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今日の一句

春らしき忘れたはずの眼鏡かな 20日ぶりに紛失したはずの眼鏡がリックの底からでてきたきた
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by akinishi1122 | 2012-02-29 05:27 | Comments(0)

最終地点になるオークランド

2012年2月28日インバーガーギルからオークランドに帰る(35)
ホテルから空港まではシャトルバスで10分ほどの距離。クライストチャーチまでは30人ぐらいのプルペラ機である。
ゴーリキーの「イゼルギー婆さん」を読み終わるのに丁度良い時間だった。ゴーリキーの小説は初めて読んだがなかなか親しみのある書き方で外国文学とは思えないし、日本でもありそうな話だから面白い。イゼルギー婆さんの男性遍歴でロシヤの社会の、しかも下層の人々の生活ぶりがわかる。そして婆さんの作った昔話で自分が半分作り話で世の中を批判しているのであった。
機内は隣の席に50代の大柄の女性がいて、農夫だという。羊を3000頭放牧しているというから、相当の土地をもっているのだろう。娘はいるがオーストラリヤで結婚しているから多分帰らないだろう。牧城は私たち夫婦の代で終わりになるだろう、という。羊毛も安くなったからだという。自分はカナダに行っている姉が遊びに来たから姉と二人で4日間の旅行にでかけるところだという。3000頭の羊を移動させるのは犬一匹がやってくれるし、羊毛の刈り取り時期は自分も旦那と一緒に刈り取るから忙しいが今は暇でかってに育ってくれている。作物は作らなくて二人だけだから生活はやっていける。とおおらかだ。
クライストチャーチで乗り換えたらさすがにゼット機になり、待合室に日本人男女がいた
新婚旅行ですか?と聞いたら、「仕事できました」と女性がこたえた。女性の仕事でくるとはどんな会社ですか?と聞いたらテレビでクライストチャーチの震災の1周年を取材にきたという。富山の学生が何人かあの地震で亡くなったからその人たちをスポットにあてるようだ。僕のいたアスペクトカレッジも壊れておそらく日本人が亡くなるたはずだ。と話し、丁度1周年の同じ時間に僕は登山列車に乗っていたら、列車も止めて全員が黙祷したのですよ。と話したたらメモしていたのでそのことも放送の中にコメントするのかもしれない。女性はアナウンサーではなくデイレクターで自分が記事を書くといっていた。富山の民間テレビで(チューリップ)?かなんかと言っていた。
オークランドには2時についた。もうここまで来たら後は日本へ帰る飛行機に乗れば終わりだから今までの緊張がいっぺんにとれた。
やはり先へ先へと進む段階では何が起こるか緊張もあるものだが、ここまで来たらもうオークランドの近くをのんびり観光するだけだから気持ちも楽になった。
ホテルにも「ただいま!」と言う感じで入ったらレセプションも「ナイスツウーミーツユーアゲン(おかえり!)」と言ってくれた。
さっそくシヤワーを浴び、待ちにまったあの韓国料理店に向かった。そして鉄鍋で焼いたご飯に牛丼のようなのを注文した。ここのキムチが5種類出るが旨いのである。そして韓国のライトビールというのがまた旨い。アサヒも置いてあるが、このライトビールのほうが旨い。この旦那も奥さんも覚えていてくれてそれを出してくれ、僕がいつも座っていた席に案内してくれた。
この店を出た前が公園になっていてそこのベンチに日本人らしい女性がいたので聞いたら中国人学生だという。昨日つ着いたばかりでまだバスにも乗ったことがないというから、町を案内してやることにした。なかなか可愛い。四川州の大学を卒業し、来月からここの大学で会計学の勉強をするための留学だという。22歳、英語は僕の方が少しだけ喋るのが上かなぐらいだが昨日きたばかりだから無理もなかろう。僕の知識で市内から港まで行き、近くの湾をめぐる観光船にも乗った。僕も話しながらの観光ができ、少し先輩として説明もしながら、楽しく観光ができてよかった。
スーパーも教えてやり、僕も4日分の買い物をした。5日から学校に入学というから、明日も午後から一緒に観光船に乗ることにした。
ホテルに帰ったら山の会事務局長から嬉しい便りがきていた。

坂口さんへ
こんにちはこの時間帯は何時くらいになるんですかね。あまり時差はないんですか?
もう旅に出られて一ヶ月を過ぎましたが、お元気でしょうか。
会の創立40周年記念集会では、いろいろとお世話になりました。お陰で皆さんと記念すべき楽しい思い出に残る集会になりました。これからも仲間を大切に楽しく安全な山行を続けましょう。何度もメールを戴きましてありがとうございました。
あれから集会のまとめや六甲全山縦走の準備(3月11日実施であたしたちの会は責任会で45人と15台の車の手配をしなければなりません)加えて、娘の結婚式が決まりまして、若い二人の「あいさつ」、式場の下見や両親の顔見せ、結納等でバタバタしていました。彼氏の親は東大阪の「○○製作(株)」という明治からの老舗の会社で医療品等を製造販売しているようです。ひょっとして坂口さんの経営者グループに入っていないか一縷の期待はあるんですが…。

それはさておき、ニュージーランドの観光・視察は如何ですか。初めてですかそれとも何度か行かれたことはあるんですか。
平和の基本は観光にあると思っています。肌の色、言語、文化、宗教、生活習慣、更に政治・経済…それらを認め合い受け入れる…、そういう意味では観光客は平和の親善大使と思っています。
国と国、人と人が争い殺し合っていれば観光なんて直ぐに出来なくなってしまいます。自由に観光する、出来ることが大切です。マスコミは大量の情報を早く伝えていますが、必ずしも真実かと言えばそうでない場合もあります。時の権力者におもねるマスコミが増えているのは嘆かわしい限りです。福島原発にしても真実の報道がなされていません。まるで江戸時代の鎖国のような状態です。海外からの情報で事実が伝わることも少なくありません。
坂口さんのように、世界各国を回ればその鋭敏なアンテナで鋭く察知して頂き良いものは良い、悪いものは悪いとはっきり断言できる

日本人がもっともっと増えなければと痛感しています。今日からはオークランドの自由時間なんですな。いろいろな出会いと発見を
楽しみにしています。坂口さんにこそサムエルウルマンの「青春とは年齢を言うのではない、夢を持ち続ける限り青春である」という言葉を贈りたいと思います。ニュージーランドは「非核神戸方式」に相当する「非核地帯法」を制定する平和を目指す国でもあります。
また、オークランドはニュージーランドで最初に首都になった都市で、歴史は200年前ほどですがそれはヨーロピアンの入植で、それ以前は「マオリ」の時代が長かったようですね。どうぞ悠久の歴史に思いを馳せながら現代の一コマ一コマを味わってください。

     A・N

やはり旅を見守っていただいている方がいるということは心の支えになるものでうれしい。

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by akinishi1122 | 2012-02-29 05:18 | 旅行 | Comments(0)

今日の一句

帰国の日残る薬が教えけり  もうあとわずかになった薬で帰る日が近くなったことを知る
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by akinishi1122 | 2012-02-28 04:22 | 俳句 | Comments(0)

インバーガーギルの公園で

2012年2月27日 インバーガーギル博物館とクインズ公園(34)
明昭山の会副会長の楠さんからメールがきた。送信時間を見ると日本時間の6時前である。760名の山の会を運営されているか彼女の統率力にはかねがね敬服しているから、お便りがいただけるとは嬉しいことだ。何故どんどん会員が増えるかというのは、あらゆる会員の要望を汲みあげるメニューがあると思う。山ばかりではなく、リーダーの教育やコーラス、絵画、書道、手芸など多方面に企画さあれているのは彼女の明るい性格にも表れている。その彼女から「自由自在に世界を旅し有り余る知識と度胸で現地の人々との交流を存分に楽しんでいらっしゃる坂口さん。労山で囲碁大会のお世話をなさったあと、ニュージランドへ飛び立っていらっしゃるとはまさに世界人ですね。すごい!日々を欧がなさっている様子に素晴らしい、のひとことです。」と嬉しい言葉だ。
僕にしたら、びくびくどきどき、スリリングと失敗ばかりなのに、こんなにみていただくとはこそばゆくなる。
 ごごから博物館にはいる。歴史の資料はマウイの生活からの資料が貴重だが、全世界の人類の発達というのは石の斧や釣り針などだし牛を労働の助けにしているが、ここに無いのが弓矢である。これは弓矢というのはクジラなどに通用しなかったのだろうか。
それとこの国に猛獣がいないというから弓矢が開発される必要が無かったのかもしれない。
またどこの国でも人類同士の戦いのため槍や刀が発達の段階であるのだが、ここは部族との戦いはする必要がないほど自然が豊かで人も少なかったからであろうか。
いきなり刀がなくてイギリスの鉄砲と戦うのだから、鉄が発明されるまでに大砲と対戦しなければならなかったという分明の差によってマオリ族がイギリスに屈服さされたのである。日本モペルリが来た時代は文明の差があったが、文明国との距離がここほど近くなかったから、文明国の植民地にならなくて済んだのかもしれない。
はじめから勝負は決まっていたともいえる。
先日島めぐりの時、空を飛んでいたカモメのような鳥で3mの羽を持つ鳥のはく製にはさすがにおどろいた。体にふさわしい羽の大きさと長さである。
博物館は人はすくなかったが、日本人女性が来ていた。彼女はワーキングホリデーで1年いるつもりだが、あと3が月で帰国せねばならないが今農園で働いているという。随分遠いところらしく、ここから3時間らしい。マレーシヤの同じ勤めの人と来て、もう帰る時間だと急いでいたが。31歳まで働いてためたお金できているらしい。
今日日本人に合ったのは彼女一人であった。
キングス公園に入った。でベンチに掛けている68歳という男性に声をかけた。190センチがらいの大男だがスマートでパンツでランニングを毎日しているという。なかなか顔の艶がよく、50代に見えた。現役時代は医療関係の仕事だったらしいから、体調の管理がよいのだろう。沢山話をしてくれたが、「僕のリスニング力ではなかなか聞きとれないから、すまないが、もっとゆっくり話してくれませんか」と何回も頼んでの会話だった。
今日はで暖たかで長袖やチョッキを着て歩くと汗がでるほどだ。椅子に座っている人は声をかけると話しに乗ってくれ、どこからきたのか?などで話ははずむ。
別の一人で杖をついた人が立ち止まって話をしてくれた。この人は85歳という。昨年奥さんをなくして急に弱ったといっていら。歩くのがやっとという感じだから、芝生に座るのは出来ないという。85歳になっての趣味はなんですか?と聞いたらなんとパソコンを毎日やっているという。前の職業はカーペンターというから、驚いた。何故かというとみんな兄弟はイギリsyにいるから、もう年だからパソコンで連絡をとりあっているという。。それだったら、メールの交換しませんか?と聞いたら、メールアドレスも書いてくれた。
他のベンチに老人夫妻がいた。声をかけたら一緒に座りなさいとすすめてくれた。夫婦であるが、旦那の歳が68歳というから奥さんが何歳にみえる?というから65歳?と言ったら、75歳だという。なかなか綺麗で御洒落な服装である。僕は少し若くゆうべきだとは思って言ったのだがびっくりした。「私たちはお互いに二度目なの」と言ってくれ、結婚三年目という。だったら、旦那が65歳、奥さんが72歳の時結婚したことになる。
僕は先日もこんなカップルに出あったがどうもこんなに高齢者の結婚というのが多いということが理解できないでいる。これには社会的な深い意味があるのではないかというような気がしてきた。奥さんには4人の子供がいるという。奥さんの前の夫は亡くなっているらしい。
男性も御洒落である。弟二の人生というが日本ではやはり前の夫に悪いのではないか、という感覚が一般的であるし、道徳的に前夫に悪いと思ってしまうのが当然だと思ってしまう。前の夫に悪いと思わないのだろうか?また前の夫との間の子供たちは反対しないのだろうか?そんな死んだ人が可哀そうではないか?そんなことを思うのだが、この国では自分の人生は生きている人の今の幸せを容認する社会なのだろうか?あるいは子供たちも母親の再婚することで、母親を一人の女性として容認し、そのことで自分たちの親を見る負担が軽くなると思うのだろうか?どうも日本人は従来の「家」「家族」という概念にとらわれての判断になってしまう。母親や父親の老後の幸せというより従来の道徳観によってこの老人の結婚について考えてしまうものである。
今日は暑かったので隣のパブでビールを飲んだ。隣にロンドンから来ていて、僕と同じホテルだという男性と外のテーブルで飲んだ、彼は48歳と言っているが、奥さんとは離婚しているという。子供は奥さんが育てているという。どうも合う人ごとに離婚の話ばかりきくのだが、ヨーロッパ文明というのはそんな社会なのか?家族や妻、夫というのをそんな簡単に別れてしまって、人間の安らぎというのはどうなるのだろうか?僕にしたら、やはり家族があるから安心して行動ができるし、お互いに見守っているから安心と安らぎがあるというのは動かしがたい僕の考えである。
だけどもヨーロッパの家族観というのは全部そうだとは思えない。全部がそうでなく家族を大事にしている社会が現にあるのだから。全部がそうであれば人間が深く愛しあうことの文化が簡単に崩れてしまうことは淋しいではないか。と僕は思う。
僕もこの家族問題についてはまだはっきりと容認する気にはなれない。
この公園に隣接してゴルフ場があり、柵もない。丁度僕の前でホールがあり一人で高齢者がプレーしていたのでワンホールだけついて歩いた。150ぐらいを3打で入れる人だからたいしたものだ。68歳といっていたが、相手がいなくても自分だけで楽しんでいられる。プレー代が25ドルというから1750円だから安い。やはり土地代の違いということだろう。
その他に公園では夫を亡くし娘の子供を公園に乳母車で連れてきている婦人、夫は交通事故で亡くなって52歳だと言う人、それに女子大生18歳,子供ずれの妊婦などと少しの会話ができた。やはり公園だからこんな市民との会話が出来て、普通の生活を知ることでたくさんの考えさせられることがあってよかった。
もう明日から帰国の方向に向かうことになる。
パソコンにオックスフォード時代の奈良の先生、それに岡田さんから、帰国後洋輔さんへのお悔やみの出来るに日などを知らせてくださった。

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by akinishi1122 | 2012-02-28 01:52 | 旅行 | Comments(0)

今日の一句


ここは夏春を迎えに帰るべく  もい1週間で日本に帰る心の準備に入る

夏は去り秋とは知らで南端へ  地球の南端にきたあら寒さをかんじる

あと3日トマト大小に思案せり ここもあと3日となりどのトマトを最後にしようか

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by akinishi1122 | 2012-02-27 07:10 | 俳句 | Comments(0)

社内報より

誰の為に働くか?
私たちが生きていくうえに必要なのは労働といえそうです。働くというのは考えてみると、自分一人の為でないことに気付くものです。自分が生きるだけだとロビンソンクルーソーの生活になるでしょう。
でも無人島で生活して、楽しい、あるいは生甲斐というのがあるでしょうか。
そこには生きる喜びや悲しみもないかわりに、希望もない生き方になるのではないでしょうか。それは人がいないからです。
私たちが働くというのは自分も含めて多くの人のために働いていることだということが解ります。自分の働いた成果が自分の知らない多くの人々に役になり続けているということがわかります。
私たちの働くことは自分も含めて広く社会の役にたっているのですね。
これが他の動物との違いのようです。
自分と同じように他の人も自分以外の人々のために働いていて人間社会かできているのですね。
直接的には自分とその家族のために働くことで収入を得、そして喜んでもらうということの毎日をしているのが人間の社会なのです。
働くということは一人では出来ないものですね。いつも誰かと共同しなければ働くことにならないのです。
共同の働きによって、自分の役割も知ることができているのです。ですから人間が一番苦痛を感じのは、他人から当てにされない時なのですね。自分が当てにされているとき人々は生きているというものを感じるものです。
その反対に当てにされてないと人間は生きていく力と希望を失うもので、すべてにわたって生きる力を失ってしまうものです。
私たちは共同して働くことによって喜ぶことも、苦しむことも感じるのです。これは全て人間の集団生活には必ず含まれているものです。
この働くことによって私たちは全てのものを作りだしていると言えるようです。
そして必ず昨日より今日と進歩しているのです。後退の人生というのはありません。
同じ働くにしても、目的の無い働きは情熱がわきませんし、明日への力も湧かないものです。
本来、人間の労働には目的があるものですが、あまり日常の繰り返しばかりでは、その目的を忘れてしまっているのです。
自分の労働の意味、誰のためにやっている労働なのか?を考えることにしましよう。貴方の労働は貴方自身と広く社会から期待されている労働なのです。貴方は大切な人なのです。

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by akinishi1122 | 2012-02-27 03:24 | 思い | Comments(0)

人類の住む最南端の島

2012年2月26日 スチュワート島人間が住む最南端の島(33)
8時30分にバスが迎えに来た。人間が住む最南端の島ということで、ワクワクして待った。高速艇で1時間で着いた島だが、佐渡ガ島の2倍もある大きさという。人は100人ほど乗っているが、日本人はいない。
韓国の釜山からという女性が日本人のようなので話かけた。釜山教育大学を出て教員を2年務めてから、今ウエリントンで英語留意を1年しているが、終わったらまた元の教員に戻れるという。まだ先生が不足しているからだという。日本では教員にまで派遣の非正規が多いと聞くから、日本はなんでも派遣にする流れを作ってしまったようである。
どうも韓国に追いつかれるのではないかという気がしてきた。第一派遣だと身分が不安定だから落ち着いた教育ができないのではないか、その点彼女には不安がない。そんな気がする。
どうも日本の若者に希望を与える制度が段々後退していくような気がする。彼女は希望を持って英語の勉強が出来るのである。
スチュワート島に着いたら、観光バスが迎えてくれた。20人ぐらいであった。最南端というわりには寒くはない。でもここにしか住まないような鶏で島馬のような全身まだらの鶏が普通の鶏といっしょにたくさん放し飼いなされている。また入り江大きいし鳥羽湾のような風景である。
きれいではあるが、いままでたくさん見てきたから、それ以上ということでなかった。ただ地球で人が生活している最南端に来たという嬉しさではある。
2時間ほどで終わり、昼食をとっていると一緒のバスの男性と話し始めて、仲良くなった。70歳でオーストラリヤから3週間の旅を一人で来ている。
2時間半ほどの帰りの船まで時間があるから、一緒に歩くことにした。彼は小学の先生をしていたそうで、もう10年の一人ぐらしという。奥さんは10年前に離婚したが2人の息子はそれぞれ家をでているから、一人で楽に暮らしているという。奥さんと何故別れたのかわ聞かなかったが、彼女は絵描きだったという。別れてもたまに会うしお互いに自由にやっているという。僕の会う高齢者は離婚や高齢者の結婚がえらく多い。
そのことを平気で教えてくれるから、離婚というのが珍しくないのであろう。
2人でか海岸沿いの道をどんどん歩いたから、今少々肩が凝りだしているから、登山と同じ運動になり少し楽になったよだ。
帰りは彼がレンタカーを借りて「スズキ」に乗せてやる。と親指を立ててウイインクしてくれた。彼の好意を受けることにして乗せてもらったら、山の展望所までまわってくれた。同じホテルで僕を見たからといって一緒に送ってくれた。
だから一所にビールを飲むことにした。今日の旅はよい連れができたからラッキーだった。
ホテルに帰ったら広島同友会の事務局長から旅日記たのしく読ませてもらっています。と言ってきていた。


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by akinishi1122 | 2012-02-26 18:40 | 旅行 | Comments(0)

インバーギル

2012年2月25日 インバーカーギル公園(32)
朝、雨が降っているがすぐ止むからあまり心配しなくてもよさそうである。昨夜の日本人は早く出ると言っていられたから、僕が9時ごろ朝食に行ったら、もう出かけていたようだ。日本のラーメンの「出前一丁」の開封の袋がごみ箱に出したあったから、たぶんあの人たちのだったのだろう。
ここは小さな町でさほど観るべきものはないらしいから、公園に出かけた。すると昨日僕をホテルに案内してくれた男性が向こうから手をあげて挨拶するではないか。昨日も今日も殆ど人は歩いていないのに、こんなに特定の人と会うなんて、僕はよっぽど運がよいのである。
公園は昨日のバスの終点で近くにある。歩いていると、ここは相当に風邪がきつく、帽子が飛ばされた。いつも帽子に手を当てて歩かねばならないくらいきつい。
公園の入り口付近に高さ20mぐらいの塔が建っているいが、1939年から1945年までの戦争で亡くなった兵士の名前が全部刻まれている。
これは明らかに第二次大戦のだから日本との戦争で相当の犠牲者がこんな小さな町でも出たということである。
公園に入ったら小雨だからであろう直線で二キロぐらいの道のある森になって大木が整然と手入れされていて美しい。運動のためでもと端から端まで歩いたが、歩いている人は一〇人にも満たなかった。
今日は土曜だから店は殆ど休みで商店街にも人はいない。おおきな教会に入った、教会というのでも、その地方で違った絵や彫刻がされてもいいらしく、ここの壁にはキリストの腕が切断され釘をうちこまれているのが6体ほど刻まれている。
こんなにキリストの死を解釈していいものだろうかとおもった。
山の会かじかの坂口さんから機関紙の原稿に乗せるマウントクックの写真をあと2枚送ってほしいとのことだったから送信しておいた。
夕食の食堂に行ったら、日本人の女性が、韓国の男性と女性の3人がニュージランドをドライブしてるという。ワーキングホリデーであと2か月だから最後に全部をみておきたいという。
仕事先で知り合ったという。韓国の青年はここで中古車を買ってのドライブだという。
日本の女性も海外に出て各方面で多彩な活躍をしていることを知り、頼もしく思う。


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by akinishi1122 | 2012-02-25 18:39 | 旅行 | Comments(0)

今日

この国を真似してみよう何も彼も  ここにいればみんなマネしたくなるものだ
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by akinishi1122 | 2012-02-25 07:28 | Comments(0)

インバーカーヒル

2012年2月24日 インバーカーヒルへバスで向かう(31)
ダニーデンはスコットランドからの入植者が最初にきた街だというから、やはりエジンバラの建物の洒落た建物が多く、ことに駅周辺の建物が美術館のような美しさがある。
今回の旅で無線をキャッチできる器具を途中からつけたのでパソコンが部屋で出来るからありがたい。日本にいる時と同じ利用できている。ただ囲碁の対局が繋がらないのが淋しいくらいである。
山の会かじかの機関紙編集員の坂口さんが来月号に乗せる原稿を編集したのでこれでよいでしょうか?マウントクックの写真を送ってください。とメールがきた。またたくさんの彼女ができていますねと付けくわえてあった。
インバーカーヒルへのバスは1時55分であるから今度はホテルから下り坂を降りるから楽である。
バスには30人ぐらいだったが日本人はいない。昨日と違って今日は良い天気で空が青く澄みきっていて、途中のなだらかな丘に羊、牛,鹿、馬などがのんびりと、点々と見えるのが気持ちがよい。パソコンの表紙によくでているあの丘の緑の風景の中をはしる。
ヘッセの詩「山のあなたの空遠く幸棲むと人のいふ」という感じがぴったりである。
途中30分の休憩の時高齢者のカップルと同じテーブルでお茶にしたから、親しくなった。
バスも隣に席を移した。
この老人男性は僕と同じぐらいではないこと思っていたが、85歳だという。女性は86歳であるが、ガールフレンドだと紹介してくれた。ガールフレンドといっても彼女の家に一緒に住んでいるということだ。男性は顔もふくよかで色つやもよく、とても85歳には見えない。年をとってもこんなにありたいものだ。僕より7歳も上だし彼女は8歳も上であるのにこんな長距離の旅行ができるのだから僕もまだまだという希望をあたえてくれる。
この紳士はもともとチェコスロバキヤ人で20年前にフランスに渡りそれからニュウジランドに来て15年になるという。プラハの春というあの事件でドブテク政権が崩壊してどさくさで国を捨てたと言っている。彼女と一緒になったのは3年前だという。そして今日は4日間のホリデーだという。彼女は夫と死別して子供は4人いるがみんな外にいるし彼と生活しているという。老人が第二の人生で元になっているようである。僕にもチョコレートをくれた。僕ものれん旗をプレゼントした。
4時間ほどのバスだったが、晴れたり大雨になったりですぐ止むがこんな変化のあるのは日本では少ないのではないか。
インバーカーヒルへは6時についた。
大きな綺麗な町であるが商店街に殆ど人が歩いていない。金曜日の6時だというともう店を閉めてしまっている。
ホテルに着いたら、日本人が丁度一緒ぐらいに着いた。この人は福島からきたといい。停年になったから1か月の旅に出たという。奥さんとその友人の3人である。
レンタカーで、ニュージランドをまわったあとオーストラリヤに行くといっていた。日本人も結構長旅をする人もでてきているようだ。ここに1泊して僕がきた街にいくらしい。奥さんが料理もしてキッチンで食べていた。
僕はこのホテルに4泊するから、スーパーで沢山かいものした。米、ステーキ3枚、ハム、野菜サラダ、トマト、牛乳、食パン、キューリ、ニンジン、オレンジ、出前一丁のラーメンなどである。
4日も滞在するから御飯もたいた。ステーキにキュウーリ、ニンジン、トマトなどで御飯も美味しくたけた。たくさんできたので御飯は明日もたべられる。久し振で御飯の夕食で満足だった。
部屋でパソコンを開いたら岡山の土井先生から昨日の旅日記の感想で高齢者のご夫婦の旅なかなか素敵ですね。とあった。
旅先の文化を即
メールで感想を延べあうことも旅行のよいところである。

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by akinishi1122 | 2012-02-25 06:02 | Comments(0)