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今日の一句

秋の陣右翼潮流泊まりけり  昨日の堺市長選挙で右翼の流れがとまっつたようである
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by akinishi1122 | 2013-09-30 10:41 | Comments(0)

あたらしい憲法のはなし

社内新聞

第5144号  日々新聞  2013年10月1日
憲法のはなし
できたときの教科書

1 憲 法
みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和22年5月3日から、私たち日本国民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々がたいへん変苦心をなさいました。
ところでみなさんは、憲法とゆうものがどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかかわりのないことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまちがいです。
国の仕事は、一日も休むことはできません。また、国を治めてゆく仕事のやりかたは、はっきりときめておかなければなりません。そのためには、いろいろ規則がいるのです。この規則はたくさんありますが、そのうちで、いちばん大事な規則が憲法です。
国をどうゆうふうに治め、国の仕事をどうゆうふうにやってゆくかとゆうことをきめた、いちばんの根本になっている規則が憲法です。
もしみなさんの家で柱がなくなったとしたらどうでしょう。家はたちまちたおれてしまうでしょう。いま国を家にたとえると、ちょうど柱にあたるのが憲法です。もし憲法がなければ、国の中におおぜいの人がいてもどうして国を治めていくかとゆうことがわかりません。
それでどこの国でも憲法をいちばん大事な規則として、これをたいせつに守ってゆくのです。
国でいちばん大事な規則は、いいかえれば、いちばん高い位にある規則ですから、これを国の「最高法規」とゆうのです。
ところがこの憲法には、いまおはなししたように、国の仕事のやりからのほかに、もう一つの大事なことが欠いてあるのです。
それは国民の権利のことです。この権利のことは、あとでくえくわしくおはなししますから、ここではただ、なぜそれが、国の仕事のやりかたをきめた規則とおなじように大事であるか、とゆうことだけをおはなししておきましよう。
みなさんは日本国民のひとりです。国民のひとりひとりが、かしこくなり、強くならなければ、国民ぜんたいが、かしこく、また、強くなりません。国の力のもとはひとりひとりの国民にあります。そこで国はこの国民のひとりひとりの力をはっきりとみとめしっかり守ってゆくのです。

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by akinishi1122 | 2013-09-30 07:16 | 九条の会 | Comments(0)

今日の一句

療養の妻帰りくる秋盛り  旅行中子どもの家に滞在していた妻が帰ってきた
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by akinishi1122 | 2013-09-29 09:17 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

秋深し眼鏡とお金落としけり  最近忘れ物が多くなった、お金をお年たが無事落とした駐車場にそのままあった
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by akinishi1122 | 2013-09-28 09:37 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

本の縁古き友より秋便り  80歳の元同友会幹事長から元気な便りがとどいた
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by akinishi1122 | 2013-09-27 11:01 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

24日   お隣も夏草刈を始めけり  ちょっと涼しさをn感じたからであろう

25日   居心地がよくて妻孫と秋  この夏はマンションにいて、居心地がよいのだろう長居している  

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by akinishi1122 | 2013-09-26 11:04 | 俳句 | Comments(0)

今日の一句

もう3年欠かす彼岸の墓参り   彼岸の墓参りを欠かして3年にもなった
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by akinishi1122 | 2013-09-24 07:20 | 俳句 | Comments(0)

旅を終わる

(61)2013年9月19日  帰国 関空へ朝8時55分
帰りきて先ず秋草の庭を刈る 2カ月の留守の間に茂る草の庭を刈ることになる
ヘルシンキを発ったのが現地時間で17時20分(日本時間で夜の11時55分)関西空港に着いたのが19日の朝8時55分であった。
ヘルシンキからはさすがに90%以上が日本人で、各地に旅行した人たちがここからの日本へ直行便、関空に帰る人達である。隣の席にフインランド人の女性で、大阪大学に6カ月間の留学する女性が一緒だった。彼女は植物学で森林を研究するためらしいが、大阪大学での講義は英語で受けるから、言葉については問題ないそうだ。日本の森林学については学ぶことが多いらしい。
日本語の片言はできるが、日本にはまだ友達がいないとゆうから、何か問題があればいつでも相談してもらったらいいから、とメールアドレスを教えておいた。
今回は関空にはだれも迎えは無いが、秋子はマンションにお世話になっているから、マンションに向った。
秋子の身体がいつも心配だったが、思っていたよりも元気でいてくれたのでよかった。これでともかく無事に全てが終わったことになる。
旅行中は自分でも驚くほど快適な体調だったことで有難いことだった。いちど足に痙攣があったが、それは家にいるときも月に一度ぐらいはあったから、普通以上に健康であったから、旅が楽しく過ごせたと思う。
いずれにしても、秋子の健康(脳梗塞と熱中症)が保たれていたからこの旅が楽しくできたのが最大の成功だった。そして薫が秋子の介護をしてくれていたのも支えになったし、顕が各地のホテルを全て予約してくれていて、僕はただそこにたどり着くことだけでよかったから、みんなの支えでできたことであった。
また沢山の友人たちが見守って励ましのメールで元気ずけてくださり、今回で自分ひとりの旅ではなかったのだな、と人々の中で生かされ楽しまさせてもらっていると思うようになった。
今回は特に意識して、たくさんの外国の友人を作り、帰国後の交流ができる人々をつくってきて、その名簿が79名になっている。なかでも囲碁の国際対局の仲間ができたことは嬉しいことである。
外国語については、お互いの国の言葉でメールを交換し、お互いの国のことばにパソコンで翻訳して理解しあうことを提案して交流をやりやすくする工夫をした。文化の交流については、僕の毎日の俳句を送ることで、短い文章だから、読んでもらい、俳句の表現が解らないことを解説するなかで日本文化を知ってもらうことにしたいと思う。これでウクライナの囲碁をした男性が興味を持ち、「俳句」を理解したいために日本語を勉強始めてみたい。と言ってくれる成果もでてきたから、励みになっているところだ。
こんなことで今回の旅も終わったことになる。
今日の便り
文学阪神 中路さんより
「人生も旅も晴れたり曇ったり」 あらためて、そうだそうだと納得させられました。
 タクシーでのハプニング。金目当ての誘拐であったなら・・・ゾオーとしました。
 でも、空港の親切な対応よかったですね。
作家の柴垣文子さんより
無事に帰国されましたでしょうか。
お帰りなさい。
実り多き旅だったようですね
旺盛な好奇心と向学心、多彩な表現活動。
感心、感動、脱帽です。

柴垣 文子
大阪の化粧品メーカー社長 N さんより
宮崎さん~お疲れさまでした(^3^)/~☆タクシーでの出来事はハラハラしながら読ませていただきましたが~よかったですね。宮崎さんの生き方は本当に豊かで自由で自立的な素晴らしいものだと感動しています。さいごに日本人の国民性がよく理解出来たように思いました。どうぞゆっくりと体を休めて下さいませ。
同友会「地球環境問題交流会」委員長 Y氏より詳細ヘッダー
小説の中のような出来事、外国では起こり得るのですね。
チケットはよかったですね。このようにできることは知りませんでした。
日本でのパック航空券(宿泊つき)でホテルでは名前を告げるだけで良いので
それと同じかなと思います。
失敗した時は利用しようと思います。
お疲れ様でした。
私は地球環境問題交流会の実行委員長として参加者集めに苦心しています。
熊本での目標200名は見えてきましたが、全国が、200名まで70名ほど不足していま
す。
福島の事があるので全国から200名はゆうに集まるものと踏んでいたのです
が・・・・
実情は厳しいですね。安倍首相の福島の放射性物質の流出は完全にコントロールされ
ている
との発言は衝撃的でした。同友の仲間もおかしいと感じてはいるのでしょうが、はる
か熊本での開催で、
費用負担などを考えると無理なのかな・・・・
19日が締め切りでしたが、27日までの申し込みは名簿掲載できるようにしています。
最後まであきらめずに訴えて行きます。
作家 柴垣さんより
はらはら どきどきしながら メールを拝読しました。
ともあれ、無事のご帰国を喜んでいます。

堺の Nさんより

無事ご帰国で安心です。体調はいかがですか?時差ボケはありますか?
それにしても帰国間際のタクシーにはかなりハラハラでしたね、読んでいてこちらがパニックになりそうでした、本当に・・・
大変でしたね・・・
とにかくご無事で何よりでした。
外国ではタクシーのトラブルが多いようですね。
飛行機のチケットは、今はEチケットで パスポートさえあれば空港で発券してくれるようで、私も先日イタリアに行った際びっくりしました。
とにかく、ゆっくり体を休めて、またお話聞かせてください。
また本は出版されるのですか?是非読みたいです!
わたしものぶさんに負けないくらいに世界旅行をして見聞を広げたいものです!
会える機会があれば是非お会いしたいです。
キエフのホテルで急病になって即帰国した Uさんより

キエフでは、お食事、ご馳走様でした。
また、病気で孤独であった中、日本語の会話が出来、心が落ち着きました。
感謝しております。
日本に帰ってからは、少しずつ容態は良くなっています。
ですが、日本人って不思議で、完全に回復していないのに働かないと行けないと言う頭の回路になっていてて不思議です。
信さんは、19日に帰国とお聞きしています。
他国は楽しめましたでしょうか?
また、機会があればお近くですので、一緒にお食事でもさせて頂けたらと思っています。


文学阪神の Y さんから

 お帰りなさい。 
 お会いできるのが楽しみです。
 旅行のいろいろなお話をお聞かせ下さい。
 取り急ぎ
同友会誌編集委員 Nさんより
長旅のお疲れを癒してくださいね。
お帰りになったら、お気に入りの写真をデーターで添付でほしいです。
宮崎さんの旅日記第2段がスタートします。
アジアシリーズ名づけて表題は「アジア黙示録」
10月1日号、月刊誌巻末のページに1ページをいただきまして編集しました。
私が書いた宮崎さんのプロフィールとヴェトナムホーチミンのシリーズ(1)は
タクシー料金のさわりです。
広報部会で編集会議のときご披露したら、みなさんとても面白いと感動でした。
これでいいですか、と最後の原稿チェックが出来ないまま掲載していますが、
どうか私をご信頼いただき、原文編集のご了解をください。
この春アジアの写真をメールに添付お願いします。11月号分です。詳細ヘッダー

    最後のハプニング、それもめでたくハッピーエンドに終わりましたね。
    よかったです、無事もう帰られていると思います。お疲れ様でした。
                       文学阪神  木下道子

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by akinishi1122 | 2013-09-22 13:36 | Comments(0)

(61)旅を終わる

旅の俳句
2013年7,8,9月の旅 (1)
(ロシヤ、スカンジナビヤ、ヴァルト3国、アイスランドの)
熱中症の妻に詫びての旅出かな 熱中症で退院すぐの妻を置いて旅に出る心苦しいが、妻は毅然として[行きなさい]と言ってくれた
(2)2012年7月23日 HIS支店・モスクワ・赤の広場
青春をなんでもかんでも想いだし ここモスクワは学生時代に読んだ本や学生運動の祖国としても想いださせてくれる
(3)2013年7月24日をし、 モスクワ川クルーズ
日本では蚊と闘い終えてモスクワへ 出発前まで庭の草刈をし蚊と散々たたかって
(4)2013年7月25日 モスクワの地下鉄駅の彫刻美術品めぐり
パソコンの使用できる、3日分の日記送信

長袖をTシャツに替え昼モスクワ 朝は肌寒だが、昼になると日本とおなじ暑さになる 

(5)2013年7月26日 モスクワ観光バス、プーシキン美術館、
朝寒や四通メールに早起きす 一人旅は日本からのメールが嬉しい、想いをこめて返信がまた楽しい
(6)2013年7月27日 モスクワトレチコフ美術館
ジイードとも会話したかり肌寒さ  今のロシヤをジードは予感していたようで、彼と会話しているような気持の美術館である 
(7)2013年7月28日 再び赤の広場
泥つきのトマトに会えてロシヤかな トマト、胡瓜に泥がついているのに会えて来た甲斐があった
2013年 07月 30日
(8)2013年7月29日 モスクワからペトログラードへ列車
親切が涙ふきでる暖かき 見っ知らぬ土地で、見知らぬ美人の親切に涙する

(9)2013年7月30日 エルミタージュとペテルグラード観光バス
夏の夜や幸せを知る迷い道 ペテルブルグ で道に迷よい親切な婦人に助けられ、幸せとはこんなことか

(10)2013年7月31日 エルミタージュ地下鉄で財布盗られる
賊に会う地下100メートルの暑さかな 満員の地下鉄で小銭財布が盗られてしまった
(11)2013年8月1日 市内をバスと路面電車でまわる 雨
この電車どちらに行くか秋の雨 8月にはいりペテルグラードは秋になった。予定なく路面電車に乗り終点まで
(12)2013年8月2日観光運河めぐりと領事観
季語の秋ロシヤに友が生まれけり 季節の挨拶言葉はロシヤでも便利である
(13)2013年8月3日 ロシヤ最後の日
ロシヤの旅を終わる感想
革命も評価が分かれ夏の旅  革命も100年近くなると、正否の評価が見えてくるものだ
(14)2013年8月4日 ペテルグラードからヘルシンキへ列車で
十日ぶり日本語話す秋列車 こんなに日本語使うことがなかったのは初めてである
(15)2013年8月5日ヘルシンキ市内と島めぐりクルーズ 
秋風に鬚の笑顔やヘルシンキ にほんの青年が公園で自分の手工芸品を販売してくらしていて、笑顔が未来を予測しているようだ

(17)2013年8月6日 路面電車で市内をまわろ
サクランボ買って話の仲間いり 何かなければ話のきっかけにならないから、ササクランボ話もききだせるものだ
(18)2013年8月7日 ロシヤ語で手紙
酔っぱらい社会保障の寒にいり 酔っぱらいも住まいがなければ凍死するから社会保障の恩恵になる国とゆう
(19)2013年8月8日 スオメンリンナ要塞、船で行く
故郷や一足早く秋に着く 日本はまだ暑い日が続いているいようだが、ヘルシンキはもう秋に入っている
(20)2013年8月9日 ヘルシンキから船でストックホルムへ
サンセット・バルトの海の茜空  バルト海の彼方に沈む夕日の美しさ
(21)2013年8月10日 ストックホルム、ノーベル博物館
盆参り妻の身体の車上かな 2000キロ盆参りの妻はがんばって僕のかわりに兄の初盆に行ってくれるとゆう。
(22)2013年8月11日 ストックホルム市庁舎
原爆の思い出69年に ナガサキに見た原爆からもう69年になる
(23)2013年8月12日 たくさんの便りくる
新記録出た四十一度の便りくる 高知で四十一度の新記録がでたとゆう知らせが来た
(24)2013年8月13日 ストックホルム港湾めぐり
旅に出て熊本人と盆話 ストックホルムで会った熊本の人とであい盆の話
(25)22013年8月14日 ストックホルム博物館、ストックホルムを終わる
一人旅もう一人ではなき想い たくさんの反応にもう一人旅ではなくなった気持
(26)2013年8月15日 アイスランドへ 終戦記念日
空襲の無き日の始り十五日 十五日は初めて空襲警報の放送が止まった日であつた
(27)2013年8月16日 トラブルでてんてこ舞いの一日
海面が鏡となりし秋はじめ 鏡になった海面を初めてアイスランドでみることができた
(28)2013年8月17日 ツアーバス滝や川の温泉
(South Coust and Porsmork)
岩苔を踏めば氷の響あり 岩苔の山に登れば、苔の下には氷の音がする
(29)2013年6月4日ブッダパークにトットタクシーで行く
汗をかくたんびに見えるTOTO文字  日本製品TOTOが手洗いに行くたびに目に着く進出ぶりである
(30)2013年8月19日 アイスランドを終わる
見るだけは勿体なくて夏の花 手で触る花もこの国ではしっかりと雪の下に耐えているらしい
(31) 2013年8月20日 空港近くのホテルへ移動
哲学を語れる婦人秋の庭 哲学専攻の29歳の子持ち学生の婦人と哲学談義の約束する
(32)2013年8月21日アイスランドからノルウェーのオスロへ
温かき国に帰る想いやノールウェー  日本と比べて温かいはずはないのだが、折り返しになったからの気持ちかもしれない
(33)2222013年8月22日 パソコンメールアドレス消える
物忘れするのも増える旅の秋 今日も暑いので服を脱いで、カメラまで脱ぎ置き忘れてしまった
(34)2013年8月23日 オスロのヴィーケラン公園 パソコン復元
秋晴れの鴎と共のランチかな  港湾の近くの鴎はランチのおこぼれにありつきたいらしい、港の風景である 
(35)2013年8月24日 オスロ郊外に列車で日帰り
新学期女子留学生の晴れやかさ 希望に燃え、勤めを辞めて女子留学生がきた
(36)2013年8月25日 オペラ歌手の家や山に接待うける
            (彫刻公園で友達も7人できる)
歌手と共スキージャンプの台に立つ オペラ歌手と友達になり、オリンピックのジャンプ台に立った
(37)2013年8月26日オペラ団員の練習を見学招待される
秋風やオペラに目覚めさせてくれ オペラはやはりこんな機会で好きになるのだろう
(38)2013年8月27日 オスロからエストニヤのタリンへ着
秋風を招き入れピザを喰う  ここタリンでは秋風が気持ちいい、店もドワーを開い
てくれている
(39)2013年8月28日 タリン市内観光バス
秋晴れや革命の輸出は「歌」に負け  エストニヤの自由「歌」によって民族の誇りをとりもどしている
(40)2013年8月29日 タリン郊外
寿司を喰うせめて日本の秋に染む どこでも寿司が日本の御飯と同じ味になっている。
今日はタリン
(41)2013年8月30日 タリンから1時間の農村へ列車で
台風や豪雨の国やわが祖国 外からみればなんと自然災害の多い国なのか
割り箸に風鈴もある寿司屋かな タリンで白人が寿司を握っているが、割り箸に風鈴も飾ってある
詳細ヘッダー
(41)2013年8月30日 タリンから1時間の農村へ列車で
ヴァイオリン路地の一人占め秋はじめ エストニヤは音楽の国、路地で一人でも聴かせてくれる
(43)22013年9月1日 エストニヤからラトビヤ・リガへ
天空の塔を見上げる9月かな  200Mの塔の上に秋が澄み切ったラトビヤである
(44)2013年9月2日 リガ市内雨、花の力を感じる国
花を抱く娘を隠し撮りにけり 花を抱く自然の姿を撮りたいと築かれないように写真にとる
(45)2013年9月3日リガ市観光バスと川の遊覧船
教会の塔の谷間の秋日かな 石畳みの路地に教会の塔の谷間から明るい秋のひざしで爽やかだ
(46)2013年9月4日 リガから列車でJurmala街の日帰り
持ってきたアンネの日記で夏終わる 50年ぶりでまた読んでみた夏であった
(47)2013年9月5日 リガから田舎街へと歴史博物館
原発は安全ですとゆう大臣 オリンピック誘致大臣の発言、そこまできたか
(48)2013年9月6日 ラトビヤを終わる
知らぬ国知らない秋に浸りけり 知らない秋もいいものだ。昨日まで知らないことがウソのよう
(49)2013年9月7日 ラトビヤのリガからリトアニヤのヴイリヌスへ
あと7年オリインピックの夏までは 東京オリンピック決まり、生きる目標ができた。
(50)2013年9月8日 ヴイリニウス市内観光と合気道、オペラなど

秋の日や合気道の汗ひかり リトワニヤで合気道を見れるとは、秋晴れにふさわしい

(51)2013年9月9日 日帰りの旅、TRAKIと KAUSO杉原千畝博物館
たどり着き日本の秋を伝えけり  杉原千畝領事博物館に閉館前にやっとたどりつけた
ユダヤ人6000余人を救った領事の記念館についた

(52)2013年9月10日 再びカウナス(KAUNAS)の杉原千畝館を訪問
遠くいて 孫の仕草で 秋の歌 孫たちはもう秋の運動会の練習をしているころだろううか

(53)2013年9月11日 最後のビリニアス市内観光
秋の日の銅像の本に影残し 18世紀の女性作家の銅像に秋の光を残してくれている

(54)20年9月12日 ヴィニウアスからウクライナのキエフへ
来ることの無き街なれば秋の空  もう来ることは無い街ばかりなればと秋の空を見る

(55)2013年9月13日 キエフ市内観光バス
生け花の心に触れるキエフかな  生け花の先生と知り合い、異国のキエフでその心を聴くチャンスになった
(56)2013年9月14日 日本・ウクライナ協会フェスチバルで囲碁対局・
この電車どちらに行くか秋の雨 8月にはいりペテルグラードは秋になった。予定なく路面電車に乗り終点まで


(57)2013年9月15日 再び日本・ウクライナ協会エベント会場へ
浴衣きた金髪娘の目の青き   浴衣を着て日本の文化を紹介してくれる目も青き

(58)2013年9月16日バス間違えてでもどりの一日(CHERNIGOV)
日の暮れを欠伸してまつキエフかな 行く先を間違ってすることのない夜になった
(59)2013年0月17日 旅行最後のキエフ、俳句を纏める
夕月や今宵の空を仰ぐべし  地球の果てと同じ月を見てほしいものだが

(60)2013年9月18日 最後にハプニング・帰国の途へ
人生も旅も晴れたり曇ったり  曇りがあるから、晴れの悦びを味あえるものだ


                                               
(61)2013年9月19日  帰国 関空へ朝8時55分
帰りきて先ず秋草の庭を刈る 2カ月の留守の間に茂る草の庭を刈ることになる

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by akinishi1122 | 2013-09-21 07:40 | Comments(0)

帰国の途のハプニング

(60)2013年9月18日 最後にハプニング・帰国の途へ
人生も旅も晴れたり曇ったり  曇りがあるから、晴れの悦びを味あえるものだ
もう完全に安心して、帰国を待つだけとなった。7時に朝食を済ませ、テックアウトを済ませていたら、昨日フロントで7時半のタクシーを予約していたのがもうきてまっているようだ。
フロントに約束していたタクシー代を350支払っていると、もうタクシーのドライバーが僕のスーツケースを運んで、玄関の外にでだした。僕はフロントにタクシーのチケットをもらうべく、請求すると時間がかかって、結局タクシーの後を追ってタクシーに乗りこんだ。このドライバーは運転手の横に載れと指示し、スーツケースはトランクにいれおわっている。僕にしたら、タクシーはホテルがいつも使う会社だろうから、チケットはあとでドライバーがほホテルからもらうのだろう、と思っ乗っていると、なかなか高速になはいらないで混雑の途を走るのである。そしてお金を先に呉れくれ、とゆうのである、僕はさっきホテルに350しはらったばかりで、「もう」ホテルにしはらったのだから、貴方に支払うことはない」とつっぱねた、するとなにか現地の言葉で自分はタクシーであって、ホテルの者でないから、支払え、とゆうのだ、そして高速に入り、だれもいんiところで車を止め、「300の支払いしないのだったらここで降りろ」、そして二本指を立てて歩いて行け。とゆう仕草だ。僕はここで降ろされたらももう時間があと30分しかない、腹が煮えくり返る気持ちだが、ここで喧嘩して降りろされたら、第一スーツケースを人質に‘とられているのだから、もう支払ってこの場は、とにかく空港まで送りとどけてもらうことが大事だ。と判断し、財布から300紙幣を出してみせ、支払う約束を示した。
このままどこに連れて行かれるかわからない、どんどん走るのだが一向に空港らしい様子がない。これは覚悟を決めねばなるまい、もう荷物はどうでもいい。どこかで逃げ出す準備をうかがった。そう考えているうちに、どうやら飛行機の降りる姿がみえた。空港に近ずいている。空港は間違いなさそうだ。と少し緊張がとれた、そして空港に着いた。
空港の窓口行ったら、「あなたは違うターミナルにきているから、外に出てバスに乗り二つ目のバス停でおりなさい」とゆうではないか。もう時間がせまっている。バスがすぐきてくれたからよかった。
ドライバーは違うターミナルに降ろしたのである、どこまで悪質か。彼は僕から300を約束したから、それを早く受け取り、僕から、離れたい明らかである。ふフロントがチケットを発行するまでに出てしまったから、フロントにおいたままであることが明らかかだ。
僕はチケット無しでは日本に帰れないから、もう仕方ない、もう一枚新たに買うしかない。帰らねば、どんなに心配するであろう。
仕方ない、窓口に行き、このいきさつを話したら、「パスポートを」見せなさい」となり、何も言わずに、日本までのチケットを発券してくれた。
僕はあっけにとられて、こんなことがあるのか!とまさに地獄に仏にあったとはこんなことか。と感激にかわった。
それでコンピューターの管理とゆうものの、偉大さをこんあに感じたこともない。そしていっぺんに今朝からの緊張が溶け落ちて、こんな幸せなことはない!と感じることにかわったのである。
空港でウクライナ紙幣があるだけ全部で土産のチョコレートを買った。後でポセットを見たらそれ以上の紙幣が残っていたから、恐らく日本では交換してくれないであろうかねだから、2万ぐらいが紙屑になりかねないようだ。
キエフからヘルシンキまでは2時間半ほどであり、隣のキエフ大学の名誉教授でエレクトロニクスを研究していたと‘ゆ男性でぼくと同じ78歳、奥さんもやはり教授で75歳だとゆう。僕にもってきていた湯で卵とパン、胡瓜、それにチーズを分けて食べなさいといってくれた。ところがこの人たちは殆んど英語が通じないのである、だがなんとく、同じ年だから、お互いに元気でいることを連絡しましょうとメールアドレスを交換することになる。事故のすぐ近くで生まれ、いまでも周辺の600万人が影響を受け続けているから、大反対だ、といっていられる。
ヘルシンキ空港では、香川の大学生で、善通寺とゆう学生とビールを飲んで、時間をつぶす。またケルシンキからつ伝えておいた。


旅を振り返って
今回も驚きの連続であった。生きているとゆうことは、本来驚くべきことが毎日あるのであろうが、日本にいるとそれを見逃しているのではないか、と思えるものである。なんでもないようであるが、僕が驚くとゆうことも現地の人々にとってはなんでもないごく普通のことであるようだ。そんなことも、日本での生活の中では考えることがなくなっているようにみえてきた。
また人間の生き方についてよりはっきりと、日本との格差とを埋めねばならないことが、
いくつかがあることを痛感した。それはいかに日本が形式と習慣に拘束されて生きているかとゆうことである。自分でない自分のためにたくさんの苦労が生まれていることが多いとゆうことを鮮明に感じることになった。
そして社会保障の制度の上に生きているヨーロッパの人々は生きていく根本的な違いの上で生活しているとみた。すなわち生きることの権利が国民みんなに定着しているとゆうことである。日本ではそれが権利とゆうことを気付かないといえる。
いきることが権利とゆうことになった近代思想がまだ全世界には普及していないが、スカンジナビヤやヨーロッパでは当たり前の市民感覚である。生きるとゆうことが主体であり労働とは、そのいきるための補助的でなければならないはずが、日本では労働が先で生きるのが後になっていることだとわかってきた。それが日本にだけにいると、考えることすらできない環境ではないだろうか。
次に人間の幸せはいくつになっても男女が共同して生活するのが自然であり、ヨーロッパではそれが進んでいる。もう17歳ぐらいから男女とも親からの自立が当たり前になっているようだ。そして、恋愛と結婚とを区別していることが一般的である。同居していても結婚とゆう法律的な手続をしないことがい多い。これはヨーロッパ、スカンジナビヤ、ロシヤなどに多い。
また、僕が会う人々が比較的日本でゆうところの知識層に続する人々と会うことが多いが、それはおそらく旅行地に他の国の人々も観光に来ている人と会う場所に行くからかもしれない。それとぼくのまわりに素晴らしい人々が何故集まるのか、と疑問を投げかけた人がいたが、僕は人を見るときなるだけ優れた点を発見することに習慣的になっていて、優れた点を発見するから優れた人たちが集まっているように見えることはあるかもしれない。
別のみかただと優れた人を僕流に創り上げていくとゆうことにもなるかもしれない。

今日のお便りから
前中同協会長  A 氏
元気なようで何よりです。回を重ねるごとに、情景が目に見えるような文章になり、時間の広がりが過去・現在・未来へと奔放なご案内に楽しんだり、考えさせられたりしました。ということでもうすぐ帰国ですね。奥様の熱中症は治まっていると思いますが。そろそろ秋風ぞ吹く時期ですから、最後の数日お気をつけてお帰り下さい。また楽しい話を聞かせて下さい。

中同協副会長  N 氏
真似のできない凄い宮崎さんへ
7月23日モスクワを皮切りに東欧、北欧を回られ
19日に日本へ戻られるとは、約2ヶ月の長旅!!
宮崎さんの凄いエネルギーと飽くなき好奇心に畏れ入っております。
俳句「来ることの無き街なれば秋の空」は宮崎さんの万感の思いがよく分かります。
用心してお帰り下さい。

アイスランドのボランチアの学生 A さん 
とうとう帰国の日になってしまったのですね、
きっとブログには書き綴れなかった
多くの出会いや感動があったことと思います…
とても羨ましいです!
日本に帰ってきてから
私は疲れもあってか、どっと熱を出してしまいました。
のぶさんも帰路お気を付けて下さい!

弁護士の S 先生
2か月ほどのご旅行ご苦労様です。いろんな成果を得られたものと拝察します。
集団的自衛権、特定秘密保護法、放射能汚染水、TPP、消費税増税、etc.海外で見られて、海外で話しを聞かれて、いかがでしょうか?日本はどうなるのでしょうか?このあたりを信敏兄さんに聞きたいと思っています。これは私だけでなく、(「あまくさ九条の会」の仲間達のなかで)信敏兄さんの本を読んだ人や私から信敏兄さんのことを聞いた人たちが抱いている思いでもあります。
お疲れが出ませんように。お会いして話しを伺うのが楽しみです。

出版社 O さん
いよいよ帰国ですね。
色々な国の いろいろな人たちのこと お便りで読ませていただきとても楽しかったです。
また お帰りになられて落ち着かれたら直接お話をお聞かせください。
ひとまず ゆっくりお休みくださいね。

     文学阪神 Y 氏

件名: Re: 19日に帰ります。 日時: 2013年9月17日 17:46 から
 俳句を整理してみました。心の記録で詠んでいますので、私の心の記録
としてみてみてくださいね。
奥様のこころ 
(1)熱中症の妻に詫びての旅出かな 熱中症で退院すぐの妻を置いて旅に
出る心苦しいが、妻は毅然として[行きなさい]と言ってくれた
(21)盆参り妻の身体の車上かな 2000キロ盆参りの妻はがんばって僕
のかわりに兄の初盆に行ってくれるとゆう。
歴史と向き合う
(13)ロシヤの旅を終わる感想:革命も評価が分かれ夏の旅  革命も
100年近くなると、正否の評価が見えてくるものだ
青春・哲学
(2)青春をなんでもかんでも想いだし ここモスクワは学生時代に読んだ本
や学生運動の祖国としても想いださせてくれる
(31)哲学を語れる婦人秋の庭 哲学専攻の29歳の子持ち学生の婦人と
哲学談義の約束する
※:豊中図書館に武谷三男の著作が多くあり、何か読んでみようと考えてい
ます。武谷さん、坂田さんお話をお聞かせ下さい。
こころに留め置くもの
(22)原爆の思い出69年に ナガサキに見た原爆からもう69年になる
(26)終戦記念日:空襲の無き日の始り十五日 十五日は初めて空襲警報
の放送が止まった日であつた
日頃のスタンス
(47)原発は安全ですとゆう大臣 オリンピック誘致大臣の発言、そこまでき
たか
旅行のスタンス:どこまでも前向きで
(10)2013年7月31日 エルミタージュ地下鉄で財布盗られる
(33)2222013年8月22日 パソコンメールアドレス消える
並べ直してみると(不作法なことですが)、宮崎さんの素敵な世界が見えてきます。
帰国されてお話お聞かせ下さい。
 今日の(59)までコピー保存をしました。今回はあまりお便りが出来ませんでした。
少しずつ読ませていただきます。

文学阪神 K さん

   総まとめの俳句のお便りありがとうございます。こうしておけば短い言葉ですぐにそのときの旅の
   イメージが思い出せますね。日本語の当て字でその人の名をかいてあげ、ていねいに良い意味
   を説明してあげるなど、坂口さんはアイデアの名人ですね。
   さて、私は16、17、18日と留守をしておりました。それというのも孫たちと伊勢志摩へ行こうと
   計画していたのですが、あの18号台風の翌日であるのに何の疑いもなく出かけ、難波まで行って
   不可能なことに直面。向こうのどこかで土砂崩れとかで。それで「海遊館」でジンベイザメを見たり
   有馬温泉で金泉につかったりしておりました。笑ってくださっていいですよ。
   では、帰られてお元気ならまた例会においでください。お待ちしております。
                                               

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by akinishi1122 | 2013-09-20 22:51 | 旅行 | Comments(0)