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70歳の語学留学1年生(44)

2005年8月23日(火)(44)
日本・モーリタニヤ親善協会設立
今日、学校でせっかく仲良くなったから日本・モーリタニヤの親善友好協会を作ろうじゃないかとファチマチュウ教授に話したら賛成だという。そしてみんながこのことを次々に話して喜んでくれた。非政府の僕と彼女等と相互の国の文化を知りあうことは楽しいし、僕のライフワークとしても日本人にモーリタニヤを知らせるチャンスをつくりたい。ここで知りあっただけで10人はいるし、各々が国のお金で留学している人だし、一定の影響力をもつ人たちだ。今後もいろいろの役割を国で果たす人達だ。
アイサツーが早速Nobuにメールを送ってみるといって僕のアドレスをメモしてくれた。
ロンドンに行った時いっしょだったモーリタニヤの地質学者の友人で他のクラスの人の写真を催促されていたのでコピーしておいた。ひとりでも多く交信できるのがいいし、もう今週だけだから、チャンスはすぐ実行しておかねばならない。
日本語の解説書でニュートンやバイロンが出た学舎はもういちど認識のため見ておかねばなるまいと、帰りに行ってみたら僕のクラスに昨日から来た学習院大学の慎一郎君と明治大学の杉山新君が声を掛けてきた。彼らといっしょにパブにはいりビールを飲む。葛西慎太郎君は同じクラスでフレンドリーになっているから、先生も仲がいいねといってくれている。彼はこれからまだ1ヶ月いるから、この雰囲気を続けていてくれと頼んでおいた。
日本の印象についても僕を通じて親近感をもってくれているし、是非このまま引き継いでもらいたい気持ちだ。そうすることで慎太郎君も勉強できやすいだろう。明治大学の4年杉山新君も就職は決っているらしい。会社に入ると自分で良い先輩というのは創るようにしたほうがいい。良い先輩は先に居るのではなく、創りだすのは自分自身だと思うようにし、自分で働きやすい環境を創る気持ちを持って入社してもらいたい。嫌な先輩は必ずいるものだが、早くその人の良い点を見つけ、探しだして学ぶ気持ちをもつことで先輩は変化するものだ。そして自分が学ぶべき点と思ったら、その点を先輩に話すことでその先輩も変わるものだ、と僕の経験を話しておいた。
朝薫に電話を入れて、昨日帰国便をスイスのBurryに心配かけたらいけないからチケットの通りヒースローから帰るとその旨を顕から電話しておいてほしいと頼んだ。
昨日同室の中国の李意君が「先週少々家でトラブルがあった」と説明してくれた。詳しい内容ではないが、いつもの靴が無いし、靴箱の外に置いてある、何故だろうと思っていたら、今日学校で下宿していた歯学生が声かけてきたので「君は何時に家を出たのか」と聞いたら「もう下宿先を学校の近くする、ここは学校から遠すぎる」と言っている。
僕もそうは思うが下宿を代わるという気持ちまではならなかったが、彼はどうやらホストマザーのLeslyに言ったのではないか。それで彼女の機嫌が悪くなったらしい。
どうやら彼は学校に文句を言ったのではないか、僕の推量だと、「何故学校から遠い下宿を紹介したのか」といったようだ。それなら「出て行け!」と言ったようだと李意君はみている。外国人というのは自分の気持ちを率直に述べるからこんなことがおきるのであろう。いずれにしても僕の旅行中の出来事だった。
もう一つはロシヤのステファンが居なくなった。どうしてだと李意君に聞いたら、1ヶ月の夏季休暇で家に帰ったという。李意君と区切った部屋で彼は勉強していたが、李意君だけで部屋を使うようになっている。
一人が出たら昨日からまた生徒が来ていて夕食が一緒になった。Lesly
の手早さには驚きだ。リーゼントスクールの学生だという。こんな手早いところを見ると学校との契約ができているのかもしれない。アラビヤの学生だし、どうも学校が生徒を確保するためか、Lesulyが下宿生を確保するためかここでは一つの下宿産業としての職業になっているかもしれない。今度の学生は黒人に近い肌の色をしているからインド人のMaria
ような顔かたちである。20歳でいろいろの国の人々とこの下宿で知り合いになる。
Mariaが8時から散歩に行かないかと誘ってくれた。君の勤務時間は?と聞いたら、朝8時から夜8時まで仕事をする契約でルーマニヤからきているという。
今日は庭に花を植えるための敷き板を玄関にガーデニングをしたらしい。散歩して彼と缶ビールを飲んでしると日本人らしい女性が自転車で通ったが韓国人がよく日本人に似ていて、沢山間違えることがある。彼女が「今日は」「お影さまで」「有難うございます」と知っているだけの日本語で語り彼女も交えて話す。英語は非常に上手だし発音も綺麗だ。Mariaとは英語でなんなくお喋りしている。20歳というがどこでその英語を習ったのかと聞いたら韓国では学校にイギリス人教師が英語を教えていたという。僕の歳を聞いて「70歳から勉強するなんてえらいですね」というから「いや僕は100歳まで生きるつもりだからまだ30年も英語をつかわねばならないから」と説明しておいた。そしたらサーテイーという発音をなおしたがいい。と何回も発音練習をしてくれた。韓国人は貴方が初めての友人で英語まで教えてくれ忘れない、写真を3人で一緒にとりましょう。となりMariyaは「これから時々夜二人であそびに行きましょう」と約束もしていた。
岡山100歳の会員横谷敦子さんにこの話をメールしておいた。


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by akinishi1122 | 2014-03-21 16:53 | 旅行 | Comments(0)

今日の一句

如月や書いておくべき旅あまた   旅日記の未整理が積もり春になればと追い立てられる気分になる
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by akinishi1122 | 2014-03-21 10:24 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

春の夜や興奮の遺書正治読む 経済同友会の専務幹事品川正治氏の「遺書」対談を朝の3時まで読む
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by akinishi1122 | 2014-03-20 08:29 | 俳句 | Comments(0)

70歳の留学1年生


2005年8月22日(月)(43)
家からヨーロッパ旅行の本着く
学校に行ったらモーリタニヤの女性たちが一斉に「Nobutoshiが金曜日いなかったから寂しかった」と言うではないか。こんなに暖かく教室に迎えてくれるのは嬉しいことだ。こんなこともこの一週間が最後になってしまった。こんな親しみ深いなかで一緒に勉強できたことは幸せである。Don’t  orget!と言ったら「NObuのこと、日本のことが好きになった」。と口ぐちに言ってくれる。僕も彼女等を通じてもモーリタニヤの国が好きになれそうだ。できれば市民サイドの日本・モーリタニヤ協会でもつくりモーリタニヤのために何か役に立つことをしたくなった。明日早速提案してみよう。彼女等は国に帰ったら指導的な立場になる人達だし、ここで勉強した仲間としてづっとつきあうためのものを残したいものだ。
今朝バス停で途中から岡山大N名誉教授とであった。エジンバラの写真を
僕のために5枚ほど用意していて、いつか渡そうと持ってくださっていた。いつ会うかも約束していなかったのに、この先生はきっと良い人にちがいない、感激だ。今週で最後だから僕のフェアエウエルパーチーをやりたいから木曜の7時からあの中華料理店の集まりませんか、と誘っていただいた。他にも帰国する学生がいるというので、お互いの色々な留学情報を交歓したいとのことである。
イギリスの旅、ヨーロッパの旅の本を家から送ってきた。この本はN名誉教授も持っていられたので電話で頼んだものだった。それを夜読んでいると、ケンブリッジに来てよかったなとつくずく思い、誇りにさえ思う。
ニュートンが出た大学だしバイロンもここを出ている。ノーベル賞を受賞した学者が31人もいるというではないか。それを僕は知らないまま大学構内を散歩したり舟で眺めたりしたことになる。
人口10万人の街に世界から1万5000人もの留学生が来ているのだから、やはり学問の街だ。ニュートンゆかりの林檎の木も残っているというが、そんなのは全然知らずに学内を見学していることになる。街に大学が31もあるというのだから、それぞれを総称してケンブリッジ大学という。外からみれば寺院に見えるし、もともと教会が作ったようなものだからその教会を大学として残しているという感じだ。
案内書を見ていると、イギリスでまだ行きたいところがいっぱい出てきたので、来週から一人で歩くのに丁度良いタイミングで本が来たことになる。Wishiのロンドン事務所に電話したら帰国の出発の時間が9月13日朝9時55分、ースロー空港4番ゲートと決まったということだ。
パソコンを開いたら岡山の百歳の会横谷敦子さんからメールがはいっている、D先生から僕のメールが転送されているから知ったという。「楽しそうにやっていますね。一度はやってみたいとは思うのだが、実行するのは、さすが宮崎さんだからできることですね。百歳の会通信が来なり淋しいが、帰国報告を兼ねての通信を楽しみにまっています」とあった。
さっそく最近の動きと感じたことを返信しておいた。明日から通信する人ができ楽しみが増えてきた。
先週でドバイの学生3人が帰国したので仲間が少なくなった。モーリタニヤと僕だけのところに先週は上智大学生が午後の時間だけてきていた。今日から2時間目の授業に学習院大学4年の慎太郎君というのがはいってきた。だから日本とモーリタニヤだけのクラスである。
台湾のチューイ君は街であったからサボッテいるらしい。  

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by akinishi1122 | 2014-03-19 18:26 | 旅行 | Comments(0)

今日の一句

欠席や好業績を知る春三月  病で営業会議に出れなかったが、好業績の月になったらしい
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by akinishi1122 | 2014-03-19 08:52 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

藪椿今盛りなり母の髪  椿を見ると母が椿油で髪を整えていたことを思いだす
甲山森林公園
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by akinishi1122 | 2014-03-18 08:44 | 俳句 | Comments(0)

70歳の留学1年生(42)

2005年8月21日(日)(42)
城山パーク見学後ケンブリッジに帰る
朝6時45分大学寮を出発。さすが今日は遅れる人は無かったが、一人部屋の鍵を無くした人がいて探しに帰ったがどうせ寮の中だから許してもらえるぐらいの鍵代を払ったようだ。
船で朝食をとり日本人の九州西南大学の大橋さん、ブルガリヤの弁護士マルグリード(女性)ターキーの女子大生ヴェドウインジと話ながらビールを飲んでいる間にイギリスのHollyhead港についた。ターキーのBetu Eliはこれで3回僕と会うといっていた。目玉の大きいい睫毛のながく可愛い。政治経済学を専攻しているという。またブルガリヤの弁護士は主人は体育の教師らしい。僕はなるだけ日本人と話さずに困ったときの為に名前だけは聞いた。イギルスに来て1週間になるがどんな買い物も食事もカードで買っているらしい。日本の学生用で10万以内が使える制度があるらしい。
着いた港から25分ほどのところに城がある。海へ突き出たアイルランドに一番近いところで、海を守るために建てられたのだろう。
Mighty Caernarfon城はとても有名なところ、1283年に建てられ、海に10階建ぐらいのビルの城壁に面白い窓で覗窓。逆三角で先が尖っている。弓矢などを避けるためだろう。大砲の弾なども当たりにくいためだろう。これは僕は初めて見る守備の城でよく考えられているものだ。
イギリスには海から侵入する外敵をいち早く発見するための展望台的な役割だったのだろう。
ここで昼食、それからイギリスで一番高い山々を観るコースを走る。山とは全然縁が無かったイギリスの旅で初めて観る山々が雄大でなだらかだ。そこに岩がそそり立っていて登山者がロッククライミングしている。阿蘇山を大きくしたような大平原のなかにあり、今回の旅の最大の収穫だった。山に登るにしても、ここまでは車でないと無理だし、日帰りではとても無理なところだ。だけども来てよかった。日本の山々は近くまで比較的交通の便がよいところが多いが、5~6時間かけてまた登山口までとはとても車でないとできない。山の名はLlanbensというが頂上は雲に隠れて見えないが谷を走るから気持ちが良い。やがて一番高いのがMaunt Snowdonという3559feet、日本でいうと1300mぐらいだろうが、真下を通るから非常に高い嶺に見える。
ナシヨナルパークになっていて、谷の中に小さな街があり、ここで休憩20分ほどした。ここは賑やかでちょうど日曜でたくさんの人々がハイキングにきていた。
ここの店でローソクを作って販売しているのが、家でも誕生パーチーで使うものだ。ローソク職人から直接買う。全体で6ケ、17£だった。
今回の旅で最後の良い景色を観て満足だった。さすがに遠いからケンブリッジに着いたのが10時30分になった。家についたのは11時30分。
スイスのBurryから最近の日本の新聞が16,17,18日の読売がおくられてきている。おそらく空港で手にいれたのだろう。国民新党結成の記事が出ている。
風呂にはいり床についたのが12時30分になった。
(これまで第11便を送る

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by akinishi1122 | 2014-03-17 12:14 | 旅行 | Comments(0)

今日の一句

四回の中国整体春未だ  帯状疱疹の痛みで四回目の中国整体だがまだ痛みは続きそう
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by akinishi1122 | 2014-03-17 08:09 | 俳句 | Comments(0)

日々新聞第5209号

日々新聞  2014年3月17日(月)第5209号
創業48年の理念(10)生い立ち、学歴、肩書き、男女とは
日本の社会では、長い間、生い立ち、学歴、肩書き、男女といった本人の能力や意欲と関係ないところで人を区別してきた社会でした。人間がこのように区別されてきたことを考えてみましょう。そもそも生い立ちという意識はどの時代から言われるようになったのでしょうか。日本では集落社会ができ、人々が分業により集団をつくり、男性は主に外の仕事、女性は子育てのために家の近くの農作業をすることで、人々は経験をした人から学びとる文化ができてきたのです。稲を作る、寝る家作る、着るための布を織る、家畜を飼う、そのために道具を考え出す。道具を作る専門家職人ができる、一人では余るほどの商品ができてくると。自分の品物と交換がはじまります。
こうして分業が発達してきました。交換するために便利な貨幣もうまれてきます。こうして金持ちとそうでない人や土地をもつ人と持たない人などに長い歴史のなかで別れてきたのです。そして財産や土地を持っ人々を受け継ぐ家族ができ、社会に富む人とそうでない人と、生れながらに「育ち」がちがうようの見られる社会になったのでした。能力の違いというよりもたまたま社会が必要なものを造ることのであえた人たちだったのです。
このような社会の名残として富める家族とみられているのがまだ続いているのです。
学歴社会とはどんな意味があるのでしょう。
日本は明治維新で西洋の文化に立ち遅れ、このままでは西洋文明の押されて独立していくことが危険だということで西洋文化を取り入れるために教育に力をいれ、特に政府の方針を徹底するために統治する人々を育成する東京帝国大学を中心に官僚をそだてたのです。都道府県の知事もこれらの大学を卒業した学生を任命し、政府の方針を行き渡らすために国立大学や高等学校、中学をつくりそこを出た人々を役人にし、給料を安定し生活を安定さすために各々の学校をでることで将来の生活の保障に学歴を利用したのでした。
男女の差別も明治憲法、民法で女性は男性に従わねばならないと女性の権利を男性以下にしたのです。これが現在もまだ男女の格差として、法律では平等と言いながら市民生活にまだ男性優位の制度が続いているのです。
以上みてきたように、人間の能力に関係なく、人々が昔からの制度の名残の中に日本の社会はまだまだ解決しなければならない問題を抱えているのですね。




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by akinishi1122 | 2014-03-17 08:05 | Comments(0)

今日の一句

出かけにも帰宅も梅の花の下 梅がもう終わりだろうが、行き帰りを癒してくれる

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by akinishi1122 | 2014-03-16 10:35 | 俳句 | Comments(0)