ブルガリヤへ

ヨーロッパかけある記(57便)
9月7日(金)アテネ~ブルガリアへ
9時20分とあるのに、列車が入ってきたのが10時である。ここが始発であるのに、何故遅れたのか分からない。500人ぐらいの乗客もあまり、気にしていない様子。日本人は一人もいなかった。時刻表で調べると、アテネ9時2分→Thessalonkiという国境に近い街で、ホテルをとり、ブルガリアには、翌日の昼頃に着けば、ホテルも探せるだろうと計画した。ところが、Thessalonkiに、3時25分について、ホテルを探したら、駅の近くは80ユーロという。今まで、20~30で泊まっていたから、3倍では高すぎる。だから、夜行の寝台車で行くように、申し込んだら、なんなくOKだ。我ながら、気転を利かせてズバリ当たったことになる。自分を褒めてやりたい気分だ。しかも寝台で行き、一日のホテル代が不要になる。寝台券だと思うが、10・2ユーロだったが、7分の1の値段だ。しかも早く着けるのだから、良いことずくめである。時間は0時4分発だというから、8時間ぐらい待つから、その間にしない観光もできた。バスに2回乗り、郊外を往復したら、ニッサンの展示場がここでは一番輝いた展示場だった。バス賃は
0・5ユーロで、大体100円相当である。
ここへ来る時、アテネからは、全て予約席だったから、僕も予約していてよかった。向かいの席で、髭顔の人に話しかけたら、35歳だそうだが、どう見ても45~6歳に見える。髪はばさばさで、伸ばしっぱなし、着ているTシャツも汚れている。髭もの伸び放題。目が鋭く、イラクのフセイン大統領が地下室から発見された時のあれと一緒だ。2時間ぐらいは混んでいたから、話さなかったが、声を掛けたとたんに目が優しくなり、僕が日本人だと知ると、自分のノートを出して、アイウエオ、あいうえおと書き、萬理子、海、林、琴などの日本語を見せてくれた。音楽大学の学生だと言い、ギターを専門にしているが、えらく長く勉強するものだと思うが、音楽の教師になるらしい。僕がビールをすすめて、仲良くなった。だが、どうも服装が汚れていて不潔だ。写真を撮ったから、送りはするが。彼は、ギリシャの中でも相当遠い島であり、トルコの近くだという。僕のブルガリヤ行きの列車も調べてくれたが、どうもうまい方法がみつからなく、結局自分で考えた通りに行くことになった。
駅前で、パンのリングになった直径15cmぐらいで、胡麻がふりかけてあるのを買い、食べてみたら、美味しいから、追加で2つ買った。夕食は、駅のレストランで、野菜サラダとビール、これで時間をかせぐ積もりだが、まだ5時間もあるから、パソコンに友達になった沢山のメールアドレスを消化する。
ギリシャのはずれだからか、急に寒くなる。長袖、その下に肌着、そして、Tシャツを着て丁度よいくらいだ。
今日の日記をここまで書いた。
8日の0時4分に発車というから、30分前にホームに行った。もう寝台車は来ていた。予約席券と思っていたが、寝台の整理番号を車掌がくれるために、僕のユーレルパスと整理券を持っていってしまった。そして、10ユーロの請求をしてきた。ユーレルパスは、返してもらわねば困る。眠る前に車掌室に行ったら、ギリシャ語で、何か言っているが解らない。返してもくれない。これが不安でならない。車掌が明日交代でもしたら、どうなるだろう。
寝台室は3段だが、2段目を上げてくれ、僕一人の部屋になった。他の部屋も同じく一人部屋になっているから、空いている。

要注意異人は読めぬ夏ズボン
手庇を陰に撮りたりパンテノン
怒られているかに聞こゆ夏の声
土煙だけの動きし畑かな

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by akinishi1122 | 2010-07-10 22:46 | 旅行 | Comments(0)

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