に記帳しておいた
市庁舎の前の賑やかな通りに大きな二つの噴水があり
噴水の勢いながら凍てにけり
ここの駅で明日のニース行きの指定席を予約することができた。帰りの列車はTGVであったから1時間でパリにつき夕食は韓国人夫妻とホテルの管理の婦人と雑談しながらみんなでビールを飲む。今日は韓国のビールを夫妻が買ってきてくれていた。ここの管理人婦人はここの奥さんとばかり思っていたが韓国と中国人とのハーフだと自己紹介してくれた。52歳というが若く美しいし、韓国料理が大変うまい。彼女ともいっしょに写真におさまった。
雲落つる畑の果てやパリの冬
フランスを走る列車は畑の中を走る。そして雲が遠くで畑まで落ちているか吸い込まれているように果ての果てまで見渡しながらの列車である。





xs
[PR]

# by akinishi1122 | 2009-03-28 22:15 | 旅行 | Comments(0)

フランス・スペインの旅()

フランス・スペインの旅(12)2月12日 ロワール地方
ロワール地方に行くために昨日作ってもらったプランの駅に着いた。余裕をもって明日のニース行きのTGVの予約もせねばならないと1時間前である。そしてキップ売場で座席の指定を頼んだ。すると「あなたの行くTOURS駅へはここの駅よりもモンパルナス駅からが直通で行けるから今からだと間に合うからそちらにしたらどうですか?」というのだ。
「そこに行くにはメトロは無いからバスにしなさい」と言って僕が困惑していたら、「私に付いてきなさい」と言って窓口を閉め事務所から出て、さっさっと歩きだすのである。なんと親切な駅員さんなのだろう。果たして日本ではこんな駅の事務員さんがいるだろうか?バス停まで300mぐらいも歩いてくれた。大感激である。僕は深〃と頭を下げ、日本式のありったけの感謝の気持ちを表した。僕の便利なように、しかも仕事を中断して僕のためにバス停まで案内してくれるこの中年の丸々ふとった女性の顔が忘れられない。
そんなわけでバスでモンタルナス駅に着いた。そこで座席の指定をとるために窓口に並んでいたら日本人青年がいた。神戸外大を今年卒業し初めての海外旅行だという。行く先は僕が先日行ったオーレリアンというから一緒の方向だし、同じ席にした。彼は三井住友信託銀行に決まったらしく。2週間のフランスらしい。就職の門出にお祝いの励ましの言葉の積もりで今の社会は激動の時代で銀行たりとも容易ならざる時代だし、あなたの会社は一流だがそこにはそれなりの先輩がやはり名門の大学を出ているから、自分の予想していたことと違う厳しさに直面するだろうが、その時新人は自分に失望することがあるから、自分の価値を発見することを勧める。それは「人と自分を比較しないことだ、自分しか持っていない個性を今からメモに書き留め絶対に他人には見せない自分を2000書き出してみよう、すると自分の個性が発見できるものだ、それをあなたの尊厳としていつも心に持ち、自信になる、僕も沢山の新入社員を見てきたが、後々素晴らしい活躍する人は残らず個性を持った人である。会社でも自分の個性を貫く人が結局頼りになるものだ。だから、人生の先輩として、参考にして生きてください」などと話した。すると途中でノートをとりだしメモをとってくれた。
「いままでそんな話大学でも聞いたことありません、今後なにかあったら教えてもらっていいですか?」とまで言ってくれた。僕も日頃考えていることを楽しみながら話でき楽しいひとときを過ごすことができた。
彼と別れてロワールの終点駅についた。ロワール川はフランスで一番長い川で1000キロ以上を流れて大西洋にいくらしい。だから列車から眺める川が気持ちよく泥川であるが豊かな気分になる。この川の泥色は雨ばかりのせいではないだろう。パリでも澄んだ水の川をみたことがない。ロワール地方にはこの川沿いにたくさんの城があるらしいが、それが集中していないために全部みるには半月もかかるらしいから、列車にうつる景色の城だけになった。
終点のTOURS駅からロワール川にでて、遙かにみえる城をみた。街にある教会も古く、13世紀から16世紀にかけた300年間で建設された教会である。日本ではまだ室町時代に入っていないのに高さ30mもある石でできた教会が鉄骨やコンクチートの無い時代によくもできたものだし、300年間同じ理念で工事が続けられたことがもっと素晴らしい文化だ。
冬の旅今日で最後のパリとなり
この句をサン・ガデアン大聖堂の記帳簿に記帳しておいた
市庁舎の前の賑やかな通りに大きな二つの噴水があり
噴水の勢いながら凍てにけり
ここの駅で明日のニース行きの指定席を予約することができた。帰りの列車はTGVであったから1時間でパリにつき夕食は韓国人夫妻とホテルの管理の婦人と雑談しながらみんなでビールを飲む。今日は韓国のビールを夫妻が買ってきてくれていた。ここの管理人婦人はここの奥さんとばかり思っていたが韓国と中国人とのハーフだと自己紹介してくれた。52歳というが若く美しいし、韓国料理が大変うまい。彼女ともいっしょに写真におさまった。
雲落つる畑の果てやパリの冬
フランスを走る列車は畑の中を走る。そして雲が遠くで畑まで落ちているか吸い込まれているように果ての果てまで見渡しながらの列車である。





xs
[PR]

# by akinishi1122 | 2009-03-28 22:13 | 旅行 | Comments(0)