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社内報より 6月11日 4968号

私を勇気づけた言葉
一声ほしい 新藤兼人
A君はシナリオを書きはじめてから7年目になるが、まだものにならない。
シナリオで食べられないから、助監督をしている。妻をやしなうほどの収入はないからまだ独身である。家庭をいとなむのは一人前のシナリオライタターになってからと覚悟を決めているから、目下のところ、妻や家庭のことなど考えたことはない。しかし27歳である。夜中に目覚めると、孤独がひしひしと迫る。はたしてシナリオが描けるようになるだろうか。
A君は茨城県の海岸の町に生まれた。実家は農業をやっている。父母は健在だが兄が家督を継いで采配をふるっている。母がA君のことを心配して、いまのうちに帰ってくれば田畑も少し分けてあげられる、というのだがA君は帰るつもりはない。
私はそんなA君を観ているのが辛い。しかしなんとしても手助けしようがない。シナリオはA君の才能が書くのだから、私の入り込む隙間はないのだ。シナリオ作家協会は、「シナリオ講座」をやっている。一時中断していた「シナリオ研究所」を「シナリオ講座」として再開したのである。基礎課は6か月修了で春秋二期。一期だいたい一〇〇人前後である。再開して9期を終えたらほぼ1000人ほどのシナリオ志望者が出たわけである。A君もその中の一人だった。
門をたたいてくる志望者はほぼ男女半々で、20代後半の人が多い。再開当初は主婦が圧倒的に多かった。テレビドラマを観てかんたんにシナリオが書けると思ったようだ。才媛を自負する30代の女性がおしかけた。だがもう主婦はチラホラ、シナリオは片手間でかけるものではない。
今20代の若い人が大半をしめている。職業を持っている人が多いから、夜間部、昼間部にわけてあるのだが、最近変化ができてきている。履歴の職業欄にアルバイター、というのが実に多い。以前は何々社と明記しているのが多かったが、今はアルバイターである。大学を出てから一度も務めたかとがなくずっとアルバイトをやっている。シナリオを目指すためのアルバイターかと聞いてみるとそうではない。なんとなくブラブラと生きてきたという。アルバイトをしていたら食べるのに困らないし、窮屈ナサラリーマン生活に縛られたくない。アルバイトが本職になっているのだ。世間もまたそうゆう人種を受け入れる傾向がある。そうしているうちにシナリオというものを覗いてみようか、となるらしい。そんな連中は3か月ぐらいで顔を見せなくなる。中にはやっとわが道を発見したという人もいるがそんな人は稀である。
私も戦争中に先が分からないから妻に「シナリオを諦めるか」と言ったら「シナリオをやめて何をするんですか」といわれた。
妻はかしこい人だから、私が動揺していることをとに知っていて、私を落ち着かせるためにあっさりとこともなげに言った言葉だったかもしれない。

by akinishi1122 | 2012-06-11 05:25 | 思い

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