社内報より

 待っは倍増の楽しみ
人を育てることや、人に頼むことが上手く出来るようになればその会社はもう安心だと言われています。人育ては待つ心の深い人でなければ人はなかなか育たないもののようです。人がその気になるまで待つということは相手の人格に期待することでなければなかなか待てることはできないものです。
「早く、早く」とか「ちゃんとやりなさい」ということばはどこの家庭でも使われる子どもを育てるとき決まり言葉です。
だけどももう子どもはこの言葉に慣れっこになってやらねばならないという意識としてうけとっていないのが、自分の経験でみなさんも知ってしまっているのです。
親も習慣的に言っているきらいがあります。
将棋の名人で羽生善治という人の言葉に「もし父親が早く早くとかちゃんとやりなさいなどの言葉を私に子供の時言っていたら私は将棋を指すのを続けていなかったでしょう、父親は私が将棋の先生のところに通うときそんな言葉を使ったことの記憶がありません。ただ車で送ってくれるだけで、将棋のことはほとんど話はした記憶がないのです」と語っていましたが、本人がやる気になっている時に何かを促すというのはその人の成長には逆な効果をもたらすことが多ようです。
「馬を水飲み場に連れていくことはできるが、馬に水を飲ますことは必ずしもできない」という格言がありますが、わたしたちが人を期待に沿うように育てるためにはその環境と条件を与えることはできますが、その次の肝心なその人がやる気にならせることはなかなか難かしい問題です。
そしてなかなか成功は少ないものです。
ですから人育てというのは育てる側の勉強になることがより重要だということのようです。
目的目標を教え、本人がやるきになる環境をつくることですから人育てには本人よりも教育する側は数十倍のエネルギーが必要になるのです。
そのエネルギーを使ってそして期待に沿う人間に育ってくれるのを待つというのが人育ての原理のようです。
ですから待って待って期待した通りの人が育つのは喜びが大きいものになるのです。
仕事においても、自分が考え創りだすことで期待通りの成果を待つのも同じで相手の立場(喜ぶ、利益など)の環境をいつも考えることが仕事の成果になるということになるでしょう。
待つというのは種を蒔いて待つことで喜びが生まれるということになりますね。

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by akinishi1122 | 2011-12-21 09:49 | 思い | Comments(0)

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