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今日の一句


10月30日

吊るし柿妻が待ってる急ぎ足  妻は熟した柿が好きだ、スーパーに妻が好きそうなのがあった


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by akinishi1122 | 2015-10-31 11:50 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月26日

廃屋に戻りて枯葉集めけり  置いたままの家だが秋の枯葉をいつものように集める

10月27日

秋時雨残業の娘の夕餉かな  決算の時期を迎えこのところ娘は残業で夕飯が遅い

10月28日

木犀や日本棋院の再入校  昨年は病気の為囲碁の「棋院を休校したが再入校する

10月29日

秀才が健在なりし秋便り 高校時代の秀才が80歳で健在の便りをもらう


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by akinishi1122 | 2015-10-30 08:09 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句


10月25日
着物着る日本の秋の暖さ 今日初めて着物にした日本の秋は着物があたたかでいい

2015年8月29日(土)(39)遊覧船,市内の祭見学

人波を離れ教会の秋を知る 今日は町全体が祭りで中心は人で溢れているが、教会はステンドグラスから秋の光が静に

朝から、遊覧船に乗るために河沿いに歩くと2キロぐらい色々のエベントがテントを張り、なかには舞台を設置しているテントもある。日本から「弓道場」として看板もでているから、今日の祭にブースを出すようだ。それにしても65万の人口なのにどこからきたのか町中が人でどこを歩いても人々だ。

遊覧船の出る付近は教会の塔や綺麗な建物、橋などでこれだと、全体を眺められると期待して乗った。ところが、ここをでると段々観るべき景色がなくなり工場や資材置き場などが続き、これでは船着き場だけで人集めして大きな期待を持たせるだけで期待はずれだった。普通観光だと15ユウロはするのにこの遊覧船は8ユウロだから、えらい安いとは思っていたが、そのくらいの価値しかなかったわけだ。

下船して人の流れに沿って歩くと、どこまでいっても人がいっぱいだ。カテドラル(教会)前の広場はどこの国でも5000㎡ぐらいがあり、そこの中央にメインの像があるのが共通している。やはりキリスト教のクリスマスなどで大きな行事に広場は必要なのだろう。さすがに建物も古風なのがそろっている。先の大戦で80%も破壊されたというのに、同じキリスト教の国であるイギリスやアメリカの爆撃もこの巨大な教会には爆弾の攻撃はなかったようだ。キリストに配慮をしたようだ。日本も東京大空襲の時20万人の被害があったが肝心の宮城はアメリカは爆撃を避けたようだが、日本については、天皇を殺してしまうより、爆撃で殺すよりも戦後に天皇を利用して戦後処理をする計画だったのだろう。

中心街を歩き疲れて椅子に掛けていたら、ふと気付いたら、隣に日本語の観光ガイドブックをもっている女性が掛けてきた。びっくりして声をかけたら彼女もびっくりしている。こんなに大勢の中に日本人の姿がなかったのに、僕の隣に日本人女性がいるなんて奇跡的だ。

彼女は新潟大学生で9月からベルリンで語学留学にはいるらしい。20歳で一人で来たというのだから、凄い勇気があるものだ。第2外語でドイツ語を専攻しているとはいえ、たいしたものだ。

しばらく一緒に歩くことにした。ご家族は心配されないのですか、と聞いたらお兄さんがいるが中国の大学で日本語の教授をされているらしく、外国については日頃から関係が深い家庭のようだ。僕の語学留学の経験で、外国語は完全に正しく発言しなくても世界からくる学生はみな同じ水準のクラス分けをしてくれるから、みんな同じレベルだし恥ずかしいと思う日本人的な考えはしなくて、どんどん発言すれば、「近いね」「いい答えだ」「素晴らしい」などて先生が評価してくれるから、自分の言葉でも通じるのだな、と自信を与える教育で、日本のように〇×という評価はしないものだ。大体教育edkaitionという言葉の意味は「能力を引き出す」という意味なのに日本は教えというのがつよすぎて、〇×という評価をしているから、外国語が嫌いになる人を作るようなものだ、日本式の〇×を全く考えないで授業に臨むことを提案したい。それと、日本人は他人がどう思うだろうかと考えてから言葉を選択し、自分がどう思うかというよりも、相手に気にいられるように演技をするのが日本人だから、この演技している習慣を絶対に捨ててかかってほしい、それで本当の自分で発言し、行動してみると、案外気楽に付き合いができるし、自分はこんなにいい所があったのか、と自分自身を見直し自信がついてくるものだ。

日本では人を褒めるという習慣がほとんどなく、学校でも出来ないことを指摘されることで育っているから、自分の良い所を自分で探してみる良い機会だとかんがえるといい。そして、いろいろな問題に面した時、僕が提案したいことは、「女」「女性」ということをまず忘れることだ、なぜかといえば、いままで育ってきた20年は日本では女性、女として育てられ、自分もその気になって生きてきたのが日本の女性なのだから、どうしても従来の考えの延長線上で考えて対処してしまう傾向が避けられない、だから「女」「女性」を忘れること、ではどのように考えるか、といえばヒユーマン(人類)として考える、すると無数の選択肢ができるものだ。そして自分発見にいいのは、日記を書く事を奨めたい。日記というのはこの世にもう一人の自分がいるということの発見になり、書くことは相談する相手にもなるものだ。自分の分身である日記が答えも与えてくれることが多い。このよにもう一人の自分がいることは生きていくうえに大きな支えになるものだ。

こんな話をしながら昼食とビールで時間をすごした。どうやらこの話に共感してくれたようで、新しい人生を開いてくれそうだ。僕の孫に近い年代である彼女が元気で留学生活をおくれることをねあいたい。彼女は中学の時もドイツに語学留学したことがあるというのだから、相当のドイツ語ができるようだ。名前は風間あゆみさんといい、今後も更新し応援していきたいと思う。

夕食はまた今日も韓国料理にした。僕にはこれが一番で今日は2本目のジョニ赤の封を切って自室で飲んだ。

この頃、パソコンの囲碁は高段者の対局を観て勉強になってるから、少し勝率がよくなってきた。

岡山の土井先生から

敬愛する宮崎信敏様

   プラハからフランクフルトへの列車での旅、良かったですね。地図を見て、宮崎さん旅をしている気持ちです。 今日は、当院の医師たちと

   ビアガーデンでの交流会です。 パリ経由で帰国ですね。 お元気で!

                                              土井章弘

「文学阪神」の久保みえこさんから

楽しく読ませて頂いています。去年の度重なる苦難をものともせず、再び新しい旅立ちをされているお姿にただただ感動です。

フランスは青春時代の憧れの地でしたが未だ行った事はありません。フランス料理は今や日本の方がおいしいとか??

ぜひ食事の事も書いて下さいね。

坂口さんのビビッド(vivid)な現代のフランス世界をメールの誌上から体験させて頂きます。

今、私は韓国ドラマ「弁護士の資格」を見ていて、韓国の弁護士さんとの出会いが興味深かったです。

また、俳句をお読みくださいね。いつも注目しています。今回はご家族も少しほっとされる旅ではないかと思われます。

でも難民の流入が続く欧州、くれぐれもお気をつけください。旅の安全を祈願いたします。

 

                                                                 久保みえこ

愛知県の家族旅行されていてドイツの列車で出会った蓮尾婦人から

旅日記を拝見しながらご一緒に列車の旅をしてしている気分になります。宿泊場所がみつかるまでハラハラですよね~見つかってホッとしました。連泊して軽装での旅は楽で良いですね。私共もこの度初めてミュンヘン4連泊してでそれを感じました。私もそろそほドイツ旅日記を書かなくちゃと思っております。

韓国の弁護士李さんより

선생님 Frankfurt에 계시는군요. 그 곳에서도 좋은 친구들많이 만드시길 바랍니다.

제가일본어는 거의 하지 못하나 보내 주신 '김치 하이쿠'를 뭔가이해할 수도 있을 것 같다는 생각이 듭니다.

감사합니다. 또 연락드리겠습니다. 언제나 건강하시길

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2015年8月31日(月)(41)WUIZBURG町日帰り

名も知らぬ街に名をつけ秋の旅 名前も知らぬ街にきた自分の読み方で名前を付ける

毎日が教会の塔残暑かな どの町に来ても教会が必ず聳えている、残暑も思い出を残してくれる

堂々と背高泡立草気兼ねなく 日本では肩身の狭い草だがここでは堂々と気兼ねなく咲いている

収穫をされずの林檎たわわなり  庭に林檎がたわわになり家の景色となっている

初秋やありあまる教会旅の窓  列車ではどの集落にも教会が先に見えてくる

行く先も時間も知らぬ秋日和 気ままな旅、どこにいくのか、何時間で行くのか決めない秋日和である

自動車の100台も乗る秋列車 田舎への荷物列車が100台も載せて秋日の谷を走る

岩山の狭き畑の葡萄かな 日当たりを探し葡萄が輝いている

スーパー旗翻る葡萄畑 葡萄畑ニスーパーの旗が立てられもう近くに店があるのだろう

八月やドンコー列車一人旅  ドンコー列車からは生活が見えて旅の味がでるものだ

背丈ほどに刈りこまれたる葡萄畑 収穫に都合よく背丈ほどに揃えられた葡萄の畑である

今日も自分の体調に合わせた時間に駅にでた。普通車に乗ってみた。行先に何があるか知らない。第一このWUIZBURGという文字をどのように発音するのか分からないから、街の名前がイメージできないので、全く列車まかせである。

二時間あまりで着いた駅は結構賑やかであり、路面電車も走っている。街の案内パンフをもらってみたら、X線の発見者レントゲンが生まれた土地だということがわかった。すると僕は何年か前にここは来たことがると思いだした。橋のたもとにレントゲン氏の像がありそこから山の中腹にある城を眺めた記憶がかすかに思いだされた。

ここではとりあえず路面電車に乗り、郊外の終点近くで隣にいた家族でアラブ系の顔をした男性の顎髭が口を閉ざしただ顔の半分が髭で埋まり、口が全く見えなくなるのである。笑顔でまず三歳ぐらいの娘に扇子のプレゼントを渡し、「顎鬚が見事ですね、写真を撮らせてもらっていいですか?」と聞いたら途端に笑顔になり奥さんも含めて写真に納まってくれた。イラン人でここで弁護士をしているという。イランは今アメリカから嫌がらせを受けて大変ですね、僕は60年ぐらい前にイラン革命の時からホメイニ師の率いるイスラム教徒がモサデイク首相をたて国王を追放したことに大変興味をもってニュースをみていた思い出がある。と話したら、かれはモサデイク首相のことは自分が生まれる前のことだからあまり知らないという。

彼は31歳というから、無理もないだろう。でも家族と一緒に写真を撮ったので送るから、と一緒に電車を降りて、メールアドレスを書いてもらった。奥さんもなかなかの美人でお愛想よく対応してくれた。イスラムの女性ガサリースカーフを被らずにいるのも珍しいものだ。

Abdolbaset.soleimani@yahoo.com

この町で生まれたレントゲンはノーベル賞の第1回の受賞者だそうだ。そして彼は物理学者だったらしい。1848年の受賞というからもう160年近く前の人で、彼はレントゲンという名前を使うことをいやがっていたらしい。

此処からの帰りは急行だったので半分の時間1時間でフランクフルトについた。

ホテルに帰ったらたくさんのメールがきて、昨日ベートベンの家に一緒行ったピアニストKさん、作家の柴垣さんは彼女作の映画化が順調に撮影が‘すすんでいることの知らせ、韓国の弁護士李さんからは僕の俳句への感想が3通目が届いた。

民主文学会作家 柴垣文子さんより

宮崎さん、メールをありがとうございます。

フランクフルトですか。

相変わらず学び、友情を深めていらっしゃることでしょう。

お元気に帰ってきてくださいね。

映画化は徐々に進んでいます。

応援してくださいね。

柴垣

韓国の弁護士李先生 俳句の感想

先生님. 저도 Beethoven의 音樂을 아주 좋아합니다.

언젠가 Beethoven의 音樂에 걸맞는 Haiku도 기대하겠습니다.

:

外務省の高級官僚婦人  Mさんより

全国350か所以上で行われた反安保法案デモ。

警察発表の国会議事堂前3万人なんて、とんでもない矮小化した数字。

「国会前だけでなく、日比谷周辺や霞ヶ関にまで膨らんでいた」となると、35万人も事実に近いかも。主催者すら把握できない広がりがあった?

まず、ここで、国民は「警察は安倍晋三のために嘘をつく。」と知るわけです。

2015/8/31 07:02

福岡、沖縄など全国各地で行われ、主催者の集計によれば、少なくとも全国約350カ所に及んだ。

画像

http://www.news-ex.jp/a/story/news/politics-international/KTT201508300940.html


では失礼します!!

2015/8/31, Mon 01:30

阪口様

楽しい旅を続けておられるようです。

EUの本部ビルで集会やデモ行進の話がありますが、日本の30日(日)は、

例の戦争法案の廃案と、安倍政権退陣を迫る「国会10万人・全国100万人

大行動」が行われました。東京で国会前12万人、全国1000か所以上が参

加たとの報道です。大阪では、扇町公園で25千人でした。若者の参加

も目立ちました。

空前の大きな出来事です。この民意をしっかりと受け止めて欲しいものです。

びっくりしたのは、これに呼応して、パリのエッフェル塔に近いトロカデロ広場

でも集会が行われた(29日)ということです。同様の集会は、ベルギー、英国、

ドイツなど欧州各国で計画されているとのことです。

8・31 和泉求生

昨日ベートーベンが生まれた家に一緒に行ったピアニストY子さんから

昨日はのぶさんにお会いできてとても良い日になりました!ご飯もビールも美味しかったのです。ご馳走様でした。
2
時間の電車もあっという間でした。

今日はケルン大聖堂を見てから、ローテンブルグに向かいました。電車の移動は話し相手がいないと暇ですね(笑)

Würzburgに行ったんですか!私もwürzburgは乗換で降りました。


昨日は電車が遅れたんですね。
それにしても2時間は酷いですね。

お疲れになったのではないですか?

私はベートーヴェンの生家を堪能したあと、一度ホテルにチェックインしてから、シューマン(この方はショパンと同じ時代のドイツの作曲家で、ピアノで有名な曲はトロイメライです。)のお墓に行ってきました。

明日は午前中ローテンブルグを散策してからベルリンへ向かいます!

毎日スーツケース持っての移動なので疲れます。

でもせっかくの行きたかった場所なので、しっかり見てきます

私も今回毎日旅の日記を書いています。

感動が薄れる前に書いておきたいと思って持ってきました!

昨日の出来事は本当にインパクトのある1日になりました。

今度はのぶさんやりました〜!の報告しますね(笑)

加藤陽子

岡山の土井先生から

ベートーベンハウスへの旅。一緒に旅しているようで楽しかったです。 池辺晋一郎さんの「音楽は岩を動かすことはできないが、岩を動かす人を動かすことはできる」

 そのとうりですね。   土井章弘

大阪同友会誌編編集長  西岡さんから

ダイナミックな行程に驚かされています。未知の世界に行く楽しみですね。

私の方はまだ法事三昧。

叔父の初盆に徳島へ帰ってから、又伯父の3回忌に横浜。

帰るとすぐに徳島にて叔母が逝き、そのあと徳島の叔父の1回忌。

昨日は姉の具合が悪いというので今度の土曜日に私の里、綾部へ帰ります。

両方親戚が多く、みな長生きでいいなと思っていたら、急につぎつぎと

あの世へ行き、1年で6人の叔父叔母たちを無くしてしまいました。

ごめんなさい縁起の悪いことを。

この828日に68歳の誕生日を迎えて(宮崎さんFBのお祝いメッセージありがとうございます)

父の年(61)も、母の年(67)も越え、私は長生きしてきました。このあとはきっと宮崎さんのように

自由旅行をして、知らなかったことを確認していきたいと思いました。

宮崎さんは天草生まれだから敬虔なキリスト教徒かなと思っていたら

記述に書かれたイメージが違うので、思い違いかなと考えました。

と言うのは、イタリアへ行かれてバチカン市国へ訪問されなかったので.....

ちょっと読みが単純すぎますか。

ベートーベンの故郷を訪ねて幼いころのピアノレッスンを思い出されたとは

きっと戦争までは豊かな文化が生活の中にあったことでしょう。

それではまた....

西岡洋子

スイスで会った愛知県の蓮尾美智代さんから
素晴らしい俳句をありがとうございます。ドイツはすっかり秋日和ですものね!私も日本に帰って来てからは毎日モーツァルトやショパンがBGMです🎼

2015年9月2日(水)(43)ハイデルベルグ観光

秋日和陽のある席を探しけり 少し肌寒いから列車でも陽の当たる席を選んだ

老夫婦手を離さずの日和かな 老夫婦も手を放さずの秋日和である

敬老日昔農協今韓国 20年前は海外旅行は農協の老人だったが今は韓国人になった

駅からもちぎれる林檎たわわなり 塀越に駅にまで林檎がたわわに実った駅である

毎日が世界一の景色旅の秋 ハイデルブルグの城からの眺めは世界一で毎日世界一が更新される思い

今日はフランクフルトから普通列車で1時間半のハイデルベルグに来た。ここは30年ぐらい前に来たとき景色が素晴らしいこと、そしてハイデルベルグ城にある酒樽、直径5m以上、22万リットルの大樽が印象に残っている。この樽は酒好きの王様が税金を払えない人はワインで支払っても良いとしたものだから、農民たちがワインを注ぎこんで税金にしたのだが、いざこの酒樽の栓を開いたところ水ばかりで飲めたものではなかった、という話を聞いたものだから、なるほど、ふき出して笑ったのを思いだした。そんなわけで懐かしい街だ。

またドイツで一番古い大学ができ、大学の町としても2番目に学生が多いらしく、人口の3割ちかくが大学に関係した仕事をしてる街だという。

駅に着いたら昨日列車であった立教大学ドイツ語の教授夫妻とそのお母さんが僕の前で案内をうけているではないか。やはり観光地ではこんな偶然がおこるものだ。

その教授のお母さんがドイツ語で話している。歳は70歳ぐらいなのにドイツ語を喋れる、しかも息子はドイツ語の教授というのだから、恐らくこのお母さんの影響でこの教授が育てられたのだろう。

僕も同じ地図をもらって外に出たら、若い日本人らしい女性が地図を開いていたから、問いかけてみたら、台湾の学生だという。それが日本語ができるのである。台湾の大学で日本語を勉強していたらしく、なかなか発音も立派だ。一人旅というから、いっしょにまわることにした。路面電車に乗ろうとしていたら、「何かお手伝いしましょうか!」と70歳ぐらいの白髪のドイツ人が日本語で親切に話しかけてきた。あなたは日本語どこで習ったのですか?と聞いたら昔大学で勉強しました、という、この町を観光するには旧市街地行の33番のバスに乗りなさい。と教えてくれて、自分はすぐ別の路面電車に乗り込んでいかれた。

ドイツでしかも田舎街でこんな日本語を話せる人に二人もであうなんて、これも奇跡的だ。

台湾の女子大生はタブレットをもつていて、地図から列車の時間から全てこれで探してくれる。昼食にふたりで中華レストランにはいり、彼女が、今年6月に大学卒業して今求職中であること、また学生時代に3回も外国旅行を一人でしたことがあるというのだから、たいしたものだ。お父さんが出してくれたのかときたら、父は職業軍人で今定年になったところらしい。台湾と中国との関係をきい聞いたら、彼女は即、台湾は独立した国であって中国の領土ではありません。というのだ。やはり軍人を父の持つ家庭はもう台湾を独立した国と考えていて、家庭でもそのような認識をお父さんから聞いてそだったのであろう。軍人がその気だから、中国と台湾との問題はなかなかわれわれ外部からながめて分かる問題ではないと直接感じることになった。

彼女に中華料理のメニューで選んでもらって食べた。なかなか旨いが、彼女はご飯茶碗にいわゆるぶっかけごはんにして食べる。中国料理というのを台湾人と一緒に食べたのは初めてだったが、僕は他人と一緒に食べるのにぶっかけご飯というのは馴染がないので少しおどろいた。日本ではあまり行儀のよい食べ方とされていないからだ。

彼女の名前は祭の上に草冠がつくが読みでサイと読むから覚えやすい。下の名前は日本の漢字にはない名前だ。だからローマ字でPei –hun Tsaiと書く。

彼女の日本語はまったく問題なく理解でき、また僕の日本語も完全にりかい理解し、女性は結婚しても前のままの姓らしい。これは韓国と同じらしいが、中国から朝鮮文化は伝わったからであろうが、日本は違うのは、やはり日本の場合苗字というのが無くて、土地の名が頭についてできているから、日本では秀吉の時代に税金対策で土地所有に由来するものであろう。どこの土地のだれだれ、というのが権力者の便利な考えでできたのに違いないだろう。

僕は国際交流のために僕の自己紹介をポエムニストとし、思つていることから、俳句とは、心の記録であって、そのためには、まず感動を言葉でみつける、そしてその時「今」が何を見たか、どんな感じをもったか、「ここ」という場所がどこであるか、「季語」その時の季節と環境はどうか。それを17文字にちじめる。削る、これをするために物事をよく、深く観察し、対象物の声を聴きだす。これが創造になってくる。だから、日本人でなくても俳句はできるものだから、あなたも俳句を作れるのだ。と説明した。これで彼女は日本語ができるし、僕の俳句も理解してくれると思う。

hp8md327@gmail.com

彼女とハイデルベルグ城に上り、そこからの見下ろすライン河、ネッカー河に沿う街並みは新築ビルが無いため美しい。街が美しいという色彩は屋根が明るい煉瓦色だからだろう。どこでも感動する場所というのはこの煉瓦色と白との組み合わせが共通しているようである。

城の中の大樽をみていると、日本でも農民が小作料を米で支払うのを俵の中に石を入れて支払ったことを聞いたものであるが、これは不当な税金や上米にたいする農民の抵抗の歴史の一端でもあるようだ。

僕は3時25分のフランクフルト行の列車に乗るために城の見学は駆け足で済ますことになった。彼女はどこか反対の方向に友人がいて、そこに泊めてもらっているとのことだった。

彼女がいたおかげで、話ながらのハイデルベルグであった。

大阪同友会前西佳信さんより

ヘーゲルのことを知らない若者の話を思い出しました。あの時の宮崎さんのお話しに

私もビックリしましたが。

大阪で若者に豊臣秀吉の事を聞いても知らないぐらの 驚きです。

しかし 宮崎さんも 色々な方にお会いになりますね。宮崎さん自身が磁石で

色々な人を引き付けておられるのでしょうね。

さらなる 邂逅の旅へ。

 

2015年9月3日(木)(44)名も知らぬ街2つ訪問

菊日和アラブ語聴きつ昼寝かな 暖かい日を受けて列車の隣でアラビックの青年のアラビヤ語が眠気を誘う

草原や虫這うごとし車かな 草原の秋の畑の中を虫が這うように車が走っている

仲秋や当ての無き旅夕暮れに 今日は当てもなく名も知らぬ街を歩く

今日はフランクフルト最後の日になった。当てもなく列車に乗り、1時間ほどした駅に降りた。バスに乗り,

とりあえず田舎を走ってみる、すると1時間走ったバスが元の駅前に戻ってききた。これも良い思い出になろう。Bige Benという駅だった。

次に降りた駅はWetxlarという駅だった。ここは少し大きい街であるから、駅の近くで露店市場を見物し田舎の町での一日でドイツの最後とした。

ホテルに帰ったら先日会った埼玉の高校先生でコンピュータを教えている山口さんから、翻訳機能を知らせていただいた。これは今韓国の弁護士さんがハングル語で僕の俳句についての感想をいただいているから、翻訳の仕方を相談したことへの返事で、翻訳のソフトがおくられてきた。旅での知り合いができその先生が教えてくださった事の有難さ、嬉しさだ。それでなんと即、ハングル語が翻訳できた。

これで今後は僕の俳句を僕がハングル語に翻訳して送ることにしたい。また他にスイスやドイツの人々にもその国の言葉で翻訳して送ることにしたい。これでどんな国の人とも言葉にとらわれずに交信ができることになる。

早速いままできている手紙を翻訳してみた。

先日の韓国弁護士の翻訳

안녕하세요. 미야자키 선생님.

어제 만나뵙게 되어 즐거움이었습니다. 유쾌한 시간이었습니다.

보내 주신 하이쿠는 주위의 도움을 받아 해석하여 음미한 그에 대한 응답을 보내드리겠습니다.

다시 뵙게 날까지 건강하시고 만복이 가득하시길 바랍니다.

지금은 어디쯤 계실런지요? 여행 하시구요.

선생님 Frankfurt에 계시는군요. 그 곳에서도 좋은 친구들 많이 만드시길 바랍니다.

제가 일본어는 거의 하지 못하나 보내 주신 '김치 하이쿠'를 뭔가 이해할 수도 있을 것 같다는 생각이 듭니다.

감사합니다. 또연락드리겠습니다. 언제나 건강하시길.

先生様。私もBeethovenの音樂を非常に好きです。 先生Frankfurtにいらっしゃるんですね。その場所でも良い友達たくさん造っ楽しみください。 私が日本語はほとんどありませないものの、送ってくださった「キムチ俳句」を何か理解することもできるような気がします。 こんにちは。宮崎先生。 昨日お会いできて、大きな

Sensei

先生様。私もBeethovenの音樂を非常に好きです。 先生Frankfurtにいらっしゃるんですね。その場所でも良い友達たくさん造っ楽しみください。 私が日本語はほとんどありませないものの、送ってくださった「キムチ俳句」を何か理解することもできるような気がします。 ありがとうございます。また連絡いたします。いつも健康ハシギル。

Sensei-sama. Watashi mo bētōvu~en nooto O hijō ni sukidesu. Sensei furankufuruto niirassharu ndesu ne. Sono basho demo yoi tomodachi takusan tsukuttanoshimi kudasai. Watashi ga nihongo wa hotondo

先生님. 저도 Beethoven의 音樂을 아주 좋아합니다.

언젠가 Beethoven의 音樂에 걸맞는 Haiku도기대하겠습니다.

先生様。私もBeethovenの音樂を非常に好きです。 いつかBeethovenの音樂にふさわしいHaikuも期待します。

宮崎様

ハイデルベルグは確か熊本市の友好都市です。

日本に帰られてからすぐ天草ですか。

お元気さに脱帽です。くれぐれもご安全とご健康を・・・。

天草で改めてお話を聞けるのを楽しみにしています。

中山健二

2015年9月4日(金)(45)フランクフルトからパリへ

なだらかき草原つなぐ秋の雲 フランスは農業国でなだらかな草原、雲が草原とつながっているようだ

秋草や羊も牛も昼寝時  羊も牛も満腹になれば同じころ昼寝をするらしい

この旅の最後の地パリへ向かうことになる。フランクフルト駅に出たら、日本人男性がいて、藤沢周一の文庫本を読んでいられたので話しかけた。71歳の一人旅らしい。アパートを借りてそこから、そこを拠点に旅をされているというからたいしたものだ。そんな旅の仕方もあるのかと知る。それだと体調管理にいいし、だいいち料理も自分でできるから、日本の生活とかわらないからいいと思う。僕も次から長期の滞在の場合こんな方法も考えてもいいかもしれない。名刺をいただいたら、自分の絵が印刷されていて、絵描きさんかもしれない。そしてブログもやっていられるから、早速見てみた。

主に海外に出ての絵で個展もたびたび開催されているようだ。だから旅は落ち着いて滞在されているようで、今回もひと月の旅とブログにかいてある。僕も知っている街が沢山描かれている。相当の実力者らしく、鎌倉美術展にも入選されていると出ている。大久保宣正さんという。友達になれそうだ

パリ行の列車で隣の車両に日本人の5人グループがやはりファーストクラスに乗っていられた、女性4人、男性1人で各地から同じ仕事をしていられるグループらしい。なかなかお洒落だから、デザイナーだろうと思って聞いたらズバリだったようだ。おそらく日本では有名なのかもしれない。

パリに着いたら迎の人が看板をもって迎えに来ていたほどのひとたちだった

今日は4時間も乗るから、久し振りバッハの曲聞き始めた。すると、どうも日本の「君が代」の曲と同じような曲で、「千代に八千代にさざれ石の岩をとなりてこけのむすまで、」というメロデイーが同じではないか、とすると日本の「君が代」ができたのは明治だから、バッハよりはるかに遅いのだから、バッハの曲をまねての「君が代」ではないか、これは「君が代」は盗作ではないか。とさえ思える。こんなことを日本の音楽家はどう思うのだろうか。僕の耳の錯覚かもしれないが、曲が長いのであるし、全体で拾い、つなぎ合わせたように僕には思えるのだ。そんなことを驚きながら聴いていたら、前の席にいたご婦人が「音楽の音をも少し小さくしてくれませんか」といってきた。僕は耳が悪いから補聴器をかけたうえに、ヘッドホンで聴いているのだが、やはり相当の大きさなのだろう。だから音楽は小さくして聴くのは値打ちがないから、バッハも中止した。

パリといえば、7月に1週間もいたので、前のホテルにと地下鉄に乗った。地図をもらって乗ったのだが、どうもおかしい、地図の通りに乗ったつもりなのだが、どうも違う、だから僕の最初のホテルの地図を見せて人に聞いたら、貴方はだいぶ違う方向にきています。といって親切な娘さんが、タブレットで住所を調べてくれた。そして引き返さねばならないのだ。だが僕はこの頭で考え、教えてもらったのとは違う自分の記憶に従ってまだ電車に乗ってみた。だが僕の記憶であるべきホテルのある駅の風景にはならないのである。だから、自分は半分信じないのだがこの娘さんが書いてくれた、乗り継ぎの駅を頼っていってみるしかない、と疑いながら引き返した。スーツケースを持って、もう階段を何回も登り降りするものだから、トイレがせまってきて、途中で下車し、とりあえずパブに入り、飲みたくなかったけどビールを飲みトイレを貸してもらった。だがまだ信じられないのである。

そして信じないが書いて貰った路線と駅に着いた。すると初めて僕の思っていた地下鉄の地図という記憶はマルセーユの地図と、ホテルの記憶をパリと間違えて思いこんでいたのであった。それにしても、地下鉄の地図というのは似た地図であって、その間違いを気付かないでの大失敗である。

駅の名前も忘れているし、大体似たような名前だから、僕は駅名よりも風景を頼りに行動していたことの結果の報いであるから、僕も年齢にふさわしいボケがいやがうえにも意識さされた思いだ。日常でもこんな思い込みがたびたびあり家で注意されていることがもろに今日はでてしまったということだ。

こんなことがあって、一番心配の無いはずの、前に泊まったホテルにたどり着くために3時間もかかってしまった。

このいきさつを日本に電話したら、今日はホテルでじっとしときなさいと注意されていしまった。

パソコンを開いたたら、フランクフルトで会った加藤陽子さんと小島由佳さんから、帰国しました、と便りがきていた。

大阪同友会誌編集長から

思えばハイデルベルグ城の大樽を見に2006年に行きました。

それであれがそうだったのかなと、よくわからず

ユーチューブに載せられたハイデルベルグ城を見たら

確かにあの大樽でした。

フランクフルトから2時間くらいかかりましたよ。

私が見た、同じところの解説と感想を読んで感激しています。

しかしドイツの足場は恐ろしい。メッシュシートがないじゃありませんか。

西岡洋子

政府の高官婦人H子さんから

尊敬するのぶさんへ

のぶさんは、奇跡を呼ぶお方ですね!

毎日のように、奇跡が起きていますね!素晴らしい!

さて、日本では、相変わらずの政治です。

日刊ゲンダイの記事に、政治評論家の本澤二郎氏の

論評が乗っています。9月4日

2015/9/5 07:42

日刊ゲンダイさんが安倍首相については94日号(3日夕発行)2面で政治評論家・本澤二郎氏のコメントを紹介しています。

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「やっていることはインチキばかりで、もはや存在自体が犯罪的です。消費税を上げておきながら、社会保障は削って防衛費を過去最高額に増やす。詭弁を弄して他国の戦争に参加する違憲法案を強行しようとする。全国で100万人規模のデモが行われても、平然と民意を踏みにじって、14日の週に採決に踏み切るつもりだという。国会で多数を握り、メディアを抱き込めば何でもできるとタカをくくって、やりたい放題です。しかし、現実には、安倍政権になって経済も外交も行き詰まっている。心ある政治家なら、責任を感じて9月末の任期いっぱいで辞めるでしょう。ところが、憲法を破壊しようとしている首相が総裁選で無投票再選なんてどうかしています。企業も組織も、責任を取るべき人がおらず、完全にモラルが崩壊している。これでは詐欺事件や凶悪犯罪が後を絶たないのも分かります。国のトップが腐っているから、社会も荒廃してしまうのです」

2015年9月5日 (土)(46)最後はルーブル美術館

ルーブルや長袖ばかり人の列 入場に並ぶ人々はもう長袖ばかりになった

今日は最後の日だからどこにしようかと少々迷ったが、やはり世界最大の美術館はもう一度見てもまだほんの一部しか見たことにしかならないので。ルーブルにした。なにしろ32万点あるというのだから、世界から毎年600万人の観覧者があるという。ナポレオンが権力によって世界を征服したとき、有無をいわさず収奪してきたのだから、まだ美術意識の無い国などは、恐らく美術というよりも、信仰の対象であることに重きをおき国としてよりも宗派や個人の財産の収奪としか考えがおよばなかった時代だから、ナポレオンもそんなに努力せずに収集できたのだろう。

だけども、ナポレオンにしても美術の趣味というよろいも、権力の象徴を残らず集めて権力の誇示だと僕はみたい。

権力者か権力の裏ずけを集めたがるもので、秀吉ももう天下をとり統一した後は自分のことを殿下とよばせたのだから、自分より上の位は許さないというのが共通だから、ナポレオンもおそらく其のたぐいの考えだろうと僕は思うものだ。

結果的にたくさんの文化財が保存はされているものの、これらの品は本来その国にあってこそ価値があるもので、文化の移入というのは根がないのである。

エジプトやローマ、ギリシャ、インド、日本などの、まだ国民が美術や芸術に関心がない時期に集めたものが多い。

有名な羽のついた女性の首の無い像はメインの場所に展示してあるが、これは紀元前1900年の作というから、いまから4000年以上前にこんな精工な彫刻ができていたということは、それに付随する文化が沢山あったということである。日本と比較したくなるが、まだ縄文文化の時代に現代の機貝、機械でできる技術を持つていたとはなんて人類とはすばらしいものだ、と思う。

ルーブルの最上階は宗教画が多いが、これについてももっと宗教以外で絵としての評価がなされてもいいのではないかと思う。

ルーブルと僕とのかかわりでいえば5年ぐらい前パリに来た時、ルーブルの日本美術の学芸員を知りあい、何回か文通したことがあったが、僕など読んだこともない日本の説をたくさん読んでいられたことに驚いたことがあった。最近は学芸員をやめて、大学教授になられたとのことを最後に途絶えている。

もう一つでとくに有名なのは「ミロのビーナス」だが、これは女性美の代表作のようにいわれるが、ルイ18世が集めたそうであり、これをスケッチしている老人がいたが、永遠の美女としてこのように魅せられちどれだけの人たちがみたこちだろう。

僕はルーブルの彫刻や絵は写真におさめているが、どうも整理する時間を忘れてしまい、いつかわルーブルだけのアルバムとして残したいものだ。

今日は4時にはホテルに帰り、明日の帰国のための整理していると、ドゴール空港まで乗り替えを二回してホテルからでは5時間ぐらい余裕をもついべきだとフロントがいっているから、明日は7時半ぐらいにはホテルをでなければなならい。

韓国ソウルの弁護士さんより来たのを翻訳したのが下の日本語

미야자키선생님

한글로번역하여 보내주신 정성에 깊은 감사 드립니다.

그런데번역이 매끄럽지 못하여 하이쿠의 참 뜻을 이해 못 하는 것이 못내 안타깝네요.

다음에저도 영어나 일본어로 답장을 드리도록 하겠습니다.

계속 건강히 여행 잘 하십시오. 감사합니다.

宮崎先生 ハングルに翻訳して送ってくださった丁寧に深く感謝いたします。 ところが、翻訳が滑らかず俳句の真の意味を理解できないことがこの上なく残念ですね。 次の私も英語や日本語で返事をいたします。 継続元気旅行よくしてください。ありがとうございます。

Miyazaki sensei h

台湾の女子大生(日本語学科)Reiさんより日本語できた

宮崎さんへ、

メールをくださって、ありがとうございます。昨日やっと台湾に帰りました。わたしにとって、ヨロパでの最後の一日、宮崎さんと出会ったことは、非常に特別で重要な経験です。ほんまに最高な一日でした。

今度、台湾へ来てくれたら、お知らせしてください。わたしは案内します。

先日一緒に撮った写真も送ります。

では、良い旅よ!

-Pei-Chun


山の会かじか 事務局長から

敬愛する宮崎さん

早いものでもう帰国ですか!日本は8月30日の国会12万人包囲デモの大成功を始め今戦争法案反対の火が燎原のように全国津々浦々まで拡がりつつありますよ。

更に会期末までに強行採決の動きを阻止し、圧倒的な国民の運動で廃案を目指しているところです。ここ兵庫の地では8月29日に兵庫県弁護士会が主催した県下4地域で戦争法案&特定秘密保護法反対集会があり、全県で6000人が参加、私も参加して来ました。

これからが山場です。アベ政権に擦り寄る橋下維新は分裂必至。創価学会は戦争法案反対を掲げて各地で公然と集会に参加しています。政局も激動しています。

最後の最後まで孫子を戦地へ送らないよう老骨に鞭打って微力ですが運動しています。

宮崎さんどうか最後まで事故や健康に気を付けて帰国してください。
ハイデルベルグ城の大樽は私も娘と一緒に見てきましたよ。ローレライやディズニーランドのモデルになったお城も見てきました。懐かしかったです。

   野津

5日にフランクフルト駅で会った大久保さんから

宮崎様
早速のお便り、うれしく拝見しました。
バイタリティー溢れる行動力に、驚嘆するとともに元気を貰いました。どうぞお元気で残りの旅をお楽しみください。
お互いに、同じのぶさんなんですね!
        大久保宣正

2015年9月6日(日)(47)パリから帰国の途へ

まだ行ける自信が少し秋になり 今回は少し気にしていた体調だったが、なんとか旅を終えることができた

昨夜ホテルのフロントに空港までの時間はどの位だろうかと聞いたら4時間から5時間はかかるだろう、というからパリの市内なのにそんなにかかるものか、と心配になる。13時45分のドゴール空港発だから11時には空港に着かねばならないから、逆算すると、6時にはホテルを出なければならない。すると朝食をとっていては間にあわないから、5時には出る計画にしたのだった。

地下鉄も早い時間は20分おきぐらいにしかないから、乗り換えを2回するとどうなるか、朝の5時代の地下鉄には10%ぐらいしか乗っていないのだが、そのほとんどが黒人である。おそらく掃除か店の開店前の仕事であろう。

そして大半が眠っている。

ホテルが教えるのもいい加減なもので、空港には1時間40分ぐらいで着いた。。このホテルは少し不親切で、先日などはインターネット接続が切れたので教えてくれ、と頼んだら、「僕」はパソコンは出来ません」といってせきを発っていなくなってしまい、明らかに嫌がっているのだ、受付デスクで全てパソコンで操作しているのだから、不親切で、教育がなっていないと思う。それにトイレットペーパーが予備がないのでなくなっても僕が空になったk身紙を持っていってしきゅうしてもらわねば予備をおいていない。それに最初に先月泊まったら、バスタオルも1週間取り換えてくれないままあった。こんなのでkyく商売なのに繁盛市内と思う。

こんなホテルの不親切のために5時間も空港で待つことになった。

空港では49番ゲートに僕だけでほとんど人はこないが、荷物の積み込みは早くすぐしてくれたので、もう搭乗時間まで待つだけのことだから、一応この旅も成功に終わったといえる。家に電話いれtら、「今回は誰も出迎えにいけかくてご免ね」といっていたが、空港バスにのればすぐだから、僕も出迎は必要ひつようないし、みんな勤めがあるのだし気体もしてないのだからそんなに気にしてくれなくていいのだ。

今回もみんなに土産は空港の免税店でかうことにした。

女性たちにはパリのブランド品の財布、顕と社長、大橋のおとうさん、天草の公敏君にはパリの名前が入ったスポーツ帽子、孫たちにはスイスで買ったTシャツ、文学阪神、山の会かじかにはお菓子にした。これでユウロを使いきったことになる。

時間が5時間もあるから、パソコンの囲碁の対局記録をこんな機会だから保存そている棋譜を復習するのにこんな時間はなかなか家ではやらないから有効に利用できてよかつた。

パソコンがあるとkんな時に時間つぶしになrもおだ。

「文学阪神」の山本いちろう氏短編小説も2編を読むことができ、山本氏が小説家になる夢が中学の時から持ち続けている執念戸いう物の情熱がよくでている小説である。今回の小説は400ページも及ぶものだけに人生のすべてがわかる、そして沢山読んでいられるだけあって、表現や心の流れがYよくわかるものにあっっている、いずれにしても所Y小説D食べていけるさLTY作家というのは少ないようだが、それを70近くの現在も追い続けられるといYいうKとはたいしたものだち感心している。

今回ん47日の旅でゃ、

今まで少し違ったのあ¥は、同じホテルに1週間単位で泊まり、体に合った時間ニホテルに帰れる距離の小旅行にしたこと、そして、旅で知り合った人々に僕の俳句を送る約束をし、日本の俳句という文化を外国に普及することを意識的に話したKとである。これはかなり反応がよく、今後俳句を通じておつきあいが続消そうなきがする。館国の弁護士さんはもう6通ほどの僕の俳句通信に返事がきているし、それに知り合った人々の母国語で書いて貰い、僕も俳句を彼らの子にの言葉のにほんやくしておくることにした。これも、旅で知り合った高校ノパソコンの先生と友人になったことでヒントがえられたのである。

だから僕の俳句についても外国のゆうK人を意識さて詠むことにこころがけねばならなくあった。

今回の特徴は毎日僕の旅日記への感想や励ましノメールがきたことは、嬉しいことであった。丁寧によんでくださり、返事が

少なく手も、楽しみにして待っているとのたよりは院でくださLYさっていることがつたえあ伝わってくるから、あらたに観察の気持ちを支えて頂くものになった、

いずれにしても、旅の途中でやはり体力の減退を意識さされるから、日頃から体力保持に気を付けねば、次の旅が心細いことになる。でもたびをしていると家にいるときよりも歩くのは数倍多くなるから、旅をしながら健康にも焼くにたっているような気がする。それは適度の緊張と運動の効果かもしれない。

いずれにしても、僕は家族がそれぞれの持ち味を生かし応援して倉田氏、会社もみんなが県ZW健全に発展させTWくれているからDキルことである。みんなに感謝している。

いずれにしても昨年は病気が重なり旅ができなかつたが、80歳になり一人たびができたことは大変嬉しいことだった。それに今回も少しだけ成長できたのかなと思っている。


    
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by akinishi1122 | 2015-10-26 07:48 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月22日
秋深し旅の本53回貸し出され 西宮市図書館で我が旅日記53回貸し出されている
10月23日
白秋や亡くなってしる太穂俳句 偉大な俳人だった古沢太穂の俳句を亡くなられて知った
10月24日
身に余る推薦文や秋の声  作家風見梢太郎さんから次の本の推薦文、身に余る光栄である


2015年8月28日(金)(38)フランクフルト着朝7時10分 雨

キムチ鍋人も韓国秋の雨 キムチの夕食がこれえ6日続いた、キムチは食欲がでる (韓国の弁護士からメールもきた) 

プラハからの寝台車は6時30分に出て、カールスルーという駅に28日朝5時58分に着き乗り換えだが、その時車掌が目覚ましの時計を鳴らしてくれている。「あと20分で乗り換えです」とお起しにきてくれたが、僕はもうそろそろだ、と思い起きていたから、準備はできていたものの、こんな行き届いた対応をしてくれるとはやはりファーストクラスだからであろうか。それに朝食のボックスに入ている。冷たい水のボトルまでついている。

一人旅でもこれだけの配慮があれば安心だ。僕のベッドの上人はまだ先にいくのだろう。寝たままだった。乗り換えは同じホームの隣だから移動も楽だ。食堂車に入り、早速いただいた朝食弁当を食べた。まだ外は薄暗い。約1時間ほどでフランクフルトに着くから、そのまま食堂車にいることにした。すると30分ぐらいして止まった駅から、人々がどっと乗り込んできて、食堂車が満員になってしまった。そして新聞を読みながらコーヒーをみんな注文し飲んでいる。どうやら朝の早い出勤の人たちが毎日このようにこの列車に乗るだろう。車掌が検札にきたら、みんな定期券をみせている。

フランクフルトに着いたら雨になっている。ホテルは近いらしいが、急にトイレにいきたくなり、もうホテルどころではなく必至でトイテ探しだ。

なかなか見つからないのである。

いままでの旅でこんなトイレの苦しみをした経験は初めてだった。駅は大きいし人の動きも多いのに駅の軒先で傘をさして昨夜から寝ている人がいる。やはり夜は駅から追い出されているのだろう。気の毒になり胸がしめつけられ気になった。

幸いホテルは歩いて5分ぐらいのところにあり、たすかった。

ここで6泊しいわばこの度の最後の地になる。いままでホテルを探しあてるまでが緊張していたが、これで後は帰国の前2日はパリで、最初に泊まったホテルだから、これで緊張はなくなった思いである。

ホテルの窓から駅が見下ろせるぐらいの距離だから次の出発も安心だ。

列車の朝食ボックスは食べたが、ここで朝食をまたたべることにした。

パソコンを開いたら、岡山の土井先生から、のメール、日本診療情報管理学会の会長もされていられるというような人格者とをいう人はこんなに私にまで親しくさせてくださるものか、と益々尊敬がふかまるものだ。

家に電話をいれたら、「今日はゆっくり休養したら」と助言してくれたので、午前中はホテルで休養することにした。

2時ごろから市内観光バスに乗る。幸いに日本語の音声テープで解説があったので助かる。

それによると、先の大戦で町の80%が破壊されたが、ここの人々の歴史は、1240年に世界の見本市を世界で初めて始めるほどの商売の古き経験があり、そして4人に一人が外国の人で、ユダヤ人が商売や金融を支配していたから、戦後もアメリカあたりに亡命していたユダヤ人が帰国して、また金融、ことに銀行と保険をはじめたらしい。いまでは証券の王国といわれるまで国際証券を支配しているという。そして見本市も毎年続いてもう800年の歴史があるらしい。同友会の前西さんが毎年この見本市に参加されている意味が理解できた。そして世界銀行やEUの本部がここに設置されているということは、世界のトップの証券会社、金融会社がここに拠点をおいて世界経済の動向を決める機関組織をここにおいているから、EUの本部の設置がすんなりと決まったという。フランクフルトは有名で名前はよく知っていたが、このように世界の経済の動きを左右する証券取引の本場であることは初めて知った。

夕方歩いてEUの本部ビルまで行ったら、3年前にもEU反対の座り込みで10人ほどが旗をもちビラを配っていたが、今日は1000人ほどが集まり反対集会を開き、若い女性がマイクで演説していた。そしてビルを取り囲むデモ行進に出かけていた。どのような理由でEU反対なのかわからないが、やはりギリシャのよいに格差がある人々は困ることがあるのだろうか。僕にはまだ分からない。

人口はたったの65万というのにやはりユダヤ人の力と伝統というものがまだ生きていることをしる。またアンネはここで生まれ4歳までここにいたという。

今日は26日に列車で友達になった韓国の弁護士さんが、僕の俳句についての感想を約束していた通り送信してきた。なかなかかハングル文字の翻訳機能がまだ使えないが、工夫して解読してみたい。今日も2日分の俳句を送信しておいた、

夕食は駅前の韓国料理店に入る。キムチが食事前に7皿もでて、ちょっと’食べたら、なかなか旨いのでビールを飲む気になった。

岡山の土井先生から

    韓国の青年との交流素晴らしいですね。 岡山で、第41回日本診療情報管理学会を会長として開催させていただくので、中国の洛陽市

    の病院から2人招待します。ささやかな交流ですが、自分の出来る範囲でこつこととしていきたいと思います。元気で!便りを楽しみに。土井章弘

26日に列車で会った韓国の弁護士李さんより

안녕하세요. 미야자키 선생님.

어제 만나뵙게 되어 즐거움이었습니다. 유쾌한 시간이었습니다.

보내 주신 하이쿠는 주위의 도움을 받아 해석하여 음미한 그에 대한 응답을 보내드리겠습니다.

다시 뵙게 날까지 건강하시고 만복이 가득하시길 바랍니다.

지금은 어디쯤 계실런지요? 여행 하시구요.



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by akinishi1122 | 2015-10-25 10:05 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月21日

山辺より新米と里芋届きけり  奈良の榛原から新米と里芋が沢山とどいた

2015年8月27日(木)(37)プラハから寝台車でフランクフルトへ向かう

ドブチェクの「プラハの春」を後にする ドブテク首相が唱えタ「プラハ」の春を契機に民主化のチエコだった

今日夕方6時30分発の寝台車でドイツのフランクフルトに向かうのだが、時間をどのように使うか迷った。遠くへでるのは万一トラブルでもあれば、列車に乗り遅れるし、ホテルのチェックアウトは10時だし、8時間余をどうするかだが、やはり一番の見所の橋の付近であればすぐホテルには歩いてでも帰れるからそれにした。

今朝朝食の時、日本人女性が同じホテルで食事にきた。大阪の人らしいが、一人で1か月の旅というのだから、仕事は止めてきたとのことだ。今までにプラハは3回も来たというのだから、大分旅慣れの人とみえる。前西あんが推薦してくれたチエスキークロムウエルに行かれましたか、と言われたがもう今日だけしかないので無理だが、なかなか景色のよいところらしい。ここプラハで僕は感激しているのにもっと景色がいい所があるとは、僕の知識もまだまだというところだ。

急いでいられるからホテルで別れたが、昼過ぎにホテルにかえったら、もうメールがとどいていた。

プラハでの夕食は5回とも韓国料理でビールも飲んですませた。僕にとってはキムチが食欲をそそり、ビールも飲みたくなるものだ。

ホテルに5時まで荷物を預けていたので引き取り、1時間前に駅についた。寝台車はシベリヤ鉄道以来で、ファーストクラスには3段ベットがあり、今のところ11時半現在僕だけである。部屋にトイレとシャワーがついているから、浴びたら爽やかでよく寝れそうである。明日朝は5時40分にカールスルーというところに着くらしく、それまで朝食もでるようだ。飲みものは何にされますか?と聞きにきてくれた。

個室だから、パソコンで保存していた囲碁を見て時間を潰すことにしたい。

次のフランクフルトが旅の終わりとなり、あとはパリは帰国のための準備といことになる。日本からの最初の泊まったホテルに予約がとれていると顕からの連絡もはいっている。

NHKを考える会兵庫の西川さんが毎日メールでNHKの異常さを知らせてきてくれている。どうも籾井会長になってからは政府の広報機関になってきて、政権への批判は取り上げないようになっているらしい。だから、22日に全国から1000人の抗議がNHK をとりかこんで抗議したという知らせがきた。。また今日のニュースによれば、大阪の橋下市長と松井大阪府知事が維新の会から退会するという、大阪の地元選出の議員らが大慌てしているとのことで、維新の会は分裂するようだ、理念のない個人政党だったので早晩こんなことになるのは個人の思い付き政党だからそんなもんだろうと思う。個人でできたみんなの党の渡辺氏や名古屋の市長が作った減税党もなくなってしまったので、後は小沢一郎の生活の党も同じ道をたどるであろう。

寝台車で囲碁の保存していたのを3局ほど見たところで、12時前に一人入ってきた。この人は3段にあがりすぐ寝てしまった。

大阪同友会前西さんより

チェスキー クルムロフへは行かれますか。

とても綺麗に街です。

チェコには 2度行きましたが、2回目の時に行きました。

また プラハに安くて美味しい中華があります。

ヤンフェンという名前です。カレル橋を王宮へ渡り

路面電車駅MALOSTRANSKEの広場を左(南西)へ行くと

すぐにあります。

文学阪神の木下道子さんより

    ミュンヘンの旅ではビールがほんとうにおいしそうでしたね。またプラハの旅の途中、列車で一緒になった

    韓国人が、イランで働いているとのこと。そこで考える止むことなき宗教戦争のこと。ほんとにそうですね。

    しかし、小さないさかいを大きな戦争にさせる大国の介入についても考えさせられますね。

    「キリストが十字架背負い雲の中」はあの世でキリストがなにかいまの人間世界を達観しているようで

    面白いですね。では良い旅を。

                                       木下道子

同じホテルで今朝会った大阪の女性小島さんより

届きましたでしょうか?😊
先程はお声をかけていただいて、ありがとうございました!!

では、引き続きよい旅を〜



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by akinishi1122 | 2015-10-22 07:45 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月20日

ピーポーの音に乗せられ秋深夜  深夜12時30分に救急車に乗せられ病院へ

2015年8月の俳句

8月1日

毎日が35度ですよ妻電話 マルセーユが30度近いといえば日本は毎日35度との返事

8月2日

マルセイユ日陰を見つけ友創る  マルセイユの街の半分がみわたせる丘の木陰でフランス青年のカップルと知り合いになり、俳句を送ることにした。

8月3日

休養や下痢には勝てず今朝の秋 昨日から少し疲れを感じていたが疲れで消化機能が弱ったのだろう

8月4日

旅に病み残る国々極暑という 下痢で体力を温存するために今日はホテルで休養したが、残る国々はまだ暑いという

8月5日

玉石の海岸埋める裸婦の客 玉石が続き、そこにはヨーロッパ中からのリゾート客が裸で埋めつくしている

8月6日

俳句詠む目的の人作り夏ニース ニースの海岸でイギリスの女性に俳句を送る約束ができ

8月7日

ミラノへは医師と通路の夏の旅 ゼノバから若きイタリヤ医師と通路で夏の旅で友人となる 

8月8日

炎天下水だけ飲んだパビリオン ミラノ万博は日本館、炎天下での行列入場できず水だけ飲んで帰る

8月9日

10歳で見たきのこ雲今80歳 今日は長崎に原爆が投下された日、小学5年、10歳で天草まで爆音と、きのこ雲が見えた

8月10日

塔幾百紺碧の空を割りて立ち 教会ドーモは幾百の塔を紺碧の空に林立している

8月11日

8月や反戦争法へ野火の波 毎日全国で戦争反対ノデモや集会が日を増して拡大しているという

8月12日

鶏と母晩年の日ダビンチの画に  昨日ダビンチの絵の中に母の晩年に鶏と過ごした時のような絵にであった

8月13日

夏の水しぶきとなりて動く絵に ベルンの川の白いしぶきが動画をみるように美8月14日

湖にお伽の家と裸婦ヨット  ルッエルンの湖上遊覧船でまわる、岸辺や山の中腹までお伽の国のような家、水辺には裸婦がヨットにのりだしている

8月15日

秋雨や列車で語る俳句かな 列車でベルンの婦人と知り合い俳句で交流の約束をする

8月16日

地には雨山には雪や旅の国  Berunは3日続きの雨だが、Matterには眩しいばかりの残雪である

8月17日

湖の水の明かりや少し寒む

Bernからの湖水が雨模様の空を明るくしているが、少し寒さも同じくらい与えてくれる

自然とは言葉はいらぬ秋の声

日本より一足先に秋の声をかけてくれているZurichの樹木も水も・・・ 

8月18日

ミユンヘン鴨が仲間に入れてくれ 運河のベンチで中食鴨が囲んでくれた一緒の昼

8月19日

群がりやビールの祖国秋の風 露店のテントの下で大のジョッキーで談笑する赤い顔のひとたち

8月20日

キリストが十字架背負い雲の中 ウルム教会のキリストの十字架像をみて、教会の記帳簿に記帳しておいた

8月21日

今日の秋ついに覗けずミユンヘン 日本人との語らいで窓の外の秋を忘れてミユンへに着いてしまった(蓮尾ご一家と)

8月22日

花畑ドイツ語だけのガイドかな ヌールンベルグには国際語の案内がなく花についてもドイツ語の説明を自分で解釈しながら

8月23日

麦終わる原野列車の囲碁対局 ミユンヘンからプラハの列車で韓国の家族と同室になり13歳の息子さんと囲碁の対局

只一言アンニョンハセムニカで友の秋 同じ列車で韓国語はアンニョムハセムニカで話しかけ、韓国の家族3人と6時間の楽しいプラハの列車 

8月24日   

世界一城独り占め今日の秋 僕には世界一がどんどんふえていく、毎日だ(プラハ)

8月25日

秋風も思い出のうち城と山  船の上はもう秋風であるが、これも景色のうちに入れておく(プラハ)

8月26日

群がりし蜜蜂と食う昼エルベ 全く未知のウスタ・ナド・ラべンで屋外での昼食に蜜蜂が群がってきた

8月27日

ドブチェクの「プラハの春」を後にする ドブテク首相が唱えタ「プラハ」の春を契機に民主化のチエコだった

8月28日

キムチ鍋人も韓国秋の雨 キムチの夕食がこれえ6日続いた、キムチは食欲がでる (韓国の弁護士からメールもきた) 

8月29日

人波を離れ教会の秋を知る 今日は町全体が祭りで中心は人で溢れているが、教会はステンドグラスから秋の光が静に

8月30日

秋日和ピアニストと訪うベーベン ライン河をみながらベートーベンの里に着く

8月31日

名も知らぬ街に名をつけ秋の旅 名前も知らぬ街にきた自分の読み方で名前を付ける

毎日が教会の塔残暑かな どの町に来ても教会が必ず聳えている、残暑も思い出を残してくれる

堂々と背高泡立草気兼ねなく 日本では肩身の狭い草だがここでは堂々と気兼ねなく咲いている

収穫をされずの林檎たわわなり  庭に林檎がたわわになり家の景色となっている

初秋やありあまる教会旅の窓  列車ではどの集落にも教会が先に見えてくる

行く先も時間も知らぬ秋日和 気ままな旅、どこにいくのか、何時間で行くのか決めない秋日和である

自動車の100台も乗る秋列車 田舎への荷物列車が100台も載せて秋日の谷を走る

岩山の狭き畑の葡萄かな 日当たりを探し葡萄が輝いている

スーパー旗翻る葡萄畑 葡萄畑ニスーパーの旗が立てられもう近くに店があるのだろう

八月やドンコー列車一人旅  ドンコー列車からは生活が見えて旅の味がでるものだ

背丈ほどに刈りこまれたる葡萄畑 収穫に都合よく背丈ほどに揃えられた葡萄の畑である


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by akinishi1122 | 2015-10-21 18:02 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月19日

鯛味噌とキムチがあれば秋の朝  朝の食事が楽しみである、旅行で食べたキムチ、それに天草の味噌でつくる鯛味噌、これを70回噛んで食べると元気がでる


2015年8月21日(金)(31)ニュールンベルグ観光

今日の秋ついに覗けずミユンヘン 日本人との語らいで窓の外の秋を忘れてミユンに着いてしまった(蓮尾ご一家と)

今日も目的なく、中央駅に出た。行く先はベルリンとあり、とても行ける距離でないから、途中の適当なところで降りるのはニュールンベルグにしようと思う。ここはニュールンベルグ裁判として名前は聞いたことがあるし、何か関連が見れるのではないかとそれだけの知識だ。

座席についていたら、僕の前の席に日本語を話す家族がこられた。発車してから、話しかけたら、お子さんが白人でハーフの娘さん。日本語が上手に喋れて、4歳という。お爺ちゃん、おばあたやん、お母さん、お孫さんという。両親が昨日ドイツに着かれて今日の旅らしい。

白人とのハーフはなかなか可愛く、肌がきれいだ。娘さんが育てられているから、日本語が上手だ、おじいちゃんは、高知高等専門学校の教授だつたらしい。なかなか温厚なかたでドイツ語会話の本をお持ちでドイツ語をご自分で話そうとされて勉強家のようだ。もう何回か娘さんの家にこられたらしい。こんなご家族と僕の旅の話などでニュールンベルグまで会話ができて楽しくすごせた。娘さんの話によると、昨日A先生が薦めてくれた町Berchtesgadenはヒトラーの別荘があり,

別荘からの眺めが素晴らしいらしい。お爺ちゃんは高専で国語の教授だったらしいから、僕が外人に俳句を教えていると話したが、後で考えるとひょっとしたら、おかしな解説を下のではないか、と少し恥ずかしい気にもなった。

お孫さんが、人なっこくてつ僕に自分のたべている飴を何回もくれるほど可愛い。

このご家族は僕よりもっと先に行かれるから、僕が先にわかれた。日本語が話せて、気持ちがいい時間を過ごすことができた。帰国したら僕の本も読んでくださるという。

ニュールンベルグに着いた。帰る列車に合わせて市内を見ることにし、3時30分に乗るためには、市内観光2時間である。先ず市内の一日フリー乗車券を買い、路面電車で終点までの郊外まで行ったが工場と住宅街で観るべきものはなく、最終駅から地下鉄で中央駅にかえり、駅前の城壁、そこの奥に続く教会への道が繁華街になっているところを歩く。人では凄く多いがニュールンベルグ裁判の関連したたてものや、資料館などとても時間内で探すことはできなかった。だから、ここでは夜の食事の中華弁当を作ってもらい、ニュールンベルグ裁判については、ホテルに帰ってインターネットで調べて分かったということになる。人口約 50 万人のニュルンベルクは、ミュンヘンに次ぐバイエルン地方第 2 の都市で、戦前にはナチスの党大会が行われていた街らしい。

ニュールンベルグ裁判というのは名前だけは憶えていたが、第2次大戦のナチスドイツの戦争責任についての国際裁判で、イギリス、フランス、アメリカ、ソビエト、中国が裁判をする側で、その戦争責任について、何を基準にするかが世界で初めて、戦争を裁くという歴史的意味があり、そこで論議されたのは、国家元首を

戦争責任者として裁く、という、これはその後の日本についても重大な影響を及ぼす裁判であるから、日本政府も重大な関心と緊張したことが容易に想像できた。

ドイツはヒトラーが自殺することで、最高責任者がいない、だから、

処分支度にもあったようだ。国の犯罪についてに基準を人類に対しての罪、平和についての罪と当初は論議がすすめられていたが、アメリカやフランスなどが元首を裁判にかけることはその後の戦後にソビエトの影響が強くなり、結局ヒトラーが自殺し、イタリヤノムソリニーは国民によつて殺されたので残るは日本の天皇だけ生きているので、日本の場合は国民が天皇を崇拝している力がおおきいので、天皇を利用して戦後処理をしたほうが、得策との考えになったようで、ドイツは自国民が戦争犯罪人を裁くようにしたらということになったようで、最終的にはニュウルンベルグ裁判は開かれなかったようだ。

もし中国やソビエトが主張する天皇をさいばんにかけるということが実現したなら、今の日本はどのようになっていたであろうか。

こノニュウルンベルグ裁判というのは、日本にとっての重大な裁判であったから、僕の学生時代に内容はわからないまま

この裁判が話題になったことの意味を今日の訪問で知ったことだ

帰りの時間に駅で日本人の家族にあい、同じミユンヘンに帰られるというので一緒の席にさせてもらった。愛知県のご出身で明日帰国されるという。両親と娘さん、2時間近く日本語がしゃべれて、しかも旅についての魅力をお互いに話し、何故外国旅行はこんなに楽しいのだろう、となり、日本ではみんな他人がどう思うだろうか、と自分のことより他人の思うことを考えての話題や振る舞いを決め、自分らしいことが出せない社会で、みんな相手に対して自分を出さず演技しての生活だから、いわば緊張の社会で、それが外国では本当の自分に解放させられるからだろう。だから本当の自分発見になり、いつも心の底にあるものがだせるからの魅力なのだろう。とこもごもかたりあい、とくに奥さんはそうだそうだと発見を強調されて感激をされていた。

又外国旅行での日本人との会話は利害がないから、こころから今後もおつきあいできそうだとなり、是非名古屋に来られることがあれば電話ください、又お会いしたいですね。とまでおともだちになれた。このご家族とは僕も今後おつきあいしたい気持ちの良いご家族であつた。

蓮尾政信さん、奥さんが美智代さん、娘さんが淳子さん。奥さんもブログをもっていられるし、娘さんは早速ぼくのブログを開いて、フェイスブックにも友達申請してくれていたし、ホテルに帰ったらもうメールがはいっていた。

楽しい時間でビールまでごちそうしてくださった。

宮崎信敏 様

埼玉県の高校コンピューターの昨日お会いした先生Aさんより

昨日はお世話になりました。

ご馳走様でした。

私も日本の方と話をするのは久しぶりで、楽しい事間を過ごすことができました。

今日はミュンヘンを散策し、明日スイスへ向けてバスで出発します。

天気予報を見ますとスイスでは雨のようですが、アルプス以外の町やお城を巡ろうかと考えております。

また、ブログを拝見させていただきました。

普段、俳句と接する機会がありませんでしたので新鮮でした。

これからも、お気をつけて旅を続けてください。

ブログの更新も楽しみにしております。大量殺戮した直接の将軍などが銃殺にしたりして被害国でそれぞれ現地で散発的に裁判の前に

それでは失礼いたします。

高校同期の山崎純一郎さんより

お元気で旅を満喫しておられるようで何よりです。こちらは体操仲間と暑気払いを820日に催し、高校野球の決勝戦の時間帯に当たり障り、ハラハラしながら酒を飲んでいました。ご存知のように、東海大相模が優勝したのですが、互角で流れが変わって仙台育英には
いかなかった。スマホでのメールは書きにくく苦労しています。88日ニ-スの返信を添付します。山崎

華道師範 俳句の先生 加藤佳代さんより

凄い素敵なメール発信を受けましが当方携帯で受けますので、全ては入らないようです。亦お帰りに成りましたらお聞かせください。お気を付けて良き旅をなさいますよう
願っております

2015年8月22日(土)(32)間違って再びニュールンベルグ観光バス

花畑ドイツ語だけのガイドかな ヌールンベルグには国際語の案内がなく花についてもドイツ語の説明を自分で解釈しながら

今日も新しい発見をするために、中央駅に出て、直近の発車する列車に掛けこんだ。9時30分ごろだった。

列車に日本の青年が乗っていた。ベルリン行である、ミユンヘンから6時間はかかるので僕は途中で彼とは別れることになるが、彼は今20歳で大学2年、19歳の昨年から夏休みに一人旅をしているというから、たいしたものだ。今後はこのような青年が新しい日本人として企業など起こしていくであろう気がする。たくさんの国の文化を体験することで、柔軟性のある考えができ、世界の変化に対応できる人が日本でも待っているとい思う。

英語は好きで、名古屋商科大学英文科らしいから、ますます、外国旅行にはまっていくだろう。

彼のお父さんはまだ40代で弟が双子で高校生だから相当の費用が必要だろうから彼はアルバイトをしてこの旅行も自分で工面してきたというから、きっと彼の卒業後は事業を起こしても行ける人間と想像できる。

1時間近くになり車掌が来たので次の駅を聞いたら、なんとニュールンブルグというではないか、これだと昨日来た駅ではいか、僕にしたら、発車間際に乗り込み、しかも昨日のホームと違っていたから、別の路線かと思っていたのに、えらい失敗で、同じところに行くことになってしまった。

駅に着いたら市内観光バスがあったので、これにのる。昨夜ニュールンベルグについての知識をすこす少し得たのでわかるだろうと思ったが、観光ガイドは全くドイツ語ばかりで解説はさっぱりわからず、街並みばかりをみて自分流で解釈するしかない。ここはナチス党の本拠地だったから連合軍が町の8割まで破壊しつくしたらしいので、ほとんどが戦後の建物ばかりである。城壁と教会だけは昔のままだが、建物についてはみるべきものがない。

郊外も含めて2時間のバスだったが、ポツポツと教会があるし湖の景色ぐらいで特別印象にのこるものはなかった。

戦争を裁く町だということだけで記憶にのこしたい。町では外に出した椅子でビールを飲む人々の写真をたくさん撮っておいた。前にミユンヘンに来た時は男性がスカートをはいたりズボンが膝までのタイトの服装、それに女性が赤と白にのスカートのウェイトレスが多かったのだが、今回はあまり見かけないところをみると、あの時はビールの祭という時期だったのかもしれない。

今日は2時半にここをきりあげ、5時にはホテルに帰る。明日のプラハ行が気になるから準備にかからねばならない。

パソコンが今朝かつながらないから、昨日の日記は送れないでいる。夜もまだ繋がらない、受け付嬢が努力してくれたが、インターネットができないため来ているであろうメールがみれないから残念だ。

パソコンのない旅は味気ないものだ、今回の旅で2日繋がらないというのは初めてである。明日プラハのホテルでつないでもらうことを期待したい。

松本善久夫さんの「明日への坂道」をやっと読み終えた、学校の先生方が6年担当で、僕でも驚く質問がたくさんでていて、6年ともなると、大人でも一呼吸おいて返事しなければならないおことあことが多いことで楽しい。憲法の授業などその精神でいけば、今の政治がむじゅんだらけで、漢方を教えれば、いまでは反政府的に見えるのだから、今は異常なさせたらいい、とを平気で捻じ曲げていく政府だから、先生方の苦労はたいへんだ、授業のなかで、「女性は掃除が得意だから、掃除は女に子にさせたらいい、と民主主義で多数決で男性の多いクラスで決めてしまう」その後女の子が転入して、「掃除」は男子にさせよう」と逆転の投票になる場面。こんな時多数決が必ずしも正しいといえないことを学ぶ場面があるが、現場ではこのような類の問題が多いことも知る。如何に苦労しいかに楽しみ、子供たちをそだてていくのに努力されているかが、僕が社員を見る目線と同じことが学校での日常であり、人育てというのは、まさ人々の個性を引き出すことに成功するかどうかで成果がでるものだと自分の職場の様子と重ねあわせて読めて、たのしく克、勉強になった。松本さんは深い知識と哲学がしっかりしているから、学ぶことが多かった。こんどお会いするときはじっくり時間をっけて懇談したいものだ。

家に電話を入れたら徳島の民主文学支部長宮本氏から家に梨が送られてきたらしい、また高校のど同期生の篠原さんからも本の御礼の品がきたとのことだ。

今日は土曜で香織は歌舞伎の観劇に出ているということである。

20158月24日(月)(34)プラハ市内観光バスの一日

世界一城独り占め今日の秋 僕には世界一がどんどんふえていく、毎日だ

プラハに来る時は、大分北に位置するから、ミユンヘンより寒いのではないかと思っていたのだが、来てみると非常に暑い。これは僕の認識違いである。それとプラハの景気が世界一、と思い続けていたが街の方から眺めで対岸の丘に聳えている城は遠くから眺めて景気の一部だと思っていたのだったが、この城に来てみて色彩とデザイン、この美しさといったらまた別格の美しいく、克大きいのだ。あらためてプラハの都市の美しさに二度惚れである。

城の入り口付近に鷲、鷹、フクロウなどが足に鎖でつながれ人々の腕に止まって写真におさまっている。大きな鷲がこんなにも慣れるものかと初めてみた。

大きな川に、見たところ四本の橋があり、この橋中心に景観ができているといっていい。途中休憩で一時間の中之島をひとまわりして、両岸の建物を眺めるとそれはそれはそれこそ美術建築を観る思いだ。こんな芸術的な街が大規模にできたのはどのような歴史からであろうか。解説はロシヤ語のような気がするから、ホテルでインターネットの解説を開き、これをもとに歴史を調べてみたい。

ホテルを出る時観光バスは中央駅からでているとだけ聞いたが歩いてみるとかなり遠い、暑いし、地下鉄や路面電車の説明を聞いてこなかったので汗だくで中央駅についた。観光バスがまた駅で終わったから、もう疲れてどうしてホテルに帰えろうか、地図はあるが、住所番地が分からないから、誰に聞いても地下鉄や路面電車の駅を教えてもらえない。肝心のことを聞かずにきたものだからあわてた。仕方がない、交通チケットを買って地下鉄で何回も降りて風景をみて判断し探そうと決めた。観光バスで観たところ中央駅からは一つ目ではなさそうだから、2ツ駅で降りてみた、すると僕のホテルの一番近い駅に出たではないか。もう思わずバンザイをしてしまった。偶然にしては偶然で自分には奇跡としか思えなかった。帰る時の最寄の駅はどこで降りたらいいかをきいいてこなかったからの失敗だった。

僕は前に来た時はどこのホテルだったかっ記憶がない、そして観光バスに乗らなかったす、ただ歩いてだけだったが、こんなに古い綺麗な建物が集中しているのは僕はやはり一番であると思う。本当に僕の決めた景色のナンバーワンである。

(チエコについての説明書)

1946の選挙で第一党となっていた共産党がソ連からの影響力なども背景に1948共産主義政権を設立し、「人民民主主義」を宣言した(二月事件)。1960には「社会主義共和国」に改名した。しかしスターリン的抑圧に対する不満が爆発し、ノヴォトニー政権に代わりスロバキア人のドゥプチェク率いる政権が誕生し、「プラハの春」と呼ばれる自由化・民主化路線が布かれた。しかし、改革の行方に懸念を抱いたソ連を含むワルシャワ条約機構5カ国の軍が介入(チェコスロヴァキア侵攻英語版)、スロバキア人のフサーク政権が樹立され、「正常化体制英語版」路線を推し進めた。国内の秘密警察網が整備強化されて国民同士の監視と秘密警察への密告が奨励され、当時の東ドイツと並んで東欧で最悪の警察国家となった。人々は相互不信に陥り、プロテスタント教会では信者や聖職者の間での密告が頻発した結果として教会組織が自ら消滅していき、信者は宗教不信から無神論者になっていった。フサーク政権は思想的な締め付けを強めた一方、個人の経済活動をある程度の規模までは黙認し、この「地下経済」によって国内の消費財の生産は活発化した。

1989からの「ビロード革命」によって共産党体制は崩壊し、翌1990には複数政党制による自由選挙が行われた。19926月の選挙では民主スロバキア同盟が勝利したため、それまで互いに反発していたチェコとスロバキアの分離は決定的となった。19931月にチェコスロバキアはチェコスロバキアに平和的に分離(ビロード離婚)した。

20028月、記録的な豪雨によってヴルタヴァ川(モルダウ川)が氾濫し(欧州洪水英語版)、プラハをはじめ多くの都市が被害にあった。

200451にチェコは欧州連合に加盟した。

このようにチエコはジグザグの道を歩いてきたが、「昔鉄のカーテン」の中の国としてソ連が崩壊するまで情報がとだえていたが、こんなにも美しい街が世界によくも知らされて無いとはよほど情報が厳しくかんりされていたのだろう。

いずれにしても、スターリンの抑圧と秘密の被害がこれほど大きいことを憎みたい。

夜は韓国レストランでこれも僕にとって世界一の食事だった。名前は知らないが鉄の鍋でまだグツグツ熱い食べ物、それにキムチでビールを飲むのはたまらなくおいしい。

岡山の土井先生からメールが入った、先生が尊敬され、人間の生き方、社会の見方、人を育てるという見方については、いわば僕も共通に影響をうけた先生が太田堯先生だあると思う。人を見る目、そして人が育つということは、認めてやること、評価してやることだ、ということを学んだ。又人間である以上全て人が劣等感をもつている、劣等感とは、自分にないものについて、自分の期待、願望があるところに生まれるもので、人間であるい以上全ての人間が持つものである。そして具体的に自分の課題を教えてくれているのも劣等感でありその点では、劣等感は自分にたいしての課題を具体的に教えていることになる、だから、これは人間にとって進歩のためのエネルギーなのである。

そんなことを学んだのが土井先生と僕がともに尊敬する太田堯先生である。その先生が現在97歳でご健在であり、その先生に土井先生が会いに行かれたという。これもまたご立派でる。太田先生の「かすかな光」という映画ができ、その上映運動を土井先生がされ、ご自分の病院で上映されるということは又素晴らしいことだ。僕も是非観たいとおもっている。

岡山の土井先生から

敬愛する宮崎 信敏さん

   韓国家族との旅の風景いいですね。 大田堯先生に合いに埼玉県 浦和にいってきました。 大田堯先生 97歳ですが、理想をもとめる姿に

   心を打たれました。大田堯先生のドキュメンタリー映画「かすかな光へ」を、当院もパッチアダムスホールで上映します。

   横谷敦子さんも一緒でした。 世界が平和でなければ個人の平和もない。土井章弘

 

京都の出版支援センターの吉田さんから

(33)受け取りました。ありがとうございます。
外国におられるとできの方が活き活きとされているようで感心しています。

考えてみれば外国滞在日数とか時間とか、年単位になっているのではないでしょうか。

数年という。

吉田

2015年8月25日(火)(35)プラハの河の観光船

秋風も思い出のうち城と山  船の上はもう秋風であるが、これも景色のうちに入れておく

当てのない旅をしているから、今日はどこに行こうか、ということが浮かばないのである。とりあえず駅にでて列車が出るのに乗ろうか、その方が新しい発見があるかもしれない、と思う反面、プラハはまだ見るべきところがあるかもしれない、とも思う。地下鉄に乗ってとりあえず中央駅に向かった。すると犬をつれた日本女性でおそらく40近いのではないかと思う。声をかけたらやはり日本人だった。犬を連れていられるから、こちらで生活されていて、こちらで結婚されているのだろうと思い聞いたら、「もうこちらに来て16年になります」とのことだ。そして結婚はしてません。といわれるので「お勤ですか」と訊けば、まあそんなところです。とのこと。オペラの団員ですとのことだから歌手でしょうか?と尋ねたら、バイオリンを弾いています。というたったそれだけの会話だったが、「私は降りますが次が中央駅ですからスリに気を付けてよい旅をしてくださいね」と降りていかれた。あとで考えたのだが、何故一緒に降りてもっと話をきけばよかったなと思うし、オペラの団員で16年にもなるというのだから、相当の実力者にちがいないので、返すがえすも残念だった。写真も撮っていないから、手掛もない。

一番賑やかなところの橋のたもとに出たら観光船の案内が目にとまったので乗ることにした。船の外はすこし肌寒い。プラハの景色は両岸に古くからの建物、それに昨日行ったお城が船から眺められ、全体がまるで絵のなかにはいっているような自分を感じる。もう来ることがないと思えば、なおさら目にやきつけておきたい世界一の眺めである。

船を下りてまた観光バスに乗る。2日間有効の券だから、もう一度山の上の城、教会に行くことにした。

今度は教会の中に入ってみた。有料の奥への部屋がありそこにはステンドグラスにキリスト経典などの物語、宗教画、彫刻などが美術館に入ったようなかずかずの展示品がある。

僕はキリスト教については思想史、文化史、建築技術、政治と宗教、労働や石材の運搬手段等に関心があるからもっぱら、宗教画でもそちらの写真を撮ることにしている。

だからその時の建築技術の偉大さに感心してしまうものだ。

こんなことでホテルに帰ったのは5時であった。

旅先からも社内新聞は毎日書いているが、「物の見方、考え方」というシッリーズでいま書いているが、今日で9回となった。僕は技術は各人が学校で勉強してきているから、物の見方や考え方については、社員が自信を持ち、自由に生きるための応援の考えを述べたいと思っている。

今日書いたのがこれだ。

第    号 日々新聞  2015年8月24日(月)

物のみかた、考え方(哲学)(8)

偶然と必然

私たちの考えの中には、物事をみるとき、偶然が重なって驚くことがありますね。だから人々の中に「くよくよしても仕方ない、所詮世の中はなるようにしかならないのだから」という考えがでてくるのです。それはそれで一つの考えかたですから、徹底的に物事が全て理屈で説明できないことがたくさんあるからです。これは、自分が説明、理解できないことと、他人だったり専門家だったら十分に説明ができたりすることがあり、自分の知識や経験がまだ知らないだけの事を、どう考えても分からない。と決め込んでいる場合もあるのです。でも物事は分からなくてもどちらかに決めなければならないことがいっぱいあるために、分からないなりにも決めなければならない場面が多いものです。

この場ではとりあえず、分からないが「考えても仕方ない」からわからないが取りあえず、決めて進もう。ということになるのです。

このような考えが習慣になり、物事を考えても仕方ない、という生き方を多くとりれる人がいるのです。これが偶然がもたらす人間の生き方まで習慣になる人を見かけるのです。でもそんな人でも、全てが偶然で動いていると思っているわけはないのでした、でして、自分がよく知っていることでは、この先どのようになるか、と経験や知識で予見できるのですから、自分で知ったり経験したりしたことでは、必然的にこうなる、と予見できるのです。そんなことには、「なるようにしかならない」とは見ないのです。

また科学が未発達の時代には予見ができないことが多いため、偶然だとおもうことが多いのです。偶然思っていたことが化学の発達でそれは必然だ、ということが多くなってきたのです。

このように、昔も今も分からないことを偶然としてかたずけることはあるのです。

だから、物事を考えるとき、「今はわからないが、いずれは解決されるだろう」とみて物事を見ることが大切になるのです。このように今は分からないが、という前提に考えることを、科学的な「物のみかた、考え方」というのです。物事に対して物事は時代や時間、環境が変化すれば、偶然だと思っていたことが必然だった、ということになるのです。偶然と必然とは、時間、空間、環境の変化によっていれかわるものなのです。

このことを頭にいれておけば、物事は変化するものだ、ということになるのです。物事は変化するものと考えを基本にいれておけば、未来について期待がうまれ、なるようにしかならないという考えがなくなり、世の中を前向きにいきている人とみられるのです。

第  号 日々新聞  2015年8月25日(火)

物のみかた、考え方(哲学)(9)

歴史は繰り返すか?

物を観る場合に「歴史は繰り返す」と観る人がいます。之も最もですね。歴史というのは人間の発展のことを言うのですが、一見すれば人は同じようなことの繰り返をしながら生きて発展してきたのでした。だから、歴史は繰り返すものだ、と親や昔の人は自分の経験したことをあらかじめ予想して、失敗しないように注意したり育ててきたのです。

これは家庭や個々人の場合は分かり易いのですが、社会となると、どんなことがくりかえされるのか、なかなか見た目では分からないのです。

だが社会については、生きるために経済活動をして、利益を生みながら発達していくので、人間の集団や、商売、経済活動は、個々人ではわかりにくいのです。現在の社会は、資本主義社会として日本は存在しているのですが、その原理は利益を生む生産活動でなりたっているのです。生産活動というのは、人々の欲望を満たす製品を作ることです。生産されたものは自分が使うものでなく、誰が使うか分からないものを生産するのです。これを商品とゆうのです、自分の使うものは商品とはいいません。

他人が使うものを生産するのですが、果たしてどれだけの物が売れるのだろうかは、おおよその考えで生産されるのです。アダムスミスという人は、資本主義の原理を、レセフェールと言って市場にまかせれば、調節できる、といって自由放任で生産していれば市場が自動的に調節してくれる。と「国富論」というのを書いた最初の人です。自由放任の生産は確かに市場が調節して多すぎれば売れなくなり需要にたいして少なければ、少ない間はよく売れるのですから、儲かるというわけです。

だが段々一つの国ではなく、世界の国、地方でまだ不足していれば売れるのですが現在の生産技術では世界中で必要としている商品を見込み生産する時代になってきたのです。

過剰生産というのが自由放任で個人のまかせていた結果が、日本では過剰生産できる能力ができて、物が多すぎて不況という現象をくりかえしているのです。

おおかた昭和の始めごろから、ほぼ’10年ごとに不況がきていました。これは資本主義のおおきな欠陥でしょう。不況を乗り切るために領土拡大の戦争をはじめてきたのです。いままた国会で戦争法案が審議されていることを見て、歴史家が、「歴史は繰り返す」と警告しているのがこのことのようです。

天草五和町前助役西照雄さんからはいつも丁寧に読んでくださり、しかも僕が関心のある点について的確に読んでくださっているから、お便り頂くのが楽しみになっている。

(西さんのお便り)

楽しい旅が続いていますね。世界一高い塔を有するウルムの大聖堂で、カラヤン指揮の歌劇を聴く堪らないですね。 貴兄の句にも強く惹かれます。 それにしても、韓国一家との交流を拝読して、瞬時に相手の心の中に入り込む交友術と云うか、我々には真似できない経験に裏打ちされた人徳なんでしょうね。羨ましい限りです。 昨夜半から今朝にかけて、天草は15号台風に直撃されました。10数年ぶり?に夜明けが待ち遠しかったです。我が家は菜園の被害で済みましたが、100mm超の雨と相まって、大潮でなくて良かったです。久しぶりの大時化で赤潮が吹っ飛んで、漁師は恵比寿顔でしょう。いよいよ秋が間近になりました。良い旅をお続けください



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by akinishi1122 | 2015-10-20 09:54 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月18日

秋寒や70年碁はまだ2段  戦争中に兵隊さんから教えてもらって70年になるがまだ2段である

2015年8月20日(木)(30)ミユンヘンからアインシュタインの生地ウルム(ULM)に日帰り

キリストが十字架背負い雲の中 ウルム教会のキリストの十字架像をみて、教会の記帳簿に記帳しておいた

今日は後先の話になるが、帰りの列車に乗る駅で日本人のYさんという埼玉で高校の教師をされ、専門がコンピュータ教育という。この先生から今日の町の説明を列車の中で教えてもらい、びっくりしたものである。

その説明によると、アインシュタインがここで生まれたこと、こちらはゴシック建築のウルム大聖堂。教会の塔の高さとしては世界一を誇り、16153mで東京タワーの第一展望台と同じ高さということ、第二次世界大戦で旧市街の八割が破壊されたウルムだが、この大聖堂は無事に生き残り、ここのウルム教会が世界一高い塔で、またカラヤン指揮者が、はじえてここの歌劇場で「フィガロの結婚」の指揮をした、などと有名な町だということだ。

僕はミユンヘン市内はひととうり済んだので、目的なしに中央駅に出た。一番早い出発の列車が10時38分だったので乗った、それで行先がフランクフルトとわかり、高速鉄道である。地図で見ると大分離れていて、日帰りできそうにないから、まず夕方まで帰れるのは2時間までだろうと考え、1時間半で着いた駅に降りることにした。そこがウルムという今日の町である。

この町も駅前には路面電車が走り、駅から教会の高い塔がみえ、結構大きい街だと感じる。路面電車に乗ってとりあえず町をひとまわりして、感じもつかめたので、駅前から歩いて教会に行く。これはたくさんの教会をみたが、やはりトップクラスの規模だ。中に入ると塔に上るために入場券が45ユウロとあるが、階段で100m登る自信はない。

教会内部にはミサのための椅子が1000以上があるから、これだけの満席になるミサもあるのだろう。内部は暗いがステンドグラスでの明かりで写真は撮ることはできる。

記帳簿があり、毎日記帳されている名前をみるのだが、日本人の記帳はみられなかったが、僕は      キリストが十字架背負い雲の中  と書いておいた。

宗教画が10mぐらいのがあるから写真に収めパイプオルガンなども10mぐらいのが高いところにある。

僕はキリスト教については旧約聖書に関心があり、人間の歴史のなりたちをキリスト教なりの史観で説明しているから、アダムとイブの物語として、人間にたいする見方に興味をもって読んだものだ。どの宗教も世界のなりたちから始め自分の神が絶対だと教え説くのだから、信者はその教えを疑うことは許されないのが宗教であるから、人間は実生活の経済活動と、宗教を信ずる分野とは区別して生きて居る場合が多いから、その矛盾をどのように説明するのか。に興味があるからである。

同じキリスト教を信じる国が戦争で殺しあうのを教義でどのように合理化するのか、それが興味があるのである。

またキリスト教国がイスラム教国と戦争をし、自分の神の教えが絶対という

人々、宗教は人類の平和をかかげるのに、他の宗教を信じる人々を殺害する理由をどのように説明するのか、いまだにどちらも妥協しないで殺し合いをしている現実、このことは永遠に続くのであろうか。

教会を観るのは、歴史上の権力と教会が融合して権力者は宗教に帰依することで政権を安定するための利用してきたことが世界にかぎらず、日本も同じであったように思う。

このような意味で教会や建物を観察するのが僕の視点である。

いずれにしても、今日のウルム訪問は帰りの列車のなかで、その町が有名であり、僕だけが知らなかったことであった。この町では夕食のために中華料理を作ってもらいホテルで美味しい夕食になった。

Y先生とは今後旅日記でその後の僕の旅をお知らせすることになった。コンピュータの先生で、顕が用意してくれたパソコンと同じ物をもっておられたから、使い方メモしてくださった。もうホテルに帰るだけだから、二人でミユンヘンビールで乾杯して別れた。やはり本場で飲むビールは旨い。

帰りの地下鉄で黒人の大学生3人に列車駅路線をきいたことで、話がはずみ、彼らがセイロンの大学生で、エンジニヤをここでの大学で学んでいること、そして彼らと一緒に写真のおさまり、僕の土産の扇子や暖簾を入れて写真だから、送ることにした。

セイロンの人たちが黒人でアフリカかとおもったが、アフリカとおなじように肌が黒い。いずれにしても非常に明るいし、話していても’気持ちがいい。

中小企業家同友会全国協議会前会長赤石義博さんより

あちこち素早く目配りしながら、しかし、いつもの笑顔を崩さず飄々と歩き回っている宮崎さんの姿を思い浮かべながら、半分は羨ましい気持ちと、半分はえらいものだと感心しながらメールを楽しんでいます。
 戦後すぐの頃のサッポロビールの札幌工場の脇にあった鉄工所に居候して、中学・高校・大学へと通った私としては、ミュンヘンと聞くと特に心が騒ぎます。
 いわばビールの故郷を「ミュンヘン・サッポロ・ミルウオーキー」と呪文のごとく唱えていましたが、その頃大ジョッキの生ビールが115円、ほぼ同じ量4合ビンの25度焼酎が112円でしたから、学生時代の我々にはビールはあこがれであっても、滅多に口には出来ませんでした。
 この次ぎ会った時には、ミュンヘンのビールの味を教えて下さい。因みに、天津ビールと沖縄のオリオンビールは私の大好きな味で、ほぼ同じ酵母ではと思っていますが,これがどうやらミュンヘンものに一番近いらしいのですが、宮崎さんの判定を伺いたいものです。
 体調を気にされコントロールされているのはさすがです。従って馴れないビールは話しだけ聞いてきて下さい。元気な帰国談を心待ちしています。
On 2015/08/19, at 12:51,
宮崎 信敏 wrote:

京都印刷会社社長 吉田典夫さんより

27,28届きました。

ありがとうございます。

お元気で何よりです。

こちらは宮﨑さんの本5冊目、準備を進めています。

ようやく全体像が見えてきました。

250ページぐらいになります。

帰国後、お目通しをお願いいたします。

吉田典夫

大阪同友会前西佳信さんより

元気、元気に旅をされておられるようですね。

ドイツの交通機関のシステムの一つに、改札が無い事に

日本人はビックリするのですが、合理的なシステムと思います。

日本のように、改札に誰か配置する費用を考えれば、コストダウンに

なると思います。最近、日本では自動改札の設置で、人は配置されて

いない所もふえてますが。

切符を買わないで乗車する人が居ても、総合的に考えれば、安上がり

になってるのでは。

しかし 一度 地下鉄で検札に出くわしました。それは 日本のように、車掌さんが、

後ろか前にの車両から移動して検札するのではなく、 全車両に、

一斉に数名の検札員が乗り込み、検札しました。ドイツ人が 「ゲシタポだ」

と囁いてました。

運悪く? 切符を買ってなければ、高額の罰金が化せられので、

皆さん ちゃんと 買っておられるようです。

しかし、ドイツで ビールが楽しめないとは、

残念 残念!!!!!

旅をお楽しみください。

宮崎さんの様になりたいと 願ってる前西より。



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by akinishi1122 | 2015-10-19 10:03 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月17日

朝寒や家売るチラシのポストかな  毎日家を売るチラシが新聞と一緒に入る朝だ


2015年8月19日(水)(29)ミユンヘンをバス・地下鉄・国鉄で回る

群がりやビールの祖国秋の風 露店のテントの下で大のジョッキーで談笑する赤い顔のひとたち

朝は少し寒くなってきた。少し雨も降っているからであろうが、日本で8月の20日前に寒さなど経験もない。大分緯度が北にあるのだろうか。ジャンバーをもってきたからいいが、電車に乗っている人でTシャツの人は全くいなくなった。

今日は電車、バスの一日自由券を買った、6,3ユウロで、市内は全て、私鉄、国鉄にまで乗れるから便利である。そしてこの券で、乗り物すべて改札がなくフリーで乗車、降車ができるし、検札もないという不思議だ。チケットを

改札のかわりに刻印機があり、それに刻印するシステムになっているのだが、ほとんどの人は刻印していないようだ。これでよくそれぞれの機関が経営できるものだと不思議に思う。僕にしたら、万一検札が来ても切符をみせればいいから、安心はしているが、刻印機がどこにあるか探さねばわからないのだし、第一バスでは刻印機もないのである。便利といえば便利だが、みていると券を買う人もいれば買わないでのりおりしている人が多い。

今日は中央駅に行き、その周辺を歩いて、次の移動日に間違がいなく列車の確認をするためである。次は新市庁舎のあるいちばんの繁華街まで行き、その建物が教会としてできたのが1568年というから500年の歴史があり、僕には教会としか見えない。だが規模としては、150m奥行くらい。たくさんの尖った塔が立ち並び100mぐらいの高さがある、見た目は教会である。だが1階には各種の商店やレストランまであるのだから、教会と市庁舎、商店事務所が混在している建物というのを初めてみた。

ここに人々が集中して観光客も地面が見えないくらい人であふれている。この庁舎から放射状に道があり食糧品や衣類のいわゆる商店があつまっている。

明らかに日本の店で御木本真珠店があり、日本人らしい店員が客の応対をしているから、日本人としては嬉しいものである。日本を意識するものでは寿司が魚屋に併設してだされているが、もう寿司については国際化したといえるようで中央駅の売店やスーパーにも出ているから、特別に探さなくても見つける苦労はいらない。だが2日ほど夕食に買ったが旨いとは言えず、酢がきつく、店によってはご飯の炊き方がまちまちで、続けて食べたいとは思わない。おそらく職人は形だけまねて作っているのだろう。

ミユンヘンといえば、やはりビールが印象にのぼるが、僕は今家ではウイスキーの水割りにして、それも薄くして飲んでいて、この前家族で食べに行ってビールを飲んで気分を悪くしたので、しんどくなったらいけないと飲まないことにしている。

だがこの繁華街で外でビール専門店がテントをはり300席ぐらいでいある。ビールのドイツの風景をみたので、たくさんの大ジョッキで飲んでいる人々を写真におさめた。どうやら大ジョッキで400円ぐらいのようで、安いとおもう。

歩き疲れたので露店の果物屋で無花果と桃(カボチヤの形)を買い食べる。この桃の旨いのが安いのに日本に何故できないのだろうか。イギリスで知った味で、フランス、スイス、ドイツでもあるが、桃は痛みやすいから送れないにしても生産ならできるだろうに、と思う。無花果は小柄だが、美味しいが小さいので4個食べる。

夕食は中華にしようかと思ったが調べてもらったら、電車で2駅のところだというから、スパゲチーにした。これは美味しいがボリィームがあり半分近くのこした。ここで初めてビールを飲んだが瓶ビールで、アサヒの味に近いような気がした。これも少し残すぐらいにして、体調を考えた。

ミユンヘンはヒトラーのナチス党の本拠と発祥の土地だが、ミユンヘン市民は完全にナチスと決別しているらしい。何故ヒトラーが短年のうちに政権をとれたかといえば、フランスがドイツを攻撃したとき、政府が弱腰あったのにヒトラーが汎ドイツ主義という民族意識を掻き立て、また反ユダヤ主義、反共産主義という三大スローガンを掲げドイツ民族は優れているのだ、という民族意識を掻き立てて国民を熱狂的にさせた、そしてアジ演説がうまかったらしい。敵を作りそれに国民の不満をひきだしたからで、ファシズムというのは敵をつくり、国民の愛国心を演出するのが共通するようだ。他のことは何も言わず一点の扇動型をとるのが、共通しているようだ。

日本でも、民族優越思想でかきたて、他のことは考えさせない、ヒトラーは名前も総統とかえ、自分に対する批判を禁止にまで強制したというのだから、日本の天皇制と同じだったようだ。小泉首相がこの手法を使って政権をとったし、安倍政権もそうだし、大阪の橋下市長が同じ手法をつかって強行しつつあるのがよく似たようである。

外国では日本の動きが見えやすくなるものだ。

文学阪神の木下道子さんから

    外国で思わぬ人に俳句の話しで心が通じ友達に……。なんてすばらしいことでしょう、日本の

    いちばん短い詩、その面白さを伝えられるなんて。

    それと、スーツケースを重そうに持ち助けてもらう知恵、ちょっとずるいけどいいかなと感心しました。

   マッターホルンの登山電車の説明が英語と日本語だけとは……。また、和泉さんの後押しをえて世界に

   俳句を堂々と広める気になったとは……。とても面白い旅日記になってきましたね。そして、電気の

   設計士らしい人には俳句の講義はやめておくとは……なかなかの機転ですね。こちらはやっと少し

   秋の気配です。鉦叩きの声がかすかに聞こえます、私も俳句が作りたくなってきました。

   家では、孫のとってきたバッタを6匹飼っています。孫の母がいやがるので私が飼うことに。紫蘇や道の

   草を与えています。では良い旅をお続け下さい。

                                              木下道子

                                              

大阪同友会 前西さんより

ミューヘン駅には ファーストクラス用のラウンジがあるらしいです。

ユーレルパスでも入れるのでは。

コーヒー、ビールは無料らしいです。

私はいつも忙しく入ったことはありませんが。

2015年8月20日(木)(30)ミユンヘンからアインシュタインの生地ウルム(ULM)に日帰り

キリストが十字架背負い雲の中 ウルム教会のキリストの十字架像をみて、教会の記帳簿に記帳しておいた

今日は後先の話になるが、帰りの列車に乗る駅で日本人のYさんという埼玉で高校の教師をされ、専門がコンピュータ教育という。この先生から今日の町の説明を列車の中で教えてもらい、びっくりしたものである。

その説明によると、アインシュタインがここで生まれたこと、こちらはゴシック建築のウルム大聖堂。教会の塔の高さとしては世界一を誇り、16153mで東京タワーの第一展望台と同じ高さということ、第二次世界大戦で旧市街の八割が破壊されたウルムだが、この大聖堂は無事に生き残り、ここのウルム教会が世界一高い塔で、またカラヤン指揮者が、はじえてここの歌劇場で「フィガロの結婚」の指揮をした、などと有名な町だということだ。

僕はミユンヘン市内はひととうり済んだので、目的なしに中央駅に出た。一番早い出発の列車が10時38分だったので乗った、それで行先がフランクフルトとわかり、高速鉄道である。地図で見ると大分離れていて、日帰りできそうにないから、まず夕方まで帰れるのは2時間までだろうと考え、1時間半で着いた駅に降りることにした。そこがウルムという今日の町である。

この町も駅前には路面電車が走り、駅から教会の高い塔がみえ、結構大きい街だと感じる。路面電車に乗ってとりあえず町をひとまわりして、感じもつかめたので、駅前から歩いて教会に行く。これはたくさんの教会をみたが、やはりトップクラスの規模だ。中に入ると塔に上るために入場券が45ユウロとあるが、階段で100m登る自信はない。

教会内部にはミサのための椅子が1000以上があるから、これだけの満席になるミサもあるのだろう。内部は暗いがステンドグラスでの明かりで写真は撮ることはできる。

記帳簿があり、毎日記帳されている名前をみるのだが、日本人の記帳はみられなかったが、僕は      キリストが十字架背負い雲の中  と書いておいた。

宗教画が10mぐらいのがあるから写真に収めパイプオルガンなども10mぐらいのが高いところにある。

僕はキリスト教については旧約聖書に関心があり、人間の歴史のなりたちをキリスト教なりの史観で説明しているから、アダムとイブの物語として、人間にたいする見方に興味をもって読んだものだ。どの宗教も世界のなりたちから始め自分の神が絶対だと教え説くのだから、信者はその教えを疑うことは許されないのが宗教であるから、人間は実生活の経済活動と、宗教を信ずる分野とは区別して生きて居る場合が多いから、その矛盾をどのように説明するのか。に興味があるからである。

同じキリスト教を信じる国が戦争で殺しあうのを教義でどのように合理化するのか、それが興味があるのである。

またキリスト教国がイスラム教国と戦争をし、自分の神の教えが絶対という

人々、宗教は人類の平和をかかげるのに、他の宗教を信じる人々を殺害する理由をどのように説明するのか、いまだにどちらも妥協しないで殺し合いをしている現実、このことは永遠に続くのであろうか。

教会を観るのは、歴史上の権力と教会が融合して権力者は宗教に帰依することで政権を安定するための利用してきたことが世界にかぎらず、日本も同じであったように思う。

このような意味で教会や建物を観察するのが僕の視点である。

いずれにしても、今日のウルム訪問は帰りの列車のなかで、その町が有名であり、僕だけが知らなかったことであった。この町では夕食のために中華料理を作ってもらいホテルで美味しい夕食になった。

Y先生とは今後旅日記でその後の僕の旅をお知らせすることになった。コンピュータの先生で、顕が用意してくれたパソコンと同じ物をもっておられたから、使い方メモしてくださった。もうホテルに帰るだけだから、二人でミユンヘンビールで乾杯して別れた。やはり本場で飲むビールは旨い。

帰りの地下鉄で黒人の大学生3人に列車駅路線をきいたことで、話がはずみ、彼らがセイロンの大学生で、エンジニヤをここでの大学で学んでいること、そして彼らと一緒に写真のおさまり、僕の土産の扇子や暖簾を入れて写真だから、送ることにした。

セイロンの人たちが黒人でアフリカかとおもったが、アフリカとおなじように肌が黒い。いずれにしても非常に明るいし、話していても’気持ちがいい。

中小企業家同友会全国協議会前会長赤石義博さんより

あちこち素早く目配りしながら、しかし、いつもの笑顔を崩さず飄々と歩き回っている宮崎さんの姿を思い浮かべながら、半分は羨ましい気持ちと、半分はえらいものだと感心しながらメールを楽しんでいます。
 戦後すぐの頃のサッポロビールの札幌工場の脇にあった鉄工所に居候して、中学・高校・大学へと通った私としては、ミュンヘンと聞くと特に心が騒ぎます。
 いわばビールの故郷を「ミュンヘン・サッポロ・ミルウオーキー」と呪文のごとく唱えていましたが、その頃大ジョッキの生ビールが115円、ほぼ同じ量4合ビンの25度焼酎が112円でしたから、学生時代の我々にはビールはあこがれであっても、滅多に口には出来ませんでした。
 この次ぎ会った時には、ミュンヘンのビールの味を教えて下さい。因みに、天津ビールと沖縄のオリオンビールは私の大好きな味で、ほぼ同じ酵母ではと思っていますが,これがどうやらミュンヘンものに一番近いらしいのですが、宮崎さんの判定を伺いたいものです。
 体調を気にされコントロールされているのはさすがです。従って馴れないビールは話しだけ聞いてきて下さい。元気な帰国談を心待ちしています。
On 2015/08/19, at 12:51,
宮崎 信敏 wrote:

京都印刷会社社長 吉田典夫さんより

27,28届きました。

ありがとうございます。

お元気で何よりです。

こちらは宮﨑さんの本5冊目、準備を進めています。

ようやく全体像が見えてきました。

250ページぐらいになります。

帰国後、お目通しをお願いいたします。

吉田典夫

大阪同友会前西佳信さんより

元気、元気に旅をされておられるようですね。

ドイツの交通機関のシステムの一つに、改札が無い事に

日本人はビックリするのですが、合理的なシステムと思います。

日本のように、改札に誰か配置する費用を考えれば、コストダウンに

なると思います。最近、日本では自動改札の設置で、人は配置されて

いない所もふえてますが。

切符を買わないで乗車する人が居ても、総合的に考えれば、安上がり

になってるのでは。

しかし 一度 地下鉄で検札に出くわしました。それは 日本のように、車掌さんが、

後ろか前にの車両から移動して検札するのではなく、 全車両に、

一斉に数名の検札員が乗り込み、検札しました。ドイツ人が 「ゲシタポだ」

と囁いてました。

運悪く? 切符を買ってなければ、高額の罰金が化せられので、

皆さん ちゃんと 買っておられるようです。

しかし、ドイツで ビールが楽しめないとは、

残念 残念!!!!!

旅をお楽しみください。

宮崎さんの様になりたいと 願ってる前西より。


 



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by akinishi1122 | 2015-10-18 08:11 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

10月16日

秋日和妻がつきあう医大かな 癌の治療で3か月検診に妻も付き添って聴く

2015年8月18日(火)(28)ミユンヘン市内観光バス

ミユンヘン鴨が仲間に入れてくれ 運河のベンチで昼食をし、鴨が僕を囲んでくれた

今日はミユウンヘンの市内観光バスに乗る。町は先の大戦でイギリス、フランスの爆撃で破壊されたが、数年ののちにほぼ元通りの復元したという。だが近代的な建築工法が大分見えて、スイスのベルンの古さとは違うように思う。建物の外壁に彫刻が少ないのは、彫刻の復元は簡単にはいかないだろうからだ。

でも教会の大聖堂カテドラルについては

連合国も配慮して破壊しなかったとみえる、やはり同じキリスト教の国だからであろうか。ここで知ったのは、あのナチスのヒットラー率いる社会主義労働者統一党の本拠地がミユンヘンであって、1920年代にヒトラーがクーデターを計画し、それが失敗してヒトラーはとらえられ、たが1933年に復活できたのは、ミユウンヘン市民が彼を擁護していTからだという。彼はみんSY的な議会戦術に代えて、議会にでたが、やはり多数をとれなかったので、国会に放火し、それが共産党がやったとデッチあげクーデターによって議会を解散させるという暴挙デヒトラーは政権をとったようだ。丁度日本が中国の盧溝橋を関東軍が爆破で戦争を仕掛けて満州を作ったような時期である。又戦後は日本でも政府の失政を隠すために、松川事件、下山国鉄総裁の殺害、三鷹事件などと政治の危機に謀略をやって、国民の目をそらすということをやって時の政権、ファシズムはできていくというのが常であるようだ。

そのナチス党がここを拠点にファシズムを育てた土地柄らしい。だがそのことに反省して今は緑の党がこの地で政府のキリスト教社会民主党の政府と反対の政策をかかげ、左翼にに近い地方政権を維持しているという。

今日は交通の一日フリー券をかって、路面電車にも乗ったが、やはり中心をまわる観光バスが見所をほとんど見せてくれるから、郊外では観るべき遺産もないようだった。

路面電車や地下鉄で乗り換え駅など聞くと年配者はこちらが分わかろうがわかるまいがお構いなしにドイツ語でながながとしゃべってくれる、年配者は恐らく親切のつもりだろうが、おかしくなってふきだしたくなるものだ。

その点若者は説明を英語でしてくれるし、また僕が間違った理解をして歩きだすと追いかけてきて別のホームからわざわざ呼びにきてくれたりしてくれる。だから、僕も歳だから、ドイツ人の高齢者の親切を笑ってばかりはいられないと、自分をも笑ってしまうことが旅だ。

今日は会社の社内報を2日分書いてそうしんしておいた。

第    号 日々新聞  2015年8月19日(水)

物のみかた、考え方(5)

物を見るとき固定して見る考えと、変化していくものだとみる見方があります。大体人間はみた目でそれを固定的に見て、信じるもので、「見たのだから間違いない」と思いこむものです。そしてそれが大体は正しく、それで日常生活に支障がないものです。

ところが、私たちは学校で水が氷になったり、気体に変化してなくなったりする実験で物質が外の条件の変化、熱を加えたり温度をさげたちすると水が変化することを学んだものですが、物事や物質は外部からの条件しだいで性質が変わることを目の前で知る経験をしたものです。

人を見る場合でも、条件がかわればその人の考えが変わるもので、よく「あんな人とは思わなかった」と相手の人の変化に裏切られたり、以外に驚く知識や力を発揮したりすることを経験したことがあるものです。

このように物でも人でも条件や時間の変化(歴史)などで人々も変化していくものです。

サントリーの会社の理念に「やってみなはれ」という創業者の言葉がいまでも理念として使われているのは、物事を理解するのは「やってみる、体験してみることで、自分が考えていたことが、本当だったのかどうか」ということが分かると教えているのです。

物事の本当に理解するのはやってみる、体験してみることで自分の考えていたこと〈認識〉が正しかったか間違いだったかを検証できるということをサントリーは行動の理念とし

物事を固定的にかんがえるのではなく、時間と場所、条件が変われば、物事は前の性質を変えていくということを経営に生かしてきたのです。

現在の経営ではこの変化するもの、ということで物事を常に変化の中でとらえていくという経営や、仕事が成功していくと考えになっています。固定的にとらわれていては、時代から遅れ、取り残されて行く時代なのです。この変化は目にみえないものですから、絶えず物事は変化するものという考えで柔軟に考えていくべきだといえるのです。

香川県のシニア会(老人会)の野田さんから、10月21日の講演は老人が元気の出る話をいただくことで、特別注文はないとのことの返事がきた。

家に電話したら、寒いのであればそちらで買い、もって行った服装で不要なのは捨ててください。とのことだ。8月18日と言えば日本はまだ暑いのだが、此処ではもう半袖の人はいなくなるほど肌寒い。観光バスでは2階の展望では寒いから、窓のある下の座席にした。だが午後になればやはり暖かくなりジャンバーを脱がねばならない。

大阪同友会同友会 前西佳信さんより

マッターホルンは見えましたか?

これは 6月末のイタリア側からのマッターホルンです。
イタリア名 チェルビーノです。

文学阪神蕪村の研究家 より

一昨日、「広島、長崎での原水禁大会が行われ、どこかの国でもそれに

呼応した集会が行われた」という記事があったと書きましたが、それは16

日付毎日新聞の読者欄にあります。

大呂さんという大学客員教授(アイルランド在住)が、89日、犠牲者の

死を悼む式典が、アイルランドの小都市ゴールウエー(人口約8万人)で

行われたということです。

参加者は、約50人。黙とうの後、原爆生存者の詩の朗読、追悼の歌が

歌われ、一人一人が色とりどりのランタンを思い思いの木

に吊り下げた、とあります。

アイルランドの中にも、中東の戦争や東欧の軍事作戦に飛び立つ米軍

の戦闘機用燃料補給基地があるとのこと。原爆の危機は、この小国に

とって人ごとではなく、自らの問題として受け止めなければならない事情

があると。そして改めて「世界は一つ」と感じないわけにはいかないと、

大呂さんは結んでいます。

8・18 和泉求生

大阪同友会誌編集長 より

フランスイタリアスイスドイツ

その間にひとつ小さな国に差し掛かりましたね。リヒテンシュタインですか?

今度の旅はあこがれの地ばかりでとてもうらやましいです。

外国一人旅、こんな風に自由に飛び跳ねていくには勇気と興味と体力が必須ですね。

そのために泳いで鍛えなおしたという、えらい、すごい、いつか私もやってみます。

ミュンヘンではぜひビールを飲んでください。

西岡洋子

五和町前助役  西照雄さんより

80歳の独り旅も半ばを過ぎたようですね。ベルサイユ宮殿、ニースの海岸、ミラノ大聖堂、3たびのルッツエルン観光、マッタホルン。 日程も比較的緩やかな様ですし、貴兄の旅もそろそろ集大成の緒に就いたかな?と勘ぐっています。 旅先での俳句交流良いですね。俳句とは、「今、此処、吾、季語」を読み込んだ心の日記である。 門外漢の僕にも良く分かります。 17文字に込められた心を、数単語に変換するのは、「わび、さび」には少し縁遠い国の友人には難しいのではと、余計な心配もしています。 でも、知り合った外国の友人の名前を日本語で発音し、漢字を充ててその意味を説明するという裏技を駆使する貴兄なら英語と日本語の 放送だけなのは、他の外国人と違って、日本人が日本語だけしか理解出来ないと思われているから痛烈な皮肉ですね。 「九条の会」を全く知らない弁護士がいるちょっと不思議ですね。 こちらはお盆が過ぎました。甲子園もベスト4、関東3
校と東北1校で残念ながら関西と九州は駄目でした。体調には十分留意して楽しい旅をお続け下さい。





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by akinishi1122 | 2015-10-17 08:20 | Comments(0)