社内新聞

第5798号 日々新聞  2016年9月13日(火)
物の見方・考え方(哲学)4
劣等感と優越感
日本人の生活の中に自分を見る場合、誰でも持っている気持に劣等感と優越感があります、この劣等感について研究している東京大学教育学部部長のお話しですが、「私は劣等感の塊で生きてきました、戦争の末期に学徒動員で在学のまま学徒動員で戦争に駆り出されました。そして南方のフィリッピンの戦場に送られましたが、そこでの仕事は、ジャングルの中で道路を作ったり、橋を作ったり、寝るための宿舎を作ることでした。ところが私はツルハシや鋸、スコップなどの仕事はしたことがなく、他の兵隊は農家での仕事や大工、土工などの経験者ばかりで、何もないジャングルで生きるための作業が実に逞しくできるのですが、私には何も出来ないで傍観するばかりです。私はこの兵隊さんたちのいきるための作業に感心、感激すらしていたのです。すると先輩の兵隊たちは、私が何も出来ないことをみて、(お前帝大の学生だろう!こんなことも出来ないのか)と怒られることばかりです。ですからわたしは軍隊では何もできない、あしでまといの人間としてこの人達にたいして劣等感ばかりの卑屈な人間だったのです。
人間はそれぞれの立場で先輩の兵隊は私にたいしては優越感をもっていたはずですし、私は軍隊では存在価値すらない人間としての劣等感を持ち続けていました。
敗戦により復員して東大の教授になったのですが、東大に合格した私の学部の学生に、この劣等感についての調査をしたところ、殆ど全員が劣等感の持ち主であることが分かりました。東大に入るのですから、小学、中学、高校の時代はクラスでいつもトップの位置にありクラスの仲間にたいしては優越感を持っていた人達です。ところが、自分は本当は東大の法学部や医学部に入りたいと思っていたのだがそれが叶えられず教育学部にしかはいれ歯入れなかったのだという劣等感です。
これで、解るのですが、人間はいつも目標と理想を持って生きるのが人間であり、その目標に対して叶えられないことで劣等感はうまれるものだということです。ですから人間である以上全ての人がコンプレックスを持っているのです。ですから劣等感というのはその人の未来への希望の証しなのです。
ですから劣等感は人間の誇りからな可能性なのです。

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by akinishi1122 | 2016-09-13 01:57 | 社内新聞 | Comments(0)

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