70歳の留学1年生

2005年8月25日(木)(46)
留学20歳の会発足
3時の授業が終わった頃でN名誉教授が学校に来ていられる。雨の中を来てくれた。今夜のフェアウェルパーチーの会場が変更になったから、それを知らせにきていただいたらしい。僕の教室を探してくれて大変苦労をかけたようだ。ケンブリッジ大学の堀の畔の船着き場の近くに寿司屋がありそこに7時半にに集まることになったらしい。僕が帰国するためのフェアウェルパーチーを開くとN氏の提案でいわば僕の為らしい。僕は有難いと先週返事したところだった。集まったのは東大の坂本陽平君、関学の山梨顕子、甲南大学の北本純軌、東洋大学の佐藤京平、愛知県立芸大の田中志保さん、青山学院の牟田真由子、それにN名誉教授と僕の8人だった。もう今週で帰国する人が殆どだったから、お別れを惜しむ会である。リーゼントからは僕だけ呼ばれていた。他はベルスクールばかりだった。大変盛り上がりN氏には肩書きでみんな呼んでいる。だからいつものN氏とちがった学生と教授といった関係の雰囲気もでてきた。先生ということでは日本の大学の雰囲気にちかくなっている。先生がそれはやめようじゃないかと生徒同士に流れをかえようとされていたのはご本人もここに来てで緊張をしたくない気持ちのようだ。僕もすぐみんなと親しくなりビールのせいで良く喋った。
山梨顕子さんは神戸に住んでいて関学生、北本純軌君は尼崎で甲南大学、東大の坂本陽平君は神奈川、青山学院の牟田真由子は福岡出身、佐藤京平君は聞き忘れた。これらの名簿はN教授が創ってくれ今日持参していただいている。新しい友人を紹介していただいて、それの送別会まで開いてもらいありがたい。名簿にfriend in Cambrigeと書いてあるからリーゼントで僕がよびかけている同窓会も一緒にして同期に学んだ仲間の会にしたらいいと思い、「20歳の会」としようではないかと提案した。今日20歳は誰だということになり関学山梨顕子さんを会長にすることにした。
彼女は僕の家と近くだし、「百歳の会」とおなじように僕がメールを送ることにした。今日参加した人たちもみんなひとりずつ全員記念写真を撮る。7時半から始めて10時まで寿司やビールをおいしくいただいた。
僕がCity 1のバスに一人だけの方向だったから、全員で僕を見送ってくれた。
授業が終わって7時半までの時間に岡山のD先生か、昨日カンボジヤから帰国報告としてメールが入ったので返信をかく。明日で学校を終わり、来週から約2週間の個人旅行に行きますと知らせておいた。また岡山の横谷さんにも日程を書き最近感じたことをかいておいた。
D先生はカンボジヤの病院の視察したら設備や器具も非常に悪くそれに対して奥地から自分の家や田畑を売つて子どもの病気の治療のため病院にきているのを見て胸が痛くなる思いだったとある。医師として日本との差にめぐまれていることに感謝しなければならないと書いてある。
時間待ちに田中美央さんの連れで吉田光枝とパブでビールを飲む。吉田さんの主人の仕事が経済学者で、ケンブリッジに調査にきているのでそれについてきただけといっている。次はロンドンへ行きそこでおなじような調査研究の間にロンドンのリーゼントスクールに行くといっていた。
今日の秋子の電話でBurryが9月5,6日に来てBurryの家を基地にヨー^ロッパをまわったらどうだろうと言っているらしい。僕もそう願えたら有難いと顕に電話してもらうように頼んだ。
また荷物のスーツケースはヨーロッパに発つまえに送ることのした。郵便局が送ってくれることもわかった。
今週の土曜日にグリニッジ天文台の見学を申し込んでお金を払ういったら、僕は払う必要がなく、授業料に含まれているらしい。金額は19£となっていたから本当に信じていいのだろうかと少々気になる。

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by akinishi1122 | 2014-04-01 19:44 | 旅行 | Comments(0)

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