フランス・スペインの旅(

74歳のヨーロッパ一人旅 (13)2月13日 ニースに向かう
朝はゆっくり起きて韓国夫妻と食事、彼らと別れの挨拶をしてから、部屋で日記を書く。今朝も雪が積もり、パリに来た翌日と出発の日が雪になったことになる。10時半にホテルを出る。駅までの雪溶け水を選びながらだから、15分ほどかかった。スーツケースが相当重い、来たときから読み終えただ雑誌の5カ月分、それに肌着二枚ほどは処分したがやはり20kはあるだろうから、階段が気になっていたが、最初のトラムの階段を降りるとき、すぐ後からきた黒人の女性が手伝いましょうと一緒に降りるまで運んでくれた。
彼女は20歳ぐらいだろうが、若いのによく気づくものだとありがたかった。
乗り換えにあと2回ほどの上りの階段があったのにこのように一人は白人のやはり若い青年。次は40代の紳士が上まで手伝ってくれたから、本当に助かる。まだエスカレーターやエレベーターが全てにいきわたっているわけでないので、このように荷物を持った人に自然に手伝う習慣ができているのかもしれない。それともキリスト教の精神で助けるという教えが子供のときからの文化になっているのだろうか。
もう一つ気づくことは、物貰いが多いということだ。地下鉄の通路や電車の中でも歩いてきて手のひらをさしだし、お金乞いをする。それにたいして何人かの人が小銭をポンと出しているのだから、困った人が生きのびることになるのであろう。アラビックの若い婦人が乳飲み子を抱いて、しかも奇麗な服装で物乞いをする姿はどう解釈したらいいものだろうか。イスラム教では「困った人は富んだ人から恵みをうけることは当然」という教えと聞いたことがあるが、そのように解釈すれば納得できないこともない。
またパリの最後で感じるのは、一般にパリは世界のファッションの中心という認識があるが、地下鉄や町を歩く若い娘さんでもそんなファッションの先端をいく人たちをみたことがない。一般に若者は日本の若者が着ているような服装で、かえって日本女性のほうがファッションは美しいといえる。ただシャンジェリジェ通を歩いていると店にはセンスのよい服装が陳列されているのは確かだ。一般の人でもシャンジェリジェを歩いたりオペラなどに行く時などはさすがに奇麗な服装である。
また街の道路もパリでも中心だけがきれいに舗装されているが、裏通りや郊外などの道路は工事あとの凸凹でまだそのままになっていたりして、日本のほうが道路は整備がすすんでいるようだ。
TGV列車には12時54分発でこれはやはりTGVのために路線を引いたのであろう、あまり建物がない日本の新幹線の路線みたいに整備された地域を走ってる感じ。
パリ発で止まることはなく丁度2時間でLYONE駅についた。
ホテルの地図を探そうとしたら、ここのインフォメイションは女性がそれらしいお客に声をかけてきて、相談にのってくれる。乗り換え駅から地図まで教えてくれるからありがたいことだ。
地下鉄があるくらいだから、かなり大きな街らしい。まず地下鉄に乗るためにチケットを買い、近くにいたインド人の婦人にホテルのある駅を聞いた、すると自分もその方向に行くから、一緒にいきましょう。となり、乗り換えるとき、自分はここで降りるがあなたは次の駅でまた乗り換えなさい。と言ったかと思うと、若い女子学生風の3人連れに「この人を○○駅まで案内しその次の乗り換えを教えてやってくれ」と頼んでくれている。それだけではない、また駅員に僕のことを頼んだらしく、駅員まで乗り込んできて、僕に説明しはじめた。なんと親切人々なのだろう。
最後に乗り換えるとき、女子学生が駅長室まで連れていき、自分も知らないらしく、ホテルにはどうやっていけるのか聞いてくれていた。
こんどはケーブルカーに乗り換えだ。何かフランス語で説明してくれるのだが、「そこからは歩いていけるのですか?」と聞いたら、坂道を下るだけだ。と教えてくれたが、いざケーブルカーに乗って、隣のお客に聞いても、どこで降りたらいいか、ホテルの住所を知らないらしい。駅員はフランス語で次の駅だと説明してくれたのだろうが、僕にはそれが解らないのだ。だから次の頂上駅まで行ってみた。そこで聞いたら、ひとつもどりなさい。と言われ、引き返えした。
そしてホテルを50ぐらいの男性に聞いたら、(あなたは寝るところを探しているのだろう?)とジェスチャーで示し、ついてきなさい。とのことだ。この人は寝るところのジェスチュアーだが僕はユースだから、ホステルとは言っていないのに一般のホテルに連れていかれても困るが、思いながらついていくと、ユウスのマークが見えてきた。この人は僕の旅の姿をちゃんと見抜いてくれたのだった。ほっとした。部屋が決まり、バルコニーに出てみたら、ここは山の中腹である。そして麓を眺めると一面に古い建物があり、それもあのイタリヤのフィレンチエのようなドームもあるし美しさと古さだ。部屋もきれいだし、一遍に気にいった。
4時ごろだから全部写真にも撮れた。
夕食のために山を降りた。かなり高いところにホテルはありこの街全体が眺められる位置にある。教会に入ったら、30人ぐらいの信者を前に讃美歌をう歌っている女性のシスター、それに男性が3人、そのなかの一人の神父は黒人である。黒人の神父が説教をはじめた。これも初めて見た経験である。そういえばフランスには沢山の黒人が目につく。フランスはたくさんのアフリカ植民地をもっていたからであろうか。
ハイシライスのような冷凍食品、ヨーグルトプリン、牛乳、ビールなどを買ってケーブルカーで帰る。
ホテルには日本人はみかけなかった。
電話メールを開いたら、きあらちゃんから「のんの、ぱりのごはんはおいしいですか?ぱりは、さむいですか。もうちょっとでたんじょうびです。」とあった。だから電話メールで返事をだしたのだが、僕の電話メールはどのくらい文章が打ち込めたのやら、きあらちゃんのようにうまくいってないかもしれない。
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by akinishi1122 | 2009-03-29 10:10 | 旅行 | Comments(0)

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