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折り返し地点レイカビック

(31) 2013年8月20日 空港近くのホテルへ移動
哲学を語れる婦人秋の庭 哲学専攻の29歳の子持ち学生の婦人と哲学談義の約束する
今日の一番の関心事は、明日のノルウェー行の飛行機が朝7時50分とゆうから、5時半ぐらいまで空港につかねばならない、であれば、ホテルはとってあるが、空港に着いてホテルまでどのくらいの時間がかかるものか、不安である。そして空港からホテルをどのようにして探すか、これがまた不安の種である。
空港バスがホテルに迎に来てくれるのが、4時半になっている。外に出て待っていると4時45分に迎えがきた。そしてバスセンターで、空港行きの
人々を集めて5時に出発した。僕のホテルの場所を見せて途中下車はできるのか、と聞いたら、そこには止まらない、とゆう。仕方ない空港からまたインフォーメイションに聞いてホテルまでゆかねばならないと決めた。
時間つぶしに、最大名物の教会に行き、10階ぐらいあるエレベーターが全市の展望ができるから、そこで、いままでまわった全市を一望でき、レイキャベックの街全体を展望することができた。360度写真に納めて、美しい街であることもあらためて確認できた。
ホテルで昼食をしていると、一人の女性がカナダから来たといったから、僕も一昨年カナダにトレッキングにいったことを話したら、自分はトロントの近郊に住んでいるらしい。日本人だといったら、この女性、自分は兵庫県三田市で英語の教師を3年やったことがあるとゆうのである、僕はその隣の西宮市からきたのだ。といったら、西宮は何回も行ったことがあるし、西宮は素晴らしい街だ、としっている。日本の料理はなんでもあり、お皿がたくさんでて、うつくしい。料理もすきだとゆう。
ノバの教師をしていたが、潰れたからカナダに帰り、丁度潰れたときだったから、ノバには良い印象がないとゆう。おそらく最後の賃金のトラブルだったらしい。
現在は32歳でカナダで医学をまなんでいる学生だとゆう。カナダではそんなに簡単に医学部にはいれるものなのだろうか。日本の医学部に30歳で入学するとゆうことは想像しにくいものであるが、30すぎて医学を勉強するとはたいしたものだ。3年も日本にいたわりには日本語があまり喋れないようだ。
日本人学生と2人ほどメールの交換が続いているらしい。自分が教えていた学生と比べて、あなたの英語はなかなか旨いとほめてくれたが、御世辞であろうが、御世辞ででも\嬉しいものだ。僕もメール仲間に入れてもらった。僕は旅を続けているから、日本の俳句を毎日かいているから、俳句について日本の文化を知ってほしい。日本語で送信するから、貴方は英語に翻訳して僕の旅や俳句を見てほしい。とお願いしておいた。俳句についてはもっと知りたいと思っていいたから嬉しいとのことだった。
午後から、チャーチ横の公園に行くと女性が本を読んでいたからはなしかけると、29歳で大学生、哲学を学なんでいるととゆう。結婚指輪もしているし、子供が6歳で来年小学にはいる子供がいるが大学生。子供は保育園に預けて大学の出ているのだとゆう。
では授業料はどうしているのかと聞けば、授業料は無料だとゆうし、夫の\収入で勉強しているとゆうのだ。僕などの考えでは、30代近くで、しかも子持ちで大学に学ぶとゆうことは、初めて聞いたものだから、日本では想像することすらできないことである。
学ぶとゆうことに年齢をはめてしまう自分を恥ずかしく思う。学ぶことに年齢など関係ないとは理屈ではわかるが日本では、まず授業料、そして子育てしながら、大学で学ぶ、それに年齢を考えてしまい、学ぶための環境が大丈夫なのか、と学ぶための環境を考えてしまうのである。このように考えることは、やはり社会保障と教育の無料とゆう環境が国によって保障されているから、彼女たちは、学ぶことに専念したらよいのであろう。このように驚くとゆうことは、社会のシステムを知らないからの驚きであろう。本来学ぶことに年齢や性別があろうはずはないはずなのだが、社会保障の裏ずけがあれば、日本的な驚きはうまれないものであろう。
彼女は哲学を学んでいるから、僕は日本の仏教文化の哲学などを紹介したいし、彼女と哲学論議をしてみたい。複雑な理論になるから、僕の旅日記が日本的であり、僕の考えも哲学的な基準で読み取ってほしいから、日本語で送信するから、それを自分の使う言語に翻訳して読んでもらいたい、と話した。喜んで読ませてもらう、とのことだ。
彼女と話していると、主人もきた。彼女と彼の’名前を日本語に漢字で即席につくり、解説してやったにする」と書いて、解説してやった。すると、日本語にはそんな深い意味があるのか、貴方の名前も書いて解説してくれ、となった。興味深くほぞんしておくとゆうことだ。
空港バスがホテルに迎えにきてくれた。空港までは45分かかった。タクシーではとても乗れない距離である。おそらく50キロもある。空港のインフォメーションでホテルに行く方法をきいたら、ホテルから迎えに来てくれる、とゆうのだ、そして電話してくれる。すると5分ほどしてホテルの車が迎えにきてくれた。なんか心配していたのに、このホテルは早い飛行機のためにできたホテルのようだ。「ベッドアンド、ブレックファースト」とゆう名のホテルで、空港から、5分ぐらいの距離、それになかなか豪華で、いままでにない立派だ。そして明日朝は飛行機の便にあわせて、4時半に朝食をだしてくれるとゆう。何故僕の心配がこのようにスムースに整っているのか、僕は不思議でならない。
心配していたことがいっきに解決した。僕の心配が全て整っているとは、驚いてしまう。こんなホテルの手配を顕はよくも手配できたものだ、とわが息子ながら感激している。
パソコンを開いたら、高校の友人山崎さんから、東北の旅にでたら、バスがエンストして暑い外に出てまたされたが、治ることなく、別のバスに乗り換えて、僕とおなじようなトラブルにあった、と僕のトラブルトラブルに似たような経験を知らせてくれた。
オックスフォードで一緒だったNさんから
17日Oxford入りしました。 11月11日帰国。 宮崎さんのご活躍ぶりには感心しております。 私はただ一年の半分をイギリスで暮らしているだけです。出来ればこの生活を後10年90歳まで続けたいです。 
お便り有難うございました。彼女はセークスピヤの劇を見るのが生甲斐とゆうことで、素晴らしい人生をおくられているから、僕もこんな90歳までの夢をもてたらいいな、と励まされる。
またストックホルムで最初にであった、写真家の日本人のハーフの未樹氏から、一緒に撮った写真がおくられてきた。彼に、日本にくることがあったら、知らせてほしい。大阪で日本料理の招待したい。とローマ字で返事しておいた。彼は中学ぐらいまでしか日本らいなかったから、漢字が読めないからローマジにしてくれとのことだったからだ。

by akinishi1122 | 2013-08-22 06:38 | 旅行

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