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平和憲法の精神

加藤西郷
元龍谷大学教授
平和憲法の精神を世界に発信し、地球規模での合意を形成する努力が今日ほど必要で重要な時はないと思います。「九条の会」の趣旨に深く共感しながら改憲のくわだてを阻止するために努力します。

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by akinishi1122 | 2010-02-14 05:10 | 九条の会 | Comments(0)

ヴオール・ヴイ城

ヨーロッパ自転車の旅へ(39)
8月17日(金)ヴォール・ヴイ城
 インターネット・カフェで教えてもらった観光地に行くことにした。Lion駅からMelunという大きな駅で急行の1駅目だった。そこから、Vaukle Vicomte という城まではバスが出ているが、僕は自転車で走る。駅前で聞いたら、自転車だったら25分で行けるという。田舎の道で、自転車が最適で、河あり、民家あり、スーパーありそして、なんといっても、城が近くなったところで、直線の1000mぐらいの並木道だ。大木が空を覆う。高さも20mぐらいの
同じ種類の木々、木の直径が50cmばかりの見事さ。
 この城は、ルイ14世の財務長官の城で、ルイ14世は自分の城より立派すぎるといって、なんか罪を捏造して、殺害計画し、17年間も自分の作った城の牢獄に閉じ込められて獄死したという。悲劇の城である。そんな王様に嫉まれるだけあって、それは、それは芸術作品のような城である。
パリのエリゼー宮に劣らぬ、それ以上の美しさで、庭園も広大だ。日本の宮城など問題でない広さだ。これに一般市民が見学できるからいい。室内もエリゼー宮並である。ルイ14世は裁判官19人を任命し、この築城した財務大臣の罪状を裁くように命じたが、ルイ14世に買収された7人だけが有罪としただけで、12人の裁判官は無罪として、判決は無罪となった。これが面白いと思う。裁判官が国王の意図に反する判決を出せるというところまで、法律の権威が進んできていたことがうかがえるのだ。ルイ14世は、これに不服を唱え裁判を破棄してしまうというのである。こんなことが後の民衆に知れ渡ることになるのである。丁度最近のアメリカのイラクに対して「大量破壊兵器がある」という理屈を捏造し、イラクに攻め込み、戦争を仕掛けたブッシュ大統領も同じことをやっているから、権力者は似たことを今でもやるものだな、とこの城の物語りを読みながらおかしくなった。さしずめフセイン大統領が、この財務大臣の役柄であったようだ。
たくさんの庭園の彫刻、人物像これがみんな裸に近いのは何故だろうか。やはり人間の美というのは裸に憧れるのだろうか。ことに女体の美しさはローマ時代にも、エジプト時代にも共通しているのは人間、ことに生命を生み出す女性の体の美しさにひかれるだろうか。
 こんな素晴らしい所がフランスにはいっぱいあるはずだから、じっくり、フランスの各地を廻るのも良いかもしれない。またヨーロッパの最後に立ち寄って、1週間でも居たい気になってきた。
 スーパーで、中華料理のバイキングセット4種類、それにウイスキーの小瓶、フランスパン、ジャム、肉の缶詰などを買い夕食にする。ホテルで電子レンジで温めてもらった。
 19日の早朝発つから、精算してくれ、と頼んだら、45ユーロ×8日=360ユーロ、それに朝食代80となり、440ユーロという。

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by akinishi1122 | 2010-02-14 05:06 | 旅行 | Comments(0)

ヨーロッパ自転車の旅

ヨーロッパ自転車の旅へ(38)
8月16日(木)JCBカード再発行
10時過ぎにJCBのパリ事務所に行き、カードの再発行をしてもらった。これは、緊急用だから、9月末までのものらしい。30日はもう日本だから、これで十分だ。早速引き出してみた。暗唱番号もJCBが作ってくれた番号だ。OKである。出せた。これで元通りの旅行計画が出来る。ありがとう!JCBさん。ついでにスイス行きの時間などプランを調べてもらった。すると、パリの東駅から乗れば19日の8時24分発で、スイスのLENZBUR駅に13時04分にTGVで着く。とインターネットで調べてくれた。いたれりつくせりで、一変にJCBが好きになった。そこから地下鉄に乗る積もりでキップを買ったが、扉が開かない。この路線は自転車の積み込みは出来ないという。だから、地上を走ることにした。
 東駅GARE DE IESTとJCBの女性事務員さんに書いてもらった文字を見せて、道を聞く。フランス語の発音が分からないから、これがいい。何人かに聞いて、随分走ったが、着いてみると、昨年僕が来たことのある駅で、そんなに遠くはなかったのだった。切符売り場で19日のスイス行きで、自転車の積み込みキップの、昨日リオン駅からの分を変更してもらった。追加料金が3ユーロかかった。
これでスイスのバリが迎えに来てくれるにもゆっくり、午後でいいから、気が楽になった。だから、ホテルも一日延長し18日も泊まることにしたい。
全て安心、お金も引き出せるし、中華料理店で少々贅沢な料理をとり、ビールも美味しく飲んだ。
9月27日オックスフォードに帰るためのレールスターを買おうと思ったら、それは北駅だという。ここから1kぐらいのところだから、自転車が積めるかを聞くと、「1週間前に来て別便で送る方法がある」というのだから、自転車を僕が使えないではないか。在来の列車でドーバーをフェリーで渡るしかない。
 こんな手続で、4時頃までかかったから、4時から、列車の小旅をしよう。とりあえず、東駅に行き、発車の一番近い列車に乗り込んだ。
どこに行くということも分からない、表示板に出ている行き先に、何があるのか、この列車は何処まで行くのか、地名も知らない。兎に角、夜の9時頃までホテルに帰れるだけの3・4時間の旅で良いと思っている。
途中の景色を見るためと、知らない土地で、何かを発見すればいいとの思い。35分ほど急行で走ったところで、パリの町並みと変わってきたので降りた。
帰りのパリ行きの列車までは50分ほどあるから、その間走ってみよう。運河に出合った。20mぐらいの川幅に両岸から20mぐらい高さの大木が河を全て覆うようにかくしている。そこを船がゆっくり通っている。のどかだ。川岸と水との境がないくらい草が続いている。こんな川だときっと鰻や海老などがいるだろうな。穴などがあるはずで、そこに餌などつけて竹の枝で作った細い竿をさしこんだら、きっと大きな鰻が釣れるにちがいない。そんな子供の頃を想い出した。こんなところに来てみたかったのだ。モネの絵に、こんな風景もあったように思う。
 雨が降ってきた。民家がポツポツあるが、人は誰も動いていない。パリから離れていて、こんな田舎だから、おそらく日本人は来たことはないことにしよう。僕だけの旅、これが僕の希いなのだから。
雨の中でカッパを着て、ゆっくり自転車をこぐ。丘へ走る道があったが、そちらへは、車がスピード出して走っていたから、その方向は好まない。
駅前にパラパラット散髪屋などがあるだけの村。名前も知らないがハイキング客が10人ぐらいだけ一緒に乗った。その中の一人と話したら、20キロばかり歩いて来たという、山でなく森を歩いたというから、山歩きに良いところだろう。中学で数学の教師をしているといっていた。
 帰りに、オペラ座の近くのインターネットカフェに寄り、開いてみたら、土井先生、中同協の小川緑さん、かじか会の坂口修二さん、かじか会の後藤文子さん、オックスフォードの井上香里さん、芳子さんなどから心配やら、お褒めやらのメールだった。芳子さんからは、「私もイギリスにいるが、私と同年代の貴方がテキパキと危機を乗りきり、みごとに処理されたことに感激しています」とのこと。かじか会の坂口氏は9月号の機関紙に「旅日記」として掲載したいから、写真を送信して欲しいとのことであった。
 スイスのバリへも19日の13・04分に貴方の指定した駅に着くから、よろしく、とメールしておいたし、日本の家にもそのことを知らせておいた。

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by akinishi1122 | 2010-02-14 05:03 | 旅行 | Comments(0)

フランスは休日

ヨーロッパ自転車の旅へ(37)
8月15日(水)フランス休日
パリ駅へ行こうと思い「セントラルステーシヨン」と聞くのだが、どうも通じない。地下鉄に自転車が積めるから楽だが、自分が乗った駅に帰れるために、手帳に記しておく。LE・NZBURG、凱旋門の近くのホテルもすぐ近くにある。後で分かったのだが、凱旋門には駅が沢山あり、多分10個ぐらいあるのではないだろうか。
凱旋門の絵を見せて聞くのがよいように思う。駅名だとパリの人もすぐには分からない人が多い。駅名で聞いたから、帰りは大分振り回された。結局聞き覚えのあるリヨン駅に行くことにした。するとここはTGVの発着駅だということが分かる。普通車が見受けられない、各国にはここから出ているし、ジュネーブという名前が丁度1番はじめに表示板に出ていたから、ここから、スイスに行けるのだなと分かる。だから、スイスのバリの家に行くのに、LEMZBURG駅まで行くのにどの便がいいのか聞いたら、TGVは一日に1回しか出ていないから、それに決めた。TGVでもユーレルパスは使えるから、金はいらないが、自転車の料金が5ユーロかかったが、それを申込んでおいた。だが、時間が17時40分リヨン発スイスのLENZBURG駅着が、0時16分だという。
 深夜に着くから、バリに出迎えしてもらうのは気の毒だから、知らせるべきかどうか迷っている。バリは気を遣う人間だから、深夜でも迎に来ると言うに違いないから、このことを理香にメール入れて相談しようと思う。
リヨンの駅前で中華料理店に入り、ビールと焼き飯を食べる。お金が心細いから、明日まではお金を大事にしなければならない。10・5ユーロだった。キリンビールだから、小瓶でも5ユーロする。だがやはり日本のビールは美味し。
普通列車が出る駅を探そうと思ったが、雨が降り出したので、地下鉄に乗るしかない。人に聞くにしても、駅名を言わねば、パリ駅というだけでは、誰も知らない、パリという名前は、当たり前で、誰もどこの駅を教えていいのか分からないのだ。僕の乗った凱旋門の駅名を示しても、知らない人が多く、大分いったり来たりして同じ駅を何回もまわされた。結局駅名でなく、凱旋門の写真を見せて下ろしてもらった。その結果凱旋門には、沢山の駅があることがわかったというわけである。凱旋門から放射状に地下鉄の線がでているから、おそらく、10箇所ぐらいが、凱旋門の駅あたりがあるらしい。
今日はリオン駅に行き、地下鉄を沢山乗り換えることで、一日が終わったという感じ。自転車もキップさえ買えば、一緒に乗れることも分かる。日本ではとても、地下鉄に自転車を乗せるだけのスペースはないが、ここでは、乗客がちゃんとスペースを開けてくれるからありがたい。だが、あまり時間が長くなると扉が開かなくなり、もたついていたら、警官が来て、「パスポートを見せろ」と言う。「キップを買ったか?」というから、見せたら、「時間切れだから、もう1度買いなおしなさい」と言われ、1・5ユーロでまた買いなおした。何回もキップ無しで、人が出たあとに出たらそれでも済んでいたから、3回もそうしたから、どんなシステムになっているのだろう。
夕食はホテルで、ビール、野菜サラダ、サーモンの刺身などで食べる。シャワーを浴、歩いて夜のシャンジェリジェを歩いてみた。ここは、名所だから、旅行者が多い。アラブや、アフリカ、インドなども多く、おそらくアフリカが多いのは、フランスの植民地が多かったからだろうか。日本人はあまり見掛けなかったが、ホテルでの夕食の時間だからであろうか。
9時になっても、まだカメラで風景が撮れるぐらい明るい。
 今日は終戦記念日であるが、もう62年にもなる、僕が10歳の時だが、対戦相手国にこんなに来ることが出来るなど、全く予想することなど出来ない、生きることが出来るか、を子供ながらにも、この日に天皇の言葉を聴いて考えたものであった。フランスも今日は「聖母マリアの昇天」の日ということで、休日である。日本も盆休みの帰省Uターンラッシュのことだろう。
夜、日本人の若者が沢山も持つている、ブランドの鞄などの本店が、ひときわ輝く光を放していた。

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by akinishi1122 | 2010-02-14 05:00 | 旅行 | Comments(0)

今日の一句

春動く一家総出の旅支度

毎回のことだが、旅に出るとなると、一家が僕以上にそれぞれが必要だと思助言をしてくれるものだ

今日から中南米の旅へ

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by akinishi1122 | 2010-02-14 04:57 | 俳句 | Comments(0)

明日2月14日より南米に旅たちます

明日2月14日よりメキシコ、キューバ、コロンビヤ、ブラジルを2ヶ月の予定でまわります

その通信をこのブログでお知らせいたしますね。

いま南米は新しい国つくりがどんどんすすみ、世界の第 3勢力として注目されています。

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by akinishi1122 | 2010-02-13 19:47 | 旅行 | Comments(0)

9条の会の見識に敬意

戒 能通厚
早稲田大学教授
日本をおおう閉塞感は理想の喪失にその根源があると考えます。九条の一点にこの困難を克服する長い闘いの凝集点を見出した「九条の会」の見識に心から敬意を表します。

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by akinishi1122 | 2010-02-13 19:36 | 九条の会 | Comments(0)

パスポートみつかる

ヨーロッパ自転車の旅へ(36)
8月14日(火)パスポート見つかる
理香から電話が入ったのが9時50分頃だった。それから、すぐ大使館に行ったら、もうパスポートは出来ていて、僕は受け取るだけでよかった。早く対応してくれて、感激した。理香からの電話は「もう大使館に着いていると思うけど、もし着いてないようだったら、戸籍謄本は今日は持って歩いているから、すぐに知らせてくれたら、又FAXしますから」とのことだった。大使館では、「2通届いています」とのことだったから、念のため2通送信してくれたのだと思う。
 パスポートを受け取ってすぐ、JCBの事務所に走った。昨日来たところだから、と思って地図を見ないで走っていたら、バスチュー広場の近くまで来てしまっていた。やはり、頭で考えるのでなく、地図を見ながらでないと、自分の記憶というのは、当てにならないものだ。JCBに着いたら、今日すぐにカードの発行は出来るが、あくまで仮のカードだから、8月末までしか使用できないそうで、会社の締め切りが15日の分はそんな処理らしい。明日はフランスの休日だから、16日だと9月末までの使用できるカードが発行してもらえるらしい。だったら、1日ぐらい辛抱して9月まで使用出来るのでなければ、又手間がかかるので、待つことにした。手持ちの現金は170ユーロしかないが、今夜と明日をこの範囲内で納めればいい。ユーレルパスがあるから、とりあえず列車にはお金がなくても乗れるが、万一を考えて遠くへは行かなければいい。
 日本の新聞が、JCBで今日の分まで読めた。どうして、こんなに早くできるのだろう。読売の政治の欄に、安倍内閣も党内からでも退陣論が相当出てるらしい。もう長く持ちそうにないようだ。
12日に報徳学園が青森山田高校と対戦し初戦で負けている。エースが高熱で降板したからのようだ。相手が東北勢だから、負けるはずが無いと思っていたのに、残念でしようがない。日本にいたら、応援とカンパをするところだったのに。
 モンマルトの丘に行こうと思っていたのに、雨になったから、ホテルに帰る。すると僕のパスポート入ケースが机の上にちゃんと置いたあるではないか。あったのだ。長期滞在だから、3日目にベッドを全部掃除してくれて、毛布とカバーの間にあったのであろう。地獄に仏とはこのことかと思う。もう金も節約しなければと、今日も3時ころ焼き飯にし、夕食はトマト、バナナ、クラッカー、コーラで済ますつもりであったのに感激だ。やはり、ホテルはちゃんと管理してくれる掃除婦さんだな、と有り難く思う。
パスポート、VISA・JCBカード、現金の日本円で98、000円、それに帰りのシンガポールの航空券が全てあった。急いで日本にメールを入れた。JCB・BISAの使用停止の解除してもらうように、理香に送信した。日本は深夜だから、朝一番に手続きをしてもらいたいためだ。
 昼、スイスのバリから、電話が入り、今日までのいきさつを、信顕から知らせていたようで知っていた。「スイスにはいつまでもお父さんがいたいだけ、家にいて下さい、またどの駅に何時に着くかわかりますか?」とのことだったたから、「19日の早朝に着けるように行きたいと思うのでよろしくお願いします」
と話しておいた。

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by akinishi1122 | 2010-02-13 19:32 | 旅行 | Comments(0)

ドーバー海峡を渡る

ヨーロッパ自転車の旅へ(33)
8月11日(土)ドーバーを渡る
下宿を6時40分に出た。駅に着いたら7時5分の列車があり、時刻表を調べると、昨日駅員さんにもらった計画より1時間くりあげての時間表で動けることを発見した。これはありがたい。ロンドン着8時、チャーリングストーン駅発8時55分だ。ドーバー着が10時43分になる。
ロンドン・パデントンまでの車掌に「ドーバーに行くにはどの駅がいいですか?」と聞いた。するとビクトリヤ駅だ、という、昨日の案内所ではチャリングクロス駅と言っていたのに、僕が調べた時刻表にビクトリア発→ドーバーとなっているから、果たしてどちらなのか、少々迷ったのだ。車掌が間違うはずがないし、駅に着いた。パデントンの案内所の人も、ビクトリア駅だ、と言うではないか。だが、時刻表を見なおして「いやチヤーリングクロスだな」と訂正する。これは一体どうなっているのだ。
結局チャーリングクロスで間違いない、と決めた。僕の認識は、バッキンガム・ビッグベン、それからテームズ川ぞいに走れば地図をみなくても走れるのである。だが少々遠周りであるから、地元の人に聞いて早道で行こう。と考えたのが間違いであった。というのは、10人ぐらいに聞いたが、半分ぐらいが知らないと答えるし、中には反対の方角を教え、横で聞いてた人が、違う、こっちの方だ、と修正してくれたりした。これで分かったのは、大都会だし、ヨーロッパは人の出入りも激しいから、またロンドンは広いから、そんなに十分詳しくないことがわかった。だから、交通については、駅員でも自分の専門地域でないと間違うことがあることも知る。また、英語は出来ない、という人も2人いたから、沢山の人に聞き、確率の多い方で自分が主体的に判断するのが一番良い方法だと、僕の場合は確信した。聞くほど良い方法はない。聞くのは恥でない。これが今日の収穫だ。
 Charinton 駅に着いたら、見覚えがあり、やはり走りだしてから、30分かかり8時40分に着いた。ドーバーへの出発は9時。駅の構内に入ってきた列車の運転手に、ドーバー行きを聞いても表示テレビを見にいかねば、即返事ができないのだから、僕がもたつくのも当たり前であろう。ホームは5番でありながら、半分前の4輌目より前でないとドーバーには行かないというから、旅は慣れるというより、どんな人に、場面、場面で聞くか、ということのようだ。
オックスフォードを出てから芳子さんに電話をして、Loella 教授が僕のスーツケースを取にきてくれたかを聞いたが、夕方電話があり「パリから18日に帰ってから預かりに行く」とのことだったらしい。
 ドーバーに着いたのが、10時50分ぐらいだった。船内で昼食をとり、日本円をユーロに換金して、レートがどのくらいなのを調べるために、1万円を替えてみた。すると55ユーロになったから、お金を使う時はその2倍ぐらいが日本の価値だと分かる。随分こちらは物が高いのではなかろうか。
フェリーは約2時間弱でフランスのCalais 港に着いた。下船するとき、一番最後に降りたが僕の自転車が無いではないか。聞いたら、下船しなさいというから、持ち出してくれているのかな、と思って外に居る係員に聞いたら、その人が一緒に船内に引返してくれ、乗務員に聞いたら、僕の自転車は3階にあることがわかった。エレベーターで上がって確かにあったが、このフェリーは7階建の船で、僕が探していた階は1階だったことがわかる。乗り込むとき各階ごとにデッキが違い、陸地との差を感じなくて、1階に積み込んだとばかり思いこんでいたことになる。それくらい巨大なフェリーである。
 Calais の街は昨年来たから、今度は一人に聞いただけで駅につけた。まずパリ への時間を聞いたら、約50分の待ち時間があるから、市内へ出た。
するとえらい自動車のクラクションが多いな、と思ったら公会堂でたくさん結婚式があったようで、馬車に乗った新婚さんに、その後ろから10台ぐらいの
お供の車が、フーセンを掲げたり、色つきのテープをたなびかせたりし、クラクションを鳴らしてゆっくりと続いているのである。それが幾組もあるから賑やかである。こんな辺鄙な街にも教会のような高さ50mもある公会堂がある。今日は土曜日だから結婚式が多いのであろう。ちょっと走ったら、パリのオペラ座よりも立派に見える劇場がある。さすがフランスで文化の普及が地方にまで行きわたっているなと思う。また庭園が花盛りでよく手入れされていて、規模も日本の公園と桁が違う規模で華やかだ。
街も賑やかで活気がある。日本の駅前商店街も昔はこんなだったな、と思いながら歩く。街で桃がおいしそうだったから1kぐらいで2・7ユーロというから安いように思う。葡萄も一房かった、桃を立ち食いしたら、非常にうまい。それが6個もある。
列車に乗るために、自転車を階段のスロープで苦労しながら下ろしていたら、青年が手伝いしてくれ、助かったので桃を一つプレゼントした。そしたら、列車への積み込みも手伝ってくれた。だから同じ席に行き御礼に彼のグループの2人にも桃や葡萄を食べてもらった。そこで話が始まり、彼らはロンドンから同じフェリーで来たらしい。ロンドン大学の学生らしいから、「僕の知人がロンドン大学の教授だが」と名刺を見せたが、学部が違うから、知らないという。そんなことで、話がはずみ、彼らの名前を日本の漢字でこじつけて書いてやり、その漢字の意味を解説してゲームみたいに遊んだ。例えばDAVEデーブ君には「出部」と書き「日本ではデブというのは丸まる太った人という意味だ」NORMANというように君には{「のろあ」といって、役たたずの人だ}面白く女性のCHARLOTTEには「洒落手」とお洒落の人と解説して遊んでいるうちに、ブローニアに着き、僕が乗り換え時には荷物や自転車を下ろすのに手伝ってくれて別れた。
 15分してパリ行きに乗り換えたら、僕が自転車を整理していたら、「煙草もってないか?」と若い25歳ぐらいの青年、僕が日本人とみて、空手をやっている、と言って、僕にもつれてきて、足を内股掛けを仕掛けてくる。こちらはせわしいのに、こいつ変体ではないかと思うくらいしつこく絡んでくる。僕は自転車から荷物を解くのに手間どっていると、また絡んでくるから、大声でうるさい!と言ったら消えていった。
列車は空いていて自転車置き場も僕だけしか乗っていないほどだ。隣の6席部屋に一人だけ乗っているのはスイス人の建築デザイナーといっている。2週間の休暇でイギリス、フランスを旅しているという。スイスに行くのだったら、見所はここが良いと4ヶ所ばかり、地図と駅名にしるしをつけてくれた。自分もユーレルパスを使っていて、僕にヨーロッパのユレルパスの大きな地図をくれた。役にたつから有り難い。
暫くしてサイクリングからの帰りのフランス人の青年が乗ってきた。僕がパリの宿泊先を示して「どの駅で降りたが便利か?」と聞いたら、彼もスイス人もかなり英語ができる。だから3人で話だした。彼も自転車だから、「僕の帰り道だし、一緒に探してやるから、私についてきなさい」と下車してから、走りだした。僕のホテルはシャンゼリゼ通りの近くで、凱旋門も近くだ。「ホテルは高いだろう?」と言うから「いやあ、学校で安いところを探してくれたから、高くないはずだ、45ユーロです」といったら、「それは安い、シャンゼレゼで、凱旋門の近くに、なかなかそんなのはないよ」と評価してくれた。
パリ駅から、オペラ劇場を通り、凱旋門まできた。ここは、昨年自転車で走ったから、大方見覚えがあったが、なかなか遠い、おそらく4k以上は走ったのではないか。気付いたのは、フランスに入ってから、自転車は右側通行になっている。そこを、彼の後について走った。僕を振り返りながらである。フランスはイギリスよりも自転車道に石のブロックが多い。土曜日、夜8時過ぎとあって、人通りが少ないから走りやすかった。だが、やはりシャンジェリゼ通りはさすが人混である。
30分以上は走ったと思う。凱旋門の近くになったが、こまかい番地はやはり、道沿いの店で聞き、ホテルに到達した。同じ様な建物ばかり、しかも人が歩いていないから、彼が居なかったら僕だけでは、果たして探し当てれたかどうか。もう彼について走るだけで汗びっしょりだ。彼も苦労しながら、探してくれるのだから、僕は感謝しながら、一生懸命について走った。
 ホテルに着いたら9時前になっていた。部屋に荷物を置いて、こんなに遅くなり、しかも探すところまでしてくれたので、夕食を食べてもらうように、ホテルの前で待ってもらい、すぐ前に日本料理店があったので入った。彼はしきりに辞退したが、それでは、僕の気がすまない。どうしても一緒に付き合ってくれ、と半分無理やりにたのんでつきあってもらった。
 この店の主人は長崎の福江出身だそうだ。ここに来てもう40年になるという。71歳らしい。僕等以外はすべてフランス人で6人ほどが、寿司など食べていた。もう日本料理がすっかり定着しているようで、結構流行っている感じである。
 最初にカブラ大根の酢漬け、次が豆腐、そして、にぎりの盛り合わせ、最後に味噌汁であった。彼も美味しいといって、ビールもお互いに2本のんだ。 日本料理づくしで、僕も久し振りで日本味を楽しんだ。彼は映画・テレビのドッキュメンタリーの製作者らしい。35歳だが、まだ未婚という。黒澤明、溝口小津安二郎監督などの作品も観たという。父が65歳、母が61歳、姉がいるが結婚して姪が2人いることなど話ながら食事ができた。「もし貴方さえよければ、月曜日にパリを案内してもいいですよ」とまで言ってくれた。僕は地方へ出かける積もりでいるから、辞退しておいたが、なかなか良い青年に合えてよかった。支払いは75ユーロだから、かなり高いが、それよりも、感謝でそれ以上の気持ちでいる。「日本へ是非遊びにきなさい」とメールの交換もした。

フランス人ドキュメンタリー製作者
スイス人 インテリアデザイナー

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by akinishi1122 | 2010-02-13 19:30 | Comments(0)

ダブリン市内観光

ふたたびのオックスフォード(28)
理香に電話繫がる 8月5日(日)ダブリン市内観光
朝から雨だ。ホテルの主人が、近くに駅があるが10分で行けると教えてくれた。雨だから自転車は止めた。ビニールのカッパを着て歩いていると、婦人が一人だけ通りかかったから、駅を聞いてみると、自分も途中までもその方向に行くからと、一緒に歩いてくれた。そして、暫く歩いたら「私はここから右へ曲がるから、この傘をさしていきなさい」という。大雨のなかで、自分の傘を僕に上げるというではないか。それでは彼女が濡れるのに、頂くわけにはいかないではないか。ここは無理にでも辞退した。親切な人もいるものだ。見知らぬ人だし、貸すのでなく、プレゼントするということである。大感激であった。「真っ直ぐ行ってすぐ左に曲がりなさい」と指示してくれて別れていった。
沢山の角があるから、何処で曲がるのかがまた大雨のなかで迷う。そして自動車を3台ぐらい手を振って止めようとするが、止まってくれない。4台目が止まってくれ、[すぐ近くだが乗りなさい]と助手席に乗せてくれた。200mぐらいだったが、大雨だから、ありがたかった。人間はどこにも親切な人がいるものだ。僕も日本で、こんな心を持たねばならないな。
駅に着いたから、今日からユーレルパスを使おうと、駅員さんに開始のスタンプと有効期限の日付を記入してもらおうと頼んだら、「大きな駅でないと出来ない」と言われ、キップは買つていないのに、乗りなさい、と改札を通してくれた。これも親切である。無賃で乗せてくれるのだから、駅員の業務としては正しくないのだから、その心がうれしい。
日曜とあって、僕以外は二人しか乗る人はなかった。大雨だから、今日の予定はどうしようと考え、時刻表を持った中年の男性に「観光のためには、どちらの方向が良いだろうか?」と聞いたら、「市内の観光バスに乗ったほうがいいだろう」と提案してくれ、「私についてきなさい、乗り場を教えてやる」というのだ。僕らが話していると、隣にいた婦人が話しの中にはいってきて、二人で相談しはじめた。昨日降りたフェリーポート駅をどんどんすぎて行く。二人で僕に勧める観光プランを相談していて、観光推奨地を4箇所ばかりメモし、「これを示して観光したらいいよ」とプランまで作ってくれた。
下車するときも、自分の後に僕をつけて出してくれた。次の市内バスでは、運転手に僕のことを色々説明してくれているようだ、バス賃も払わなくていいという。運転手は下車するときもお金の請求はしなかった。この人は僕のことを何と説明してくれたのであろう。この二人は市内観光バスの発車場を教えてくれ、ここで降りなさいといったが、自分たちはまだバスに乗ったまま、僕だけおろした。自分の持っていた列車の時刻表も僕にくれて、「貴方の乗った駅はここで、今度帰る駅はここから乗りなさい」と時刻表の見方まで教えてくれた。こんなたくさんのメモで、また分からなかったら誰かに聞きなさい。ということである。
この親切はどこから生まれてくるのだろうか。僕は合う人ごとに親切にしてもらえるのだが、僕を老人として見るためなのか。英語がたどたどしいためなのか。日本人のためなのか。あるいはアイルランド人の国民性なのか。またこの全てを含んでいるのかもしれない。一人旅の良さというのはこんなことの連続だから良いのである。この二人を乗せたバスに深々と頭を下げたくなった。
2階だての観光バスだが、大雨だから、屋根なしの2階での展望はできない。日本人用の日本語案内イヤホンがあるから助かった。8種類の言葉があるから、英語も含めると9カ国の観光客が多く来るということだろう。
ナポレオンがここまで侵入してきたとき、打ち破った戦勝の記念碑や、その時戦死した人々をメモライズしてあるのは、国を守ってくれた尊敬の心であろう。またイギリスから独立した時の戦士の墓も特別に区画されてある。原住民もいたようであるが、いまはほとんど同化されてあまり問題はないようである。議会や首相もイギリス人であったりイギリスと兼任したりしてジグザグの歴史があるみたい。高校をアイルランドで出て、大学はオックスフォードやケンブリッジなどに進学するケースも多いというし、言葉も英語だし関係は密接のようだ。オーストラリアやニュージランドみたいなイギリスの産業の発展と植民地政策での統治され、後になってそれぞれ独立した連邦の国家であろうかと自己流に判断している。
産業革命時代の1800年代にアイルランドとしての個性が出来たのだろうか。ギネスというビール工場で降りたのは現地のビールを飲んでみたかったのが主な理由だった。20階ぐらいのところに市内の展望できる場所がつくられているから、ほぼ全域が理解できた。ビールも大ジョッキーでのサービスがある。黒ビールで麹の臭いがする。一口は美味いと思うがあとは変わらない。入場料が8・5ユーロであった。市内観光では何回も下車できたから、中央駅でユーレルパスの使用開始日と終了日の10月4日の記入をしてもらった。
イギリスでは携帯電話が「圏外」とでるが、ここではよく通じる。理香に何回も掛け、スイスのバリから19,20日が休暇だから都合がいいとメールがきているらしい。だからその日に寄せてもらうことを理香に伝えたら、スイスに電話してくれ、バリからすぐ僕に電話がきた。何回も僕に電話してるみたいだが、イギリスは通じないようであった。今度は列車で行くことも伝え、時間はまたあとで連絡することにした。理香には学校が終わったらフランスに1週間ぐらいいて、スイスに入る計画でいることを伝えておいた。
これでバリ宅を訪問する日程が決まり、あとは列車の時間を知らせるだけとなった。
観光バスの運転手にフェリーの駅は何処で降りたらいいかと聞いたら、「20番で下車したら歩いていける」というから歩きに歩いてもなかなかみつからない、フェリーの港はいくつもあるということが分かり、僕はとんでもないところに来ているらしい。だからタクシーに乗った。すると非常に遠いことがわかった。20分ほどもかかって僕のフエリーに着いた。料金は17.92ユーロだ。財布から10と5ユーロ紙幣をだしてあと小銭を探したが無いから、50ユーロ紙幣を渡そうとしたら、「15ユーロだけでいい」と2,92をサービスしてくれた。こんな大金をサービスとは。この人は歩合だろうに、気の毒だった。またも感激である。今日は感激いっぱいの日だった。
ダブリンは小さな街だと勝手に思いこんでいた。フェリーボート乗り場が市の中心と思い、たいしたこと無いとの錯覚だった。郊外であったため色々のドラマも出来たわけであった。
ダブリンの人口は140万人だから大都市であるし首都でもある。アイルランドでは列車に自転車が積めないことで、ここからの横断もかなえられなかった。
ギネスのビール工場で、理香、信顕、由希、きあら、まなのTシャツを土産に買った。アイルランドのネームが入ったので、これにした。

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by akinishi1122 | 2010-02-13 19:23 | 旅行 | Comments(0)