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今日

アザラシも妻を待ってる雛ちかし  アザラシも夫婦があることを知る夕方妻の帰りを待っている浜辺やがて妻が帰ってきた
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by akinishi1122 | 2012-02-24 04:22 | 俳句

オタゴ半島海ノサファリー観察

2012年2月23日オタコ半島ワイルドライフノツアー・大雨の中で(30)
朝から大雨である。6時間のツアーだが、午後3時にホテルに迎えに来てくれるというが何故午後なのか理解できなかったが待つことにした。それはこのツアーが終わって分かったが、野生のアザラシやペンギンなどが夕方ねぐらに帰るのでその自然の動物を観察できるから夕方に出かけることが解ったというわけであった。
ちょうど体を休めるのに、雨で動けないのは好都合でもあった。たくさんのフェイスブックからの便りが来ているのに返事ができて時間をパソコンにかかりきりができた。
野生動物の観察は寒いから、暖かくして出てくださいよ、と言われていたが、買い物にも出てないしで、あるったけの服を着こんで、それに雨合羽を着たらなんとかしのげるのではないかと、パッチにトレパン、替えズボン、それに普通のズボンと4枚もはいた。おなじように上も5枚を着た。これで出発である。
なるほどダニーデンはオタゴ半島の内側の湾にある。乗客は30人ぐらいである。全員に大型の双眼鏡が配られた、バードヲッチングから始まり、ここにしか住んでいない動物、、さすがに地球の端である、ロイヤルアルバトロスという鳥は全長が1,2mで羽の長さがなんと3,3mもあるという。それにニュージランド・シーライオン(アザラシ?)、これは全長3m、体重400キロという。ペンギンもイエローアイドペンギンといってよく見るペンギンと違って夕方になると海から丘の牧場の近くの草原の中で夜を過ごすという。その実際に海から夕方7時ころから、波のなかからあらわれ、よちよち足でどんどん牧城のある草原に上っていくのである。僕らが観察している30分ぐらいの間に50mぐらいの山まで登っている。そしてここのペンギンは集団ではなく個々に独立して立って寝ている。おおきな草に隠れるようにして寝るのである。僕らは3mぐらいのところまでそれらのペンギンを廻り道しながら観察ができる。いま海からあがってきたばかりである。背丈は50センチぐらいもないぐらいで、色が狸のような色をしている。
同じ浜にニュージランド・ファーシールというアザラシがやはり藪の中に寝ている。これも体重が200キロぐらいであるらしいが、僕らが2mぐらいちかずいても眠って動かない。砂浜に巨体が寝ていたが20分ぐらいしたらメスが100mぐらい離れたところに波の中から現れた。そして背伸びしてオスを探すのである。声をだしたようで、オスが体を起こし、自分が寝ている場所を知らせている。するとメスはまた波の中にもどり、オスの寝ている場所まであがってきた。そして一緒になる。アザラシが夫婦であることを初めて知った。
この姿を大勢の人間が見るのだから隠れるように小屋ができている。その中から大雨の中での観察であった。僕は自分ノカッパを持っていたが地球最南端だし雨と風だから上着だけは貸してくれた。だがズボン、靴もずぶ濡れである。
でもアザラシの夫婦がメスが海のなかから帰ってくるのを待っているオスの姿はこころがあたたまるものであった。
みさきの空に3mもの翼をひろげた鳥が強風の中をゆうゆうと飛んでいるのは雄だいである。8時半ごろ暗くなりかけになるまで観察した。雨の中だったが来てよかった。
ホテルに着いたのは9時半、急いで全部脱ぎ、靴も含めて乾燥機に入れ、終わったのが11時半になっていた。
メールのが文学阪神の久保さんがら、来月の合評会のレジメを送るときている。同じく中路さんは、「定年後の夫婦の旅行の話いいですね。自分たちもやりたかったのだが年寄りをかかえているから、貴方の旅でその気分をあじわっています。とあった。


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by akinishi1122 | 2012-02-24 03:55 | 旅行

今日

休息をといれと言ってる2月雨  ダニーデンは寒くて雨になる

肌寒き通りすがりや中華店    ぬくもるために中華でも食べるか

この国に寒さもあると知らず来し 今までは暖かだったがダニーデンは寒い

赤き顔たまには休めの声があり  写真の顔が赤い顔ばかりだから日本からの声

旅荷物汗もろともに横たわり   ダニーデンは坂の町でスーツケースとともにベッドへ

by akinishi1122 | 2012-02-23 07:17 | 俳句

ダニーデンへ

2012年2月22日 ダニーデンへバスと列車で7時間かかる(29)
クインンズタウンのホテルを6時半にでた。歩いて15分のところがバスの集合場所である。15分前に着いたら、日本の婦人が4人もう来ていた。7時の集合ということだったがなかなかバスが来ない。このご婦人たちもダニーデンに行くというから5人が一緒に待つが、みんな不安になってきたから、別のバスのドライバーに聞いてみたら、間違いなくここだ、と言ってくれたからそんなに心配はしてなかったが、ご婦人のリーダー格の人がバス会社に電話を入れた、その電話を他のバスの運転手に渡して聞いてもらったら、いくつかのホテルの客をピックアップしているから遅くなっている、とのことだった。
このご婦人たちは東京の人でクライストチャーチからレンタカーを借りてここまでいくつかの町をへて来たという。3人姉妹で一人がその中の娘さんで、オークランドの語学学校に1年ちかくいるから、英語はいけそうである。
結局25分も遅れてきた。12人のバスで出発だ。
ダニーデンは地図で見ると、山を越えて太平洋側に出るコースになっている。どんどん谷を流れる川を見ながらたかくなり11時半ごろにどうやら列車の駅の始発についた。この駅は相当高原に位置し、家も無い荒野に路線が始まっている。ここに僕らとおなじぐらいのバスに乗客を乗せた小型バスがついていた。
列車から降りる客を、また僕らが乗って来たバスは載せてかえるようだ。荷物を列車に積み替え、僕らの名前を列車からきた係員が点検し、荷物を貨物車に積みこんんだ。
列車は外見はどうも荷物列車のような手入れがされてないが、中はファーストクラスのような立派な内装になっている。
この列車はずっと谷底を見降ろしながらダニーデンへ山腹を川に沿ってはしるから眺めがいい。列車は3輌である。
僕らの向かう列車は山の上から下るような感じだから、ダニーデンから来ると登山列車ということになるだろう。列車のつなぎ目には屋根がなく外を見て写真でも撮れるようにデッキに手摺がついている。登山列車だから、スピードがないから写真を撮るにも危倹はないから、景色がよいところになれば外にでて写真をとる。
途中で列車が停車し、車掌が目礼をして動かない、そして静かにしてという合図をしている。僕は気付かなかったが、今日はクライストチャーチの地震のあった日でその1周年の日、だということが解った。そのための時間に全員が黙祷をしているのであつた。
ちょうどその時間に乗り合わせたことになる。日本人も28人亡くなって、しかも僕の居た学校がもっとも被害が大きかったから、おそらくアスペクトカレッジでの日本人もその中に居たのではないかと思う。そんな気持ちで僕も黙祷した。
僕の隣の向こう側の席に僕と近いような年齢の人がいたので挨拶をしたら、南アフリカ共和国から来たという。僕も2年前に行ったからその話になり、うちとけた。男性が71歳、隣の女性が奥さんで68歳という。もう一人の婦人は77歳で僕と同じだという。
男性はもとはイギリスのロンドンにいて警察官を停年で辞めて南アフリカに行ったのだという。奥さんとはそこで定年後結婚して3年ほどだというから、旦那が68歳、奥さんが65歳の時に結婚したことになる。こんな結婚というのが昨年ロンドンからパリに行く時に84歳と76歳の婦人が結婚しての旅行に合ったことがあるから、こんな高齢者の結婚というのが珍しくないのかもしれない。
そして二人とも前の子供が2人ずついるというから、死別か離婚かであろう。孫もそれぞれにいると話してくれた。77歳の婦人は息子の嫁のお母さんだという。そんな関係だが食事を買ってきて、その代金を割り勘で夫婦のおくさんのほうが息子の姑さんからもらっていた。これも面白い。
先日もドイツ人とカナダ人の結婚した人とあったが、国際結婚というのが珍しくないようだ。そういえば、フランスとオーストリヤの国王の結婚もあったのだから、異国との結婚は我々日本人の考えるような特殊なものでもないものらしい。
また同じく南アフリカからの看護婦さん65歳というがまだ現役で働いていて3週間の休暇でもニュージランドの親寂だと言う人と一緒に旅行しているのが後ろの席だった。
同じバスに71歳夫妻のアメリカからの旅行者もいた。高齢者が夫妻で外国旅行をしている人々が多いのは気持ちがいいものだ。
ダニーデンに着いたら少し肌寒い。2時にホテルについた。駅から歩いて坂を大分上るからしんどいところにあるが、町がみおろせるからいい。
パソコンを開いたら、パリのエマニケルさんからメールが入っていた。

「信敏さん、

メールを遅れるのは申し訳ありません。とてもお久しぶりですよね。正月から、 いろいろなことが起こったので暇な時間をぜんぜん見つけんでした。すくなくと も、毎朝はフ゛ローグをよんでいると、あなたの冒険を報せられました。ニュー ジーランドの旅行は楽しそうですよね。昔の恋人はニューザランドへいくことが ありました。そのくにはとても素敵で、風景がとても美しいといいました。
正月から、仕事場のひっこしの用意しています。四月からモーデーニサションの 工事が始めるはずです。 その理由はいろいろな非常な仕事終わらなければなり ませんでした。遅い資料の目録していて、すべての資料の物理的な実在を確かめ ていました。ひとつの資料がなくされたら、目録を修正しなければなりませんで した。激しくて激甚な務めでしたけど完了が寄ってきています。
幸せに、そのうちに両親にちょっと休めました。お父さんに日本製の包丁を申し 上げました。時々簡単な日本料理のレシピを作ってみるので嬉しかったです。 いっぱんにはお父さんつくった料理がうまいです。そこで滞在はひどく寒かっ た。夜は温度が-25°Cにさげまして、昼は温度が-12°Cにあげま舌。フランスで生 まれた地方は「ちさいシーベリア」といわれます。さむさのに滞在は気楽でした。

ニュージーランドの旅行は楽しんでください。
きをつけてください。

エマニュエルから」

彼はルーブルで日本文化の担当をしていたから日本文ができるからありがたい。そして僕のブログを時々見てくれていることもわかり嬉しい。
食事に韓国料理が食べたくなったが探しても無いから、中華料理にした。これも旨かったが韓国料理に比べると、すこし期待はずれであった。
市内のバスは一日券はないというから、バスで終点までの往復にのり、終点まで運転手の横だったから、彼が話しかけてきて、「自分の小父が大阪大学で教授をしている」と話してくれ、あまり人が乗っていなかったから、走りながら、解説もしてくれた。もっとよいコースが18番のバスにのればたくさん観れるとも教えてくれた。
家に電話を入れたら元気な声だし、みんな元気にしている。寒いと言ったら、ジャンバーは入ってたでしょう。と言っていたが、失くしたことは言わなかった。

 


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by akinishi1122 | 2012-02-23 02:35 | 旅行

クインズタウン市内と日本人の学生と懇談

2012年2月21日 クインズタウン市内バスで回る(28)
昨日竹中君がフェイスブックをセットしてくれたので、たくさんの友人からアクセスが来て、このフェイスブックに威力の大きいことを知った。
バスに忘れた眼鏡が届いていないかバス会社に行ってみたが、届いてないということだった。もう諦めていたからそんなに失望はしなかったが、もし届いていたら、僕はこの旅行が一層深い感激になるだろうと、密かに考えていたのだった。人間は信頼に値するものだ、と考えていたのである。
今日は市内バスの一日乗車券を買ったら12ドルである、今日の日本円の交愌レートは70円になっているから840円ということになる。どこまで乗っても何回乗っても好きなところで降りたらいいのだから安いと思う。
11番のバスて終点まで乗る。日本人青年がいて、ここに8か月住んでいるが北海道から来ていてもここの冬はそれ以上寒いという。北海道のようには暖房設備が整っていないからだそうだ。冬は6,7月だというから感覚がおかしくなる。アパートを借りているがワンルームで1週間に250ドル(17500円)払っているらしいが、彼女と一緒にいるから、その半額でいいからそんなに負担にはならないという。ワーキングホリデーに来てそのままここに住むつもりでいるという。彼女が看護師だからこちらの資格はないがその技術をいかして採用してもらっているという。日本に帰っても就職が難しいがここではまだ人手がたりないから、仕事を探せばいつでも仕事にはありつけるから仕事の心配はないという。
働いているいと健康保険もついているから医療についても無料だから気にならないということである。今日は休みだから買い物に行くところだった。
郊外も気持ちのいい湖畔や高い山の谷を走り、空港からのひきかえしのバスである。帰りに日本人女性が乗ってきた。彼女もオーストラリヤから来てここに住んで働いているが1戸建ての住宅に3人が住んでいて、それぞれ別の国の人で3週間とか休暇で滞在する人が部屋だけ借りて週単位でも庭つきの家が借りれるという。
オーストラリヤとかここはまだ人手が必要らしいからこんなに1年以内で働らきながら語学を学べるらしい。これが日本でどのように見られるかわ議論の余地はあるが、そんなに仕事のことで深刻に考えている様子ではない。
バスで1周してこんどは反対方向に進むバスに乗ってまた1周した。30分ぐらいで1っ周できるから、小さなまちである。金がとれた時代は3500人の人口があり金を掘りつくした後は160人ぐらいまで人は減ったが、1900年代になって保養地としてや観光の町で産業がなりたっているという。
バス停にいた日本婦人は娘さんがオークランドでマッサージの学校に行っているから娘に合うという口実で観光にきて娘に案内してもらってきていた。一緒にアイスクリームをベンチで食べながら少しの時間話ができた。ここでは景色をみながらボーットするのも手もちぶさたで、なにもすることがないから日本人に声をかけとりとめのない話でもして時間を過ごすことも一人旅の楽しみとなってきている。
また湖畔で日本女性とあった。30歳と言っていたが、カナダ、オーストラリヤそしてニュージランドでワーキングホリデーをしながら1年のビザがあと2か月で切れるから最後の旅の仕上げをしているところらしい。よく家庭が協力してくれたね。と言ったら父は反対だったが、出発の時はやはり賛成とまでついに言わなかったが空港まで送ってくれたので、やはり自分のことを思ってくれているのだな、と父親をその時感じました。としみじみ親子の情を知ったと語ってくれた。
父親と娘というものは、日本の家庭はどこでも同じで、動物すべて自分の子供については本能的に愛を持って支える心があるものだ。だから家族というのは、いザという時は言葉などいらなくて、信頼していいものだ、子供のためならたとえ自分がどうなろうとも命をかけてくれるものと信頼していいものだ、それが家族なんだ。とはなしておいた。
いずれにしても一人でよく1年も働きながら勉強している女性たちがいることで胸があつくなり、子供も会話はしなくても心で感謝しているのだな、と健全な日本人の心を知ることで心強くなった。
夜ホテルに帰ったら昨日来た日本人女子学生3人とパソコンのフェイスブックを登録してくれた竹中君、といっしょにそれぞれが持ち寄った料理をみんなでつつきながらビールで乾杯の夕食になった。女性は高校時代の友達で早稲田、法政、慶応を今年卒業ですべて就職が決まり、卒業旅行だという。皆と食べながら就職後の社会の仕組みなど僕の経験も話しておいた。
そこえ奈良から来たという男性がスーツケースを紛失してしまったと、僕らのテーブルにすわり仲間にはいったが、明日からどうするのだろう。24歳といっているが、働いての生活費をかせがなければならないのに、そんなに悲壮なあ顔をしていないというのがここニュージランドだから、なんとかなるという気持ちになるのだろう。
10時ごろまで語り合いしていると、3日前に東大、名古屋大とか語りあった名古屋大のサイクリングの4人組がたどりついてきた。こんなに遅く自転車でよくもたどりつけたものだ、とびっくりした。ホテルを予約しているから、遅くなってもここまでこなくてはならないので暗くなってもたどりつけたのである。4人だからだからがはげましあって走ったのだろう。このホテルは10時に閉まると言っていたから危機一髪だったと思う。いずれにしてもよく頑張ってたどりつけたものだと彼らの健闘に感激した。
明日は6時半ぐらいにホテルを出るつもりだから買っておいた食材を全て夕食のパーテイのだしておいた。


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by akinishi1122 | 2012-02-22 11:08 | 旅行

クインズタウン

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by akinishi1122 | 2012-02-21 05:17 |

クインズタウン


by akinishi1122 | 2012-02-21 05:08

今日


レーニントフセインの顔凍てし山 クインズタウンは険しい山々に囲まれた美しい湖である
その連山にレーニンやフセインなどの顔のようなのがある

by akinishi1122 | 2012-02-21 05:03 | 俳句

クインズタウン

2012年2月20日 ボブズ・ピーク山へゴンドラで登る(27)
眼鏡をバスの中に忘れていたのでバス会社に出かけるのが今日の第一番の仕事にしなければならない。朝食をすませて行ってみたら、忘物保管所に電話してくれ、明日10時過ぎに来てください。とのことだ。あるともないとも言わなかったが、僕の乗車記録や名前も調べてくれたから、可能性があるような気がする。
朝、会社の「日々新聞(社内報日)」の原稿をパソコンに仕上げたのに保存が出来ていなくて残念だ。たしか今日は月曜日だと思うから今日の新聞が送れなかったことになる。
パソコンを開いたたら、名古屋の弁護士加藤先生からメールの返事がきている。昨日送信した僕の日記を読んでいただいての感想である
( 日本の次代を担う若者との談義、いいですね。
 彼らにとって、坂口さんとの出会いは大いに幸運で貴重な出来事となったに違いありません。
 旅先であればこその機会ですね。
 日本の将来は、危うい面と確かな面とが入り混ざりながら創られてゆくのでしょう。
 確かな面を創る努力に一人一人が参加しようという気持ちの人々が増えてきているのもまた一つの現実のようです。

 旅のご無事をお祈りしております。)

東京大学院、名古屋大学の学生との懇談の話についての感想である。嬉しい便りであった。先生は「飛翔」の同人でもあるし、同友会の全国総会ではいつもお会いする方である。また今日先生のブログを観たら、事務所には28名の弁護士がいるということだから、おそらく名古屋では最大の弁護士事務所ではないかと思う。
この町のすぐ近くに山に登るゴンドラが出ているので登ることにした。おそらく1000mぐらいはあると思う、湖が見渡せるし絶景だ。
山山に囲まれての湖でその囲む山脈がそそり立っているから、丁度人の顔がいくつも上を向いて寝ているような感じがする。

レーニンとフセインの顔凍てし山  そんな顔に見えるし、まだアフリカのどこかの大統領にも似ている
こんな賑わう場所には日本人がいるものだが今日は頂上ではみかけなかった。下山して昼食を済ませ湖畔を歩いていたら、いっぱいのビキニスタイルが砂浜で日光欲をしている。
ベンチに座っていた婦人が僕を見てにっこり微笑んでくれたので、ちかずくと、「ウエリントンで会いましたね」というからびっくりした。僕は全然気憶にないのだが、ウエリントンはたしかに先週行ったのに間違いないのだから、おそらくホテルで一緒だったのかもしれない。オーストリヤから3週間の予定で来ているらしい。もう仕事はしていないが美容院をしていたという。58歳といっていたが自分で店を持っていたのにもう年金がもらえるから、仕事は止めてのんびり旅がしたいという。「だったら、旦那は淋しいだろう」。と言ったら「とっくにわかれた」という、子供は2人いるが働いているから、もういまはボーイフレンドがいるから淋しくない。というのだ。
昨日の京都府大の竹中君が今日同じバスで同じホテルに来ると言っていたから待ち、ビールを用意し一緒に飲む。彼は3月いっぱいいて4月から大学に戻るという。
僕のブログも昨日見て前日の学生たちとの会話も知っていた。「たくさんの友人がいられるのだからフェイスブックに登録しておればみんなにいちいち発信しなくても観て くれますよ」と教えてくれ、登録までもしてくれた。
すると驚いたことに、すぐ7人もの知り合いが「友達登録ありがとう」と返事がくるではないか。そしてこれは全世界に友人ができる、というのだから、嬉しいことだ。
奈央、亜紀、同友会の中田、館、塘、森など知っている人がすぐ反応してくれた。これはよいことを教えてもらえて嬉しい。

by akinishi1122 | 2012-02-21 04:58 | 旅行

クインズタウン

2012年2月19日 クインズタウンへ(26)
朝食をとっていると、京都府立大学の竹中君という3年生で明日 クインズタウンへ行くといっている青年と合った、彼の話しによると僕をクライストチャーチのホテルでみかけたと言っているが、僕は気付かずにいたことになる。彼の来た目的は山に登ことらしいから、きっとここでの素晴らしい経験は今後の登山の良い想いでになることだろう。僕らの山の会にはこんな若い青年がいないが、彼の登山部はどうなのかと聞いたらやはり本格的な登山には少なく9名の部員しかいないということだ。だがハイキング部には沢山部員はいるというから、山歩きといってもハイキング程度で我々のかじか会も工夫したら集まるかもしれない。
11時30分にクインズタウン行きの観光定期便が迎えに来てくれた。ここの始発だから20人ぐらい、はじめのホテルから乗ってきていて、日本人が3人いた。そのために日本のガイドさんがヘッドホンで説明してくれる。
どうもこの路線はメインのようでどのバスにも日本人ガイドがつくらしい。途中で農園が経営する果物、野菜の店があり、サクランボが日本に輸出されている、あのすこし硬いのはここの地方でとれたものが多いらしい。日本人の青年が試食品をたくさんの種類を食べるようにだしてくれた。40代だったから経営者ですか?と聞いたらワーキングホリデーでアルバイトですという。桃とブドウ、トマトなど買った。桃は硬いし、かりかり歯音がするくらいだ。
クインズタウンには7時前についた。YHAホテルですぐ前がワカチヴ湖になって大きく、夕方だが裸で湖畔でべたり飲んだりしている。湖の桟橋を繋ぐロープの30mぐらいを水面の高さ4mぐらいで青年が綱わたりしているショーをやっているか見物の客が一杯。二人の青年が渡りきると大きな拍手をし、コインを帽子にいてていたが、結構紙幣もはいっている。
ここは1860年代にイギリスが入植してすぐの頃、金が発掘されたので栄たらしい。でも今では景色がよいので観光客の町になっているという。そそり立つ岩山にかこまれているし、その山はおそらく2000級が鋸切りのようだ。だから途中には人工の湖もあり世界一の人工湖だという。ここの特徴はやはり氷河からの溶けた水が絶えないために水が綺麗だということであろう。
ホテルで食事していたら、日本人女性でかわいい娘さんのようだったので一緒にコーヒーを飲んだ。29歳でもう8か月滞在してやはりワーキングホリデーだという。明日から4日かけてトレッキングに行くという。
3日間ここにいるから、スーパーで、ステーキ2枚、ハム、卵6個、ビール6本、野菜ジュースの大瓶、牛乳、ショクパンなどを買った。それに果物を一杯買って3日分の食糧にした。
今日はパソコンにYSさんのお母さんから僕の「YSさんと同じような夜をすごしました」という昨日の日記についての返信である。東大、名古屋大学のメンバーと語りあった内容だったのでYSさんと語りあったようなことをお母さんにつたえたかったからだった。

by akinishi1122 | 2012-02-20 09:17 | 旅行