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ケンブリッジ


2011年8月30日 (火)留学とドイツ、フランスの旅(41)
岡山のD先生のホムページを開いてみた。大田尭先生のドキュメンタリー映画ができたらしい。先生の考えである、教育とは生物としての人間、誰もが持つ細胞の中のユニークでダイナミックな人間設計図の開花を援助し励ます環境を創りだすことであり、演出活動であり、アートだという。従来の上から教えて、知識注入、あわせて変心、同化をもとめるという既成の「教育概念」を根底から履へす考えで、私たちの病院における、教育(共育)も職員ひとりひとり持ち味を生かし、自ら成長して欲しいと願っている。
いつもながらの経営姿勢がこのような考えからきているということが理解できる。
丁度今日の夜、学校を終えて夕食を共にした会社派遣の生徒との懇談にこのことの話もしておいた。皆さんは良い会社に入られて希望に満ちているが、学校では経験したことのない社会に入るのだから、そこは利益中心の社会になり人間が会社利益に貢献せねばならない社会に組み込まれ自分の生き方との調和に苦労することが起きるであろうこと。そんな時でも自分の尊厳を失わないようにどのように生きるかについて語りかけた。
法律や会社の規約があるが、現在の日本ではサービス残業など規約に無い現実に直面するであろうが、驚きと期待外れがあり、自分の選択が間違ったのではないか、と思うことに直面するのが最初の1年目だからその時、早急にきめなくて、解決を身近なところからやっていけることが必ずあるはずだ。逃げないこと、その職場を変わったから他の会社が叶えられる社会でないことなど話しておいた。女性は「最初の1年は無我夢中でやります、もし次の年も同じようだったら辞めます」と言っていたが、そこに女性であることの仕事にたいする甘さではないか、そのような女性の逃げ場を心に持つことが日本社会の男女の差別の続く原因であるように思う。
だから自分で踏みとどまって少しでも変えていく姿勢を期待したい。などと話しておいた。
M君は僕のホームページを開いてみてくれているようで、社内新聞では彼らの生き方の励ましになると思うから彼らを含めて社員にも語り掛けていきたいと思う。
 今周オックスフォードのYさんを訪問することにしているが、旅日記に興味をしめしていただいているが、うまく開けてないようだから、今日ドイツの11日ぶんの日記をコピーして持っていくことにした。家で読み返してみると、大分パソコンでの変換など、おかしなところがある。やはり打ち出してみないとパソコンだけでは校正が見落としがあるものだ。

青春の蘇る友夜秋に入る  若者と語る夜心も若くなるものだ  

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by akinishi1122 | 2011-08-31 16:55 | Comments(0)

ドイツでの俳句

ドイツにて

葉裏見せ日本と違う寒さかな  日本は今辛抱できないくらいの暑さという 7月23日

広き野に一枚残る麦の秋

北へいくなだらか丘の麦の秋

シンプルな祭壇なれば頭たれ

咳ひとつ祭壇の十字架に届けけり

礼拝のあとのトマトの旨さかな

俄か雨美術の宿に雨宿り

水無月の鐘を聞きつつ雨宿り

スコールに匂いを知りしドームかな

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by akinishi1122 | 2011-08-31 01:16 | Comments(0)

授業風景

カザフスタンの弁護士
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by akinishi1122 | 2011-08-31 01:01 | 旅行 | Comments(0)

授業風景


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by akinishi1122 | 2011-08-30 18:16 | 旅行 | Comments(0)

教室



2011年8月29日(月)留学とドイツ、フランスの旅(40)新クラス
風邪が大分納まったようだ。咳も出なくなって喜んでいる。オックスフォードのYさんからメールで土曜日に待っています。とのことだ、家主さんも歓迎してくれるようで、1泊できるらしい。
月曜でクラスが新しくなった。スイスの女性、チエコの男性、アゼルバイヤンの男性、サウジアラビヤの男性、イタリヤの女性、前からのトルコの女性、カザフスタンの男性、それに午後からは日本の前からいた女性Aさん、日本男性で2人M,D君、H製作所の研修生だ。
これらが午前と午後違ってクラスにはいる。日本人が4人になったのは初めてである。
授業の内容はやはり文法中心である。
日本人がいるとやはり少し緊張する。だが半年もいる人とどうして同じクラスになるのか解らないが、事務局で同じ内容でないのをクラスで決めているのだろう。
いずれにしても、日常に出てくる言葉だから役にたつものばかりである。
岡山のD先生から「同友会幹部社員大学があり、幹部社員と1泊研修に行って帰り、貴方からのメールをゆっくり拝見しました。イギリスでの人との交流素敵ですね。ロンドンには1昨年訪ねました。懐かしく拝見しました。カナダはバンフに滞在して、ロッキー山脈の氷河まで行ってきました。雄大な景色には感動しました、カナダの山登りはきっと素晴らしいと思います。健康に留意して旅を続けてください」とあった。
また大阪のM氏から「大分ながく便りが来なかったので心配していました。やっと届くようになり、毎日楽しく読んでいるところです。写真の赤のTシャツの人がドバイの人ですか」とあった。
今日は風邪なので風呂には入らず8時にベッドに入る。最近はよく寝るが8時間が普通になり、体調は良いのだが、毎日夢をみる。夢ではまだイギリスのことが出ないのでいつになったらイギリスの夢が出るのかな。

イギリスの夢まだ見ない秋となり

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by akinishi1122 | 2011-08-30 16:50 | 旅行 | Comments(0)

エジンバラにて




2011年8月26日(金)留学とドイツ、フランスの旅(37)エジンバラへ
ケンブリッジを8時に出発の列車だった。自転車を持っての旅になる。ロンドンまで出る必要のない、北に向かうのだが、エジンバラへは乗り換えなければならないらしい。最初は一人で座っていたが、乗り換え駅がどこなのか、何分ぐらいで乗り換え駅になるのか中年の女性に聞いた。50分で乗り換えで、その後はエジンバラまで乗り換えなしで行けることを教えてくれた。
50分ちかくたったので自転車置場に行き、時間まで待っていて、その時間の予定時間になったので降りる準備していたら、さっきの女性が走ってきて、「この列車はさっき少し止まって予定時間から大分遅れたからこの駅ではなく、その次が貴方の乗り換える駅です」とわざわざ教えにきてくれた。なかなか親切な婦人である。この婦人は上品で何か難しそうな本をずっと読んでいた人だったから、それ以上の話しはしなかったのだが、ありがたかった。だから僕は日本から持ってきた扇子をプレゼントしに元の席に持っていって渡した。こんなとき土産が役にたつもので、恵子や香織が沢山用意してくれたのでありがたかった。
こんな動きを観ていた40ぐらいの男性が話しかけてきて、「貴方の歯を輪ゴムで掃除しているのはなかなか良い方法だ、どこから来たのですか?」と聞く。僕にしたら自分流で輪ゴムで食事後ブラシでゆきとどかなかった歯の間の塵を掃除していたのだが、家でいつも「人前でするのはやめないと嫌がられる」と注意されていたから、てっきり注意されるものとビクッとしたのだったが、それは良い掃除のやり方だといってくれた。この人はドイツの医科大学歯科教授だそうである。大阪の大学のナカス教授とはよく学会で会うことがある、と言っていた。「貴方の年齢を当ててみようか?」というからこの人は僕の歯を観て年齢が解るのだろうか。と思っていたが、「67歳から72歳ぐらいでしょう」と言う。僕が76歳と言ったら信じられない、という。だからこの人は本当に歯の教授だろうか?と疑いたくなる。だが自分の身分証明で医学博士で教授と資格証を名刺がわりに見せてくれていた。顔はどうもアラブ系の顔でナイジェリヤぐらいのように思ったが生まれたのがドイツでイタリヤとエジプトとの両親だったとも教えてくれた。
 エジンバラまでは一人旅で席はすいていた。1時13分に着き、自転車に乗ろうとしたが、えらい雨でこれでは自転車では廻われないから、とりあえず自転車は繋いで昼食を公園のレストランですることにした、同席に雨宿りする中国の青年がきた。彼はロンドンで建築設計の研究のため2年の予定で来ているらしい。38歳といっているが奥さんは北京においたまま子供はまだいないし、奥さんも政府の仕事をしているから、単身できているらしい。
彼も政府からの研究費用で来ているが、政府の役人といえば中国の歴史、とりわけ辛亥革命や孫文の三民主義などには詳しいのではないかと思い、孫文の本や70年前の国民党と共産党との合作などについてはどのように思っているか、など聞いたが、孫文の本も読んでいないようだ。まして毛沢東の実践論、矛盾論も読んでいないということである。だから中国といっても、その役人ですらあまり勉強をしていないことがわかる。おそらく上部に任せ政府が決めたことを実行する人達が役所に働く人たちになっていることを感じた。
これでは官僚政治になってきたなと感じる。ソビエトがそうであったように、下級官僚はただ上からの決定、指示を忠実に実行する人間が多くなっているのではないかというきがする。
天安門に毛沢東の肖像がまだ掲げてあるが、あれは最近の中国の考えからしたらふさわしくないのではないか、と言ったら、彼もそう長くないうちに降ろされるであろう。と言っているから、国民はみんなそのような気持ちを持っているのだろう。
 観光バスに乗った。この前来た時も乗ったと思うが今日は雨で窓の中からの写真撮影しかできない。日本語の解説があるが、スコットランドはやはりイギリスに併合されたのが政略結婚であったようだ。現在でもスコットランドは自治を与えられているようだし、王国としてのプライドも残っているようだ。
ローマのコロセオのように犯人同士を戦わせて5万人ぐらいの観客を集めた広場もある。まるで闘牛場を観にいくように人間が殺しあうのをみて楽しんだ場所も残っている。
街のほぼ中心の丘に城があるが、ここを中心に賑やかである。スコットランドの特徴の男性がスカートを履いて、笛を吹く風景があちこちの賑わいの中でみかける。
ここは祭りをいつもやっているような賑わいである。民族意識がイギリスよりも豊なようだ。
夕方ホテルの予約していた場所に行ったら、ブッキングされていないという。僕は月曜に電話でしただけで、名前までいわなかったからであろう。連続で3軒ほどに当たったが全て満員だという。29日の月曜はイギリスの何かの祭日で3連休だから、連続の予約が入っているらしい。僕も3年前にここの城跡の広場で夜パレードを観たがあの観蘭のために今は観光客でいっぱいのようだ。やはり電話の時は名前や連絡先の電話番号まで言っておかねば相手も不確実だから確実な人を優先することになることはわかる。
自分がホテルの立場になったら当然だと思うのが、やはりうかつであった。
そこから引き返し駅前のインフォーメイションに戻ったのが6時半になっていた。ここでホテルを探してもらうために並んだが20人も待っている。僕の後に1人来たところで入口のドアーが閉められた。これで、もし少し高くても仕方ない、もう7時をまわったら、ケンブリッジにはとても帰れない時間だ。順番が来て安いホテルを探してもらったが、大学のホテルで45ポンドで一人部屋があるがそれでいいかと言われたから思ったよりも安いしそれに決めた。エジンバラ大学のホテルらしい。
バスで30分ほどで着いた。終点である。もう8時をまわっていたから食堂は丁度閉まったところだった。売店も閉まっている。大学の施設が平野のなかに校舎や寮があるのだがもう人の動きすらない。そこえ日本人らしい女性がいたので訊いてみたら,日本人があそこにいると教えてくれたのが20人ばかりいて、それがなんと日本人女性ばかりの集団である。中央大学の学生らしい。この学生たちも、こんな大学で日本人とあえるなど思っていなかったらしいから驚いていた。記念に皆を写真に撮らせてもらっていいですか?と聞いたら僕を満中に入れて写してやると逆に僕も写してもらえるた立場になった、「中央大学にはこんなに女性が多いのですか?」と聞いたら、男性も来ているという。ここの大学ではなく、名前は忘れたがどこかの町で語学研修に2週間きているとのことだった。
郊外なので町まで食べに行く気にもなれなく部屋に入った。すると凄い立派な部屋である。これだったら普通のホテル以上であり、恐らく大学の研究会などで来られる先生たちのための部屋としてあるのだろう。
僕いしたら禍い転じて福となる。といった心境である。あまりお腹もすいていなかったので、部屋に配備されているコーヒーや紅茶を飲んでシャワーにはいり寝たのが9時半ごろである。

灰色の塔雨灰色の雨秋の古都  エジンバラには中央に灰色の塔がある。名物の塔だ 

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by akinishi1122 | 2011-08-30 16:48 | Comments(0)

エジンバラにて


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エジンバラ大学で中央大学生と

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by akinishi1122 | 2011-08-30 00:39 | 旅行 | Comments(0)

エジンバラの写真

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中央大学の学生エジンバラ大学で
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by akinishi1122 | 2011-08-29 21:17 | Comments(0)

8月28日(日)休養


2011年8月28日(日)留学とドイツ、フランスの旅()風邪で一日寝る
少し風邪ぎみだから家にいることにした。あまりきつくならない前にルルを飲み朝食のあとまた寝た。するとマザーが起こしくるまで眠っていた。もう2時前である。やはり風邪薬のルルには少し睡眠薬が入っているのかもしれない。そしてパジャマが汗で濡れているから着替える。今朝も着替たからこれで3回目になり、あるだけの下着を代えてまたねる。
これだともう後はなくなるから、今夜もまた汗がでるだろうから、明日着て行く服や下着が心配になる。
2時過ぎに昼飯にビフテキをだしてくれた。それに庭でとれた無花果もついている。
鬚剃機のバッテリーがもう切れそうだから、軽便剃刀を買いにでた。またか火曜日に日本の日立の若者を中華に誘っていたから中華レストランに寄りメニューをもろってきた。
帰ってからまたベッドに入って。今日は本を読む気にもなれない。風呂も止めにした。
夕食は6時半に呼ばれたがスパゲチーの半分も食べれなく、鶏の肉も半分にしてもらった。
熱はないし、咳が少し出る程度だからこのままだと早く治るかもしれない。

毎年の風邪忘れずに来て秋に入る  秋は必ず風邪をひく、治る方法も身につけている

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by akinishi1122 | 2011-08-29 21:12 | Comments(0)

8月27日エジンバラ

2011年8月27日(土)留学とドイツ、フランスの旅()エジンバラから
エジンバラ大学の宿舎の食堂に降りていったら、男性の中央大学生も女性と一緒に来ていて、皆で40名ぐらいである。ゼミではなく大学生協あたりで募集した英語研修のようだ。バスで移動しているらしい。学年も学部も関係なく集まってきてるようだ。
今朝も早く目覚めたので文学阪神の久保さんの「遠吠え」をも一度読んでみた。日本の家族というのは親子兄弟というのが仲良くしたり、喧嘩したり、そして何か誰か不幸ごとがあったり祝ごとの時集まって家族の絆をその時感じるのがどこの家にも共通するものである。
だから自分の家族を思い浮かべながらどこか似たところがあるから、共感が得やすいものである。それにしても昔のことをよく気憶されているものと感心する。
全部気憶ではないところは作者の考えで描かれていると思うから小説というのがなりたち作家の思想がでるのであろう。久保さんの場合に兄さんと犬との愛情を描くことによって久保さんが人間をどうみるかの思想がでているように思う。
兄さんはたんたんとして生きているが、オレだってという誇りを料理のときになると元気のある発言をする。それを家族は口にはださないが認めている。そして世間では言わない誇りを家族は認めてくれているから、心のよりどころとなるのである。どんなに音信不通が続いてもその理由がどうであれ認め合えるから家族であり兄弟なのである。
そのようなところを久保さんは書きたかったのだろう。だから共感されるのである。犬の言葉である「遠吠え」をかりたところが劇的である。
こんな小説は僕にはいつになったら書けるのだろうか。
このホテルに今日もう一泊できないか?と頼んでみたが今日はもう満員だという。こんな大きな寮なのに何か行事でもあるのだろうか。
仕方ない、駅前のインフォメイションでYHAを聞いて直接行ってみようという気持ちになり、すぐ近くだったので自転車で行ってみた。正午前だったのにもう満員だという。
昨日から大変な人混みだったからきっと祭りがあるに違いない。だからもう帰ることにした。
2時発の列車に乗る。パソコンを打つためにテーブルのある席についたら、30代の青年が大きなリックを持って鬚面でいた。彼は考古学の発掘調査を2週間の予定でスコットランドに来ていてロンドンに帰るところだという。今やつているのは、3500年ぐらい前の遺跡の発掘らしいから、日本の倍ぐらい古い遺跡である。日本はまだ縄文式までもならない時に壷や首飾りなどが出てきているという。頑丈な体で日焼けした顔、それに手の爪には作業したあとの汚れが見えている。大学の先生なのかと聞いたらまだ10年かかるだろうと言っている。この前もスコットランドの海岸線でヨークに行った帰りに同じ考古学発掘の女性研究員と一緒になったが、スコットランド地方にはまだまだ発掘途中の古墳が残っているようだ。
4時間ぐらいの所でケンブリッジの方向に乗り替え。そこの席には女性の美術大学生と合席になり、9月から大学が始まるから、リバプールの自宅から学校の寮に帰るところという。日本について何か印象にあるものがあるか?と聞いたらSONYと答えるのにはびっくりした.まだ若い20代の女性には日本の印象で、まず頭に浮かぶのが電気製品であるのは解るような気がする。ところでヒロシマ、ナガサキについて知っているかと聞いたら知らないし日本に初めて原爆が使用されたのも知らないという。
では今、日本に起きている地震の被害や津波の被害、それに伴う原爆についてはどうか?と聞いたがそれも知らないという。この前高齢者はヒロシマ・ナガサキも知っていたが、人にもよるのだろうが、日本についての関心は極端に違うものだと知った。彼女の授業料は両親がだしてくれるのか?と聞いたら、大学に入った時から政府が出してくれている、という。だからも少し詳しく聞いたら、政府が保証して銀行からでるようだ。ちなみに貴方の両親は仕事をしているのかと聞いたら、父はリタイヤしているという。では60歳以上かときいたら、52歳でリタイヤーしたという。そして今は年金で暮らしているという。母親は現役で小学の教師をしているし父親もやはり教師だったらしい。
日本と違い52歳で退職し年金がもらえるとはなかなか良い制度で日本より13年も早く年金がもらえるとは良い制度である。
僕より大分手前で降りるのでまた列車かバスで寮まで行くのか?と聞いたら、舟で行くという。地図でみるとここは陸地のほとんど真ん中なのに舟とは不思議に思ったら、ここではたくさんの運河があり、よく舟が動いているのも見かけるから、なるほど舟が平野部でも交通機関としてイギリスはあるのだなと納得できる。オックスフォードでもよく運河で移動している風景をみかけたし、日本にいると川での交通機関とういうのは殆どなくなったように思う。彼女に病気したら病院や医者のお金はどうなるのか、ときいたら学生の間は無料だから心配いとのことだ。
学生の時学費や生活費を借りた金は卒業してから返済する仕組みになっているらしい。
帰りはだいぶ沢山駅に停車したので7時間ほどもかかってケンブリッジについた。
帰る予定でなかったので駅のスーパーで寿司を買ってかえる。するとマザーが野菜の炒めものだけ出してくれた。
少し風邪ぎみだしシャワーを浴びてすぐベッドに入った。

秋風邪に何枚も持つ旅支度  季節の変わり目に毎年風邪をひくから持ち物も多く
 

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by akinishi1122 | 2011-08-29 21:10 | Comments(0)