カテゴリ:社内新聞( 76 )

社内新聞

第5322号 日々新聞  2014年9月1日(月)
子どもの眼
ゆかりちゃんの日記

留守番
一人で留守番していたら、ドアのベルがなったので
出てみると
知らない男の人でした
「お母さんは」
「今、おりません」
「そう。君何年生」
「6年生です」
「ちょうどいい。ちょっと聞いてね。
今から、これを使って勉強しておいたら来年中学へ
入ったとき、英語のテストはキット100点まちがいなし」
「君からも、御母さんにすすめて、買ってもらうように
しようね」
といって、出ていきました。
いつもお母さんが
「もしお母さんがおっても、何か売りに来た人だっ
たら、るすだ。と言ってね」
とゆうのも、
無理はないと思いました。


もてる女

1年 こめはなまさこ

3年3組の男の子が
「おまえちょっとこい」といいました
わたしはなぐられるのかな とおもいました
そしたら 「おまえがすきや」とこくはくされました
わたしは「えっ」とびっくりしました
わたしには せとくんという人がいるんだから
もてる女はつらいな




第5323号 日々新聞  2014年9月2日(火)
子どもの眼から学ぶ

ひみつ  1年 すぎやまかおり

がっこうで まりおねちゃんが
みんなにチョカレートをくれました
せんせいが チョコレートをもらったことを
よそのクラスの子に いったらあかんでといいました
かえるとき みんなでチョコレートのことを
こそこそばなしをしながらかえりました
よそのクラスのひとにあうと
しゃべりたくなるので
あわないようにいえにしてかえりました
いえにかえっておかさんに
大きいこえでいったら
すっとしました
ひみつをまるってしんどいね


けっこん 

一年うつみ ようすけ

おとうさんとおかあさんが
つきあっているとき
ちょっとしたことでけんかがありました
そのときおかさんは
さきにいえにかえってしまいました
するとだいぶたってから
おとうさんがバラをもって
おかさんにあいにきたのです
たんじょうびの日でした
それから
おかさんは
おとうさんがやさしいひと
とおもってけっこんしました
おかさんは
バラのはなにまけました。


第5324号 日々新聞  2014年9月3(水)
子どもの眼に学ぶ
マンガだってりっぱな本
5年  則康
僕はマンガが大好きです。でもお母ちゃんも姉ちゃんも
「マンガなんかつまらない。やめとき」
といっておこります。
姉ちゃんが
「マンガなんてでたらめなことばっかりやないか。
なにがおもしろいのや。同じ読むなら、名作マンガ
にすれば勉強になるから、まだましやが・・・」
と言った。
マンガは、でたらめやからおもしろいんや。エイッと気合一つで、
大あばれしている怪物をやっつけることだってできる。
ぼくにできないことが、マンガの主人公になったらできる。
そこがマンガのおもしろいところだ。


おはよう
司君の日記

このごろ僕は8時30分に学校につく。
するといつもおばちゃんが掃除おしている。
僕は最近
「おばちゃん、おはよう。ありがとう」と言う
そしたら
「おはよう。あんたら、いい子やなあ」と言ってくれる。
僕の心は晴れ、さわやかになる。




第5325号 日々新聞  2014年9月4(木)
【第20回】社員と共に成長してこそ会社の未来が拓ける (有)山形E旅 代表取締役 金田 史生氏(山形)(2014.09.03)
(有)山形E旅 代表取締役 金田 史生氏(山形)
 金田史生氏((有)山形E旅社長、山形同友会会員)は、大手食品メーカーの営業を経て、2002年に実弟と旅行代理店を創業しました。一緒に業務にはげんできましたが、なかなか業績は思うように伸びず、仲良し兄弟だった二人の間にはいつしか溝が生じました。社内はトップが二人いる状態で険悪なムードとなり、社員が次々と退職。新しい社員を採用しても辞めていくという繰り返しに、「なんで俺の言うことが分からないんだ」と悩んでいた2007年、山形同友会に入会します。
良い会社にしたいと経営指針を作成
 悪循環が続く中、金田氏は中同協定時総会で社員教育をテーマにした分科会に参加しました。そこで「経営指針書をつくって社員の定着が良くなった」という報告を聞きます。さっそく翌年2010年、「良い会社にしたい」と山形同友会の経営指針作成セミナーに申し込みました。
 セミナーでは経営者の責任を厳しく問われ、会社の存在意義や目的も考えずやってきた自分を見つめ直す機会となりました。これでは社員がついてきてくれるわけがない。経営がうまくいくはずがない。すべては自分が招いてきた結果ということに気づきます。
 それから社員・お客様・取引先・地域のことを考えて半年をかけて経営指針書を作成。それをもとに、自らの思いを社員に語り、本気で改革に取り組みました。
危機の中で新卒採用
 同じ方向に向かって会社が歩み出したある日、求人を出していたハローワークからの紹介で、大学四年生のSさんが応募してきました。創業以来、中途採用で人材を確保していたので、時間がかかり、先行投資となる新卒の採用には迷いがありました。それでも先輩経営者の「新卒はいいよ。じっくり育てると会社を強くする」という話を耳にしていたことから、インターンシップを経て、採用を決めました。
 ところが、入社直前の3月11日に東日本大震災が発生。翌日からキャンセルの電話が殺到し、半年間の売上を失うという事態に直面しました。売上の見通しがまったく立たず、廃業するか、会社を継続するかの選択を迫られます。「眠れない日々を過ごしていたとき、社員一人ひとりの顔が浮かんだ」と金田氏は言います。「この社員たちと一緒にもっと仕事をやっていきたい」と継続を決意し、経営指針書を持って銀行に行き、新たな借入を起こして、社員とともに危機を乗り越えました。
 予定通り4月に入社したSさんは、3日に1回の出勤で、「先輩たちがキャンセルの手続きに追われている姿を見ても何もできない自分がとてもつらく、不安だった」と、当時を振り返ります。
新入社員を迎えることで成長
 仕事が回復してくると、今度は時間がかかるのを覚悟して採用したはずなのに、声が小さく、おとなしいSさんに対して「なんでそうなの?」という思いがわいてくるようになりました。はじめての新卒採用に葛藤しながら、自分が新入社員だったころ、「声を出して元気よく」と先輩たちに何度も言われていたことを思い出しました。自信がないから声が小さくなるわけで、ゼロからのスタートだから分からなくても当たり前と思うようになってから、怒られても頑張っている芯の強さを持ったSさんの姿が見えてきました。
 現在4年目になったSさんは、営業に添乗に毎日、忙しく働いています。そして今年、新卒の新入社員が入り、教育係を担当しています。Sさんは慣れてきた仕事一つひとつに対して質問されることで、何のためにするのかを再確認しながら教えています。「これは自分の仕事を見つめ直す機会となって、自らの成長にも役立っています」とSさん。また、新入社員とっては一番身近な先輩からいろいろアドバイスをもらえることで、自分の近い将来を描きやすくなります。
 金田氏は、「後輩に聞かれて分からないとは言えない。覚えさせるというのは大変なこと。教えることで、自らの立ち位置が分かってくる。みんなが新入社員と関わることで、そういう体験をしながら成長していくことを実感している」と言います。
新卒採用で理念型経営をめざす
 同社では新入社員研修はもちろんのこと、同友会が主催するさまざまな研修に社員も参加しています。これには金田氏の「ずっと会社にいてほしいが、結婚などいろいろな事情があって他社で働くことになっても“あなたはすごい”と言われるように、自らの人生のためにいろいろなことを身につけてほしい」という思いが込められています。
 「中途採用は売上のための即戦力。新卒採用は社会人としての教育から始まり、時間はかかるが、3年で大きく成長する。社員の成長がなければ会社の未来はない。理念型経営には新卒採用の社員の定着が必要。経営指針書に採用計画をしっかりと盛り込み、3年ごとの新卒採用を考えている。すべての社員が会社の存在意義を話せるように、じっくり時間をかけて育てていきたい」と、明るい雰囲気の会社で金田氏は語ります。
経営理念
私たちは、旅への想いを大切に “いいたび”でご提案いたします。
私たちは、地域の魅力を伝える “架け橋”となります。
私たちは、幸せになるために 働く喜びを追求します。

第5326号 日々新聞  2014年9月5(金)
子どもの目に学ぶ

お母さん
          5年生 誠君の日記

この前の日曜日、お父さんとおかあさんと弟の4人で、
泉北ニュータウンへサイクリングに行った。
でもお母さんが
「ここは危ない」
「この坂道は急だからしんどい。やめとこ」
「もう遅いから、展望台と考古資料館は行かないで帰ろう」
というので、結局どこへも行かないで帰って。
すごくつまらなかった。

ありがとう
4年 哲夫ちゃんの日記

学校へ行く時、
郵便局をまがった所で、
70歳ぐらいのおばあさんが、
いつもきまって、家の前の道をそうじしています。
ていねいにみぞのすみずみまで
はいて、水をまいています。
よう、いやにならへんな、
ぼくやったら、1週間もつずけへんのにと
思います。僕はいつも、
そのおばあさんのよこを通る時、
「ありがとう」といおうと思うのですが、
はずかしくて言えません。
だからしらんかおをして通っています。
でも、もし「ありがとう」と言ったら、
どんなかおをするだろうか、と思います。

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by akinishi1122 | 2014-09-08 09:14 | 社内新聞 | Comments(0)

子どもの詩に学ぶ

第5322号 日々新聞  2014年9月1日(月)
子どもの眼
ゆかりちゃんの日記

留守番
一人で留守番していたら、ドアのベルがなったので
出てみると
知らない男の人でした
「お母さんは」
「今、おりません」
「そう。君何年生」
「6年生です」
「ちょうどいい。ちょっと聞いてね。
今から、これを使って勉強しておいたら来年中学へ
入ったとき、英語のテストはキット100点まちがいなし」
「君からも、御母さんにすすめて、買ってもらうように
しようね」
といって、出ていきました。
いつもお母さんが
「もしお母さんがおっても、何か売りに来た人だっ
たら、るすだ。と言ってね」
とゆうのも、
無理はないと思いました。


もてる女

1年 こめはなまさこ

3年3組の男の子が
「おまえちょっとこい」といいました
わたしはなぐられるのかな とおもいました
そしたら 「おまえがすきや」とこくはくされました
わたしは「えっ」とびっくりしました
わたしには せとくんという人がいるんだから
もてる女はつらいな




第5323号 日々新聞  2014年9月2日(火)
子どもの眼から学ぶ

ひみつ  1年 すぎやまかおり

がっこうで まりおねちゃんが
みんなにチョカレートをくれました
せんせいが チョコレートをもらったことを
よそのクラスの子に いったらあかんでといいました
かえるとき みんなでチョコレートのことを
こそこそばなしをしながらかえりました
よそのクラスのひとにあうと
しゃべりたくなるので
あわないようにいえにしてかえりました
いえにかえっておかさんに
大きいこえでいったら
すっとしました
ひみつをまるってしんどいね


けっこん 

一年うつみ ようすけ

おとうさんとおかあさんが
つきあっているとき
ちょっとしたことでけんかがありました
そのときおかさんは
さきにいえにかえってしまいました
するとだいぶたってから
おとうさんがバラをもって
おかさんにあいにきたのです
たんじょうびの日でした
それから
おかさんは
おとうさんがやさしいひと
とおもってけっこんしました
おかさんは
バラのはなにまけました。








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by akinishi1122 | 2014-09-02 16:47 | 社内新聞 | Comments(0)

8月28日

第5320号 日々新聞  2014年8月28日(木)
東京文化堂スーパー 後藤せき子の言葉
売ることに夢中になれば、アイデアは湧いてきます
お客様のニーズに応えるためには、全従業員一人一人がじぶんの売り場で、工夫や研究を毎日続けなければなりません。売ることに夢中になるのです。すると次々にアイデアが湧いてくるはずです。ヒントは必ず現場にあります。目の前でおきていること、耳にしたほんの一言、それを売ることにむすびつける習慣を持てば、必ず新しい工夫につながります。
昭和48年に起きたオイルショックの際、仕入れ先に行った私は、「これはたいへんなことになる」と察知し、御菓子半年分の「仕入発注と同時に、トイレットペーパーも大量に仕入れました。問屋の社長さんには「こんなにたくさんの発注は、他の店では受けないけれど、文化堂さんだったら大丈夫だから売るよ」といってもらえました。この時ほど信用の大切さを感じたことはありません。その後、巷ではトイレットペーパーの値上がりが激しくなりましたが、文化堂は在庫を確保していたので、そんなに値上げしなくてもすみました。それでお客様からの信用もうることができました。
文化堂はオイルショックで儲けさせてもらい、そして信用もかちえたのでした。
御菓子問屋の時代、他店に先駆けて、袋ズメの御菓子を販売して大当たりしました。お客様をみていて、量り売りはお客様にとっては面倒くさいのではないか、と感じたからです。
お客様をみていたら、アイデアはたくさんでてきます。

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by akinishi1122 | 2014-08-29 04:26 | 社内新聞 | Comments(0)

社内報

第5284号 日々新聞  2014年7月3日(木)
「戦争する国、集団的自衛権」
毎日御新聞社説 2
政府が与党協議で集団的自衛権の行使が必要として示した、米艦防衛や機雷掃海など8事例の検討は、その答えに成るはずだった。ところが個別的自衛権や警察権で対応可能という公明党と政府・自民党との溝が埋まらなかったため、与党協議は、事例の検討を途中放棄し、閣議決定になだれこんだ。請求な議論の背景には、自公両党とも大型選挙の無い今のうちに決めたいという党利党略があったとみられる。
昨年の秘密保護法の制定、今春の武器輸出三原則の緩和とあわせて、日米の軍事的一体化を進める狙いもあったとみられる。これほど重要な問題なのに結論ありき論議は深まっていない。今回の決定は限定的といっているが、実際には歯止めをどう解釈するかは時の政権にゆだねられる。自衛の措置としての三要件は国民の権利が根底から履えされることは明白だ。
このように与論むし、国民無視、憲法無視がこの集団的自衛権の閣議決定である。

第5285号 日々新聞  2014年7月4日(金)
戦争の実体
戦没者の過半数は餓死だった

第2次世界大戦(日本にとってはアジア太平洋戦争)において、
日本人の戦没者数は310万人、その中で、軍人軍属の戦没数は230万人とされている。

敗戦直後の1945年9月、東久邇内閣が発表した陸海軍人の戦没者数は50万7,000人に
すぎなかったが、調査がすすむとともにその数が増えつづけ、
1977年に厚生省が明らかにした数字では、「軍人・軍属・准軍属」の戦没者230万人、
外地での戦没、一般邦人30万人、内地での戦災死者50万人、計310万人となっている。

なお調査や遺骨収集はつづいており、正確な数は依然として明らかにされていないが、
現在では、日本軍人の戦没者230万人というのが、政府が明らかにしている概数である。

この戦争で特徴的なことは、日本軍の戦没者の過半数が戦闘行動による死者、
いわゆる名誉の戦死ではなく、餓死であったという事実である。

「靖国の英霊」の実態は、華々しい戦闘の中での名誉の戦死ではなく、
飢餓地獄の中での野垂れ死にだったのである。

栄養学者によれば、飢餓には、食物をまったく摂取しないで起こる完全飢餓と、
栄養の不足または失調による不完全飢餓があるとされている。

この戦争における日本軍の戦闘状況の特徴は、補給の途絶、現地で採取できる食物の
不足から、膨大な不完全飢餓を発生させたことである。そして完全飢餓によって起こる
餓死だけでなく、不完全飢餓による栄養失調のために体力を消耗して病気にたいする
抵抗力をなくし、マラリア、アメーバ赤痢、デング熱その他による多数の病死者を出した。

この栄養失調に基づく病死者も、広い意味で餓死といえる。
そしてこの戦病死者の数が、戦死者や戦傷死者の数を上回っているのである。

戦死よりも戦病死の方が多い。

それが一局面の特殊な状況でなく、戦場の全体にわたって発生したことが、
この戦争の特徴であり、そこに何よりも日本軍の特質をみることができる。

悲惨な死を強いられた若者たちの無念さを思い、大量餓死をもたらした日本軍の責任と
特質を明らかにして、そのことを歴史に残したい。

第5286号 日々新聞  2014年7月7日(月)
若者の血を流させるのか
元朝日新聞コラミニスト 早野透
「安倍さんズルしちゃいけない」といいたい。集団的自衛権の行使を認めることは、戦後69年間戦争はしないとしてきたものを、戦争ができると変えるわけだから、戦後政治の根幹を変えることになる、防衛論、安全保障論だけの話じやない。広く深く全国民で議論すべきです。
 憲法解釈を変えても、実際戦争に行くのは、安倍さんでもなければ、我々昭和の年配者たちでもない。僕が大学で教えている学生たちは湾岸戦争(1991年)以後に生まれた世代です。次の戦争に行くのは彼ら以下の世代ですよ。
だから最低限この18歳以上の若者たちひとりひとりに「あなたたちは戦争で血を流す覚悟がありますか」と国民投票で問い。是非を決めるべきなんです。
 政府自民党の中で、よく「湾岸戦争で自衛隊をだせなかったことがトラウマになっている」といわれてきました。その当時の首相だった海部俊樹氏がテレビ番組に「でていました。米ブッシュ元大統領から「自衛隊を出してくれ」といわれたが、「憲法9条があるから出せない、それがアメリカが与えてくれた国是ではないか」と断った。
しかも、後藤田正晴元官房長官が首相執務室に座りこんで「どんな立派な防波堤でもアリが穴を空けたら、水がチョロチョロ出ていずれ崩れる。アリの一穴をやっちゃいけない」と迫ったという裏話もしていました。
元幹事長の古賀誠さんや、加藤紘一さんという自民党の重鎮といわれたひとたちが次々と発言し、戦後の自民党を支えた保守主義は戦争はしないその分経済に力をいれみんなで幸せになるというものです。
閣議決定は強行されましたが、逆にここからが大事です。国民的議論はやっとはじまったところです。保守の人達、地方議会、自衛隊関係者らからも反対の声があがっています。さらに大きな世論で安倍政権を包囲すべきです。

第5287号 日々新聞  2014年7月8日(火)
集団的自衛権の怖さ
戦争には歯止めはきかない  脚本家  倉本 聡

僕は政治に詳しくなおないが、憲法がかかげる大事な問題を閣議決定後に国会で論議すりするというのはどう考えても順番がおかしいでしょう。脚本家は、脚本を書く時(もしも)をいくつも考ええます。現実に起きることは、複雑だからです。でも安倍首相があげる集団的自衛権の行使の事例はあまりにも現実への想像が足りない。「行使は限定的」というが、はじまったら歯止めがきかないのが戦争です。これではどこまでも拡大解釈出来ます。戦時中、僕は小学の時学校で配属将校が「特高へ志願する物は一歩前へ出よ」といいました。皆前へ出て、僕もでました。でなかったのは2,3人です。そのれんちゅうに「ひきょうもの」という声があびせられました。でも本当の「勇気はどちらにあったのか。69歳以下の人はみな戦争を肌でしりません。人間は殴られたら殴り返す、自制できないいきものです。だからこそ愚直に憲法9条を守ることで戦後70年、血を流さないできた。この国是を一変の閣議決定で変えるのはあまりにも拙速です。



第5288号 日々新聞  2014年7月9日(水)
反対の声を立法で示そう
ノーベル賞作家 大江健三郎

私が12歳からもっとも大切に思っていた言葉は憲法でした。平和主義と民主主義がじぶんの世界で一番大切なものとなりました。戦争いって殺されることなく生きていける。
じぶんの好きなことを発言して仕事ができるということでした。私は全ての根本になるのは、憲法だと思っています。安倍首相は憲法の前文をひきながら、集団的自衛権の行使容認をやるんだといいます。
憲法9条を否定するために、憲法前文を使うという、言葉に対する、文章にたいする裏切りです。
希望はどこにあるか。法律の専門家がいうように、議会では個別の立法が必要となり、その一つ一つで正義の声を発することができる。
今日ゆきあった官邸デモの女性たちはいきいきして励まされました。
なんとか押し戻そう。

戦争をさせない1000人委員会での記者会見で

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by akinishi1122 | 2014-07-09 07:03 | 社内新聞 | Comments(0)

社内報

第5283号 日々新聞  2014年7月2日(水)
「戦争する国になる閣議決定に反対する」
毎日新聞7月1日社説(1)
「集団的自衛権」安倍政権は1日集団的自衛権の行使容認を柱とする憲法解釈を閣議決定する。
憲法はアジヤや日本でおびただしい数の犠牲者を出した戦争の反省から、9条で海外での武力行使を禁じてきた。閣議決定はその憲法9条を根幹から変え「自衛の措置」の名のもと自衛隊の海外での武力行使を認めることを意味する。
国のかたちまでかえてしまいかねない、戦後安全保障政策の大転換だ。
これは解釈変更による憲法9条の改正だ。このような解釈改憲は認められない。わたしたちは閣議決定に反対する。
解釈改憲は認められぬ。
安倍政権がこれほど転換をするのなら、一内閣の判断でできる閣議決定ではなく、憲法9条の改正を国民に問うべきだ。
そもそもいまなぜ集団的自衛権の行使容認が必要なのか。自衛隊員はじめ国民の命にかかわる問題であり、安倍政権にはまずしっかりした理由の説明が求められるはずだ。
だが安倍首相は安全保障環境の変化で国民に命と暮らしを守るため、集団的自衛権の行使容認が必要としかいっていない。
何故その方法が集団的自衛権でなければならないのか。現在の憲法解釈のもと、個別的自衛権の範囲内で安保法制を整備するだけではたりないのか。そうゆう疑問への納得できる説明はいまだにない。


第5284号 日々新聞  2014年7月3日(木)
「戦争する国、集団的自衛権」
毎日御新聞社説 2
政府が与党協議で集団的自衛権の行使が必要として示した、米艦防衛や機雷掃海など8事例の検討は、その答えに成るはずだった。ところが個別的自衛権や警察権で対応可能という公明党と政府・自民党との溝が埋まらなかったため、与党協議は、事例の検討を途中放棄し、閣議決定になだれこんだ。請求な議論の背景には、自公両党とも大型選挙の無い今のうちに決めたいという党利党略があったとみられる。
昨年の秘密保護法の制定、今春の武器輸出三原則の緩和とあわせて、日米の軍事的一体化を進める狙いもあったとみられる。これほど重要な問題なのに結論ありき論議は深まっていない。今回の決定は限定的といっているが、実際には歯止めをどう解釈するかは時の政権にゆだねられる。自衛の措置としての三要件は国民の権利が根底から履えされることは明白だ。
このように与論むし、国民無視、憲法無視がこの集団的自衛権の閣議決定である。

第5285号 日々新聞  2014年7月4日(金)
戦争の実体
戦没者の過半数は餓死だった

第2次世界大戦(日本にとってはアジア太平洋戦争)において、
日本人の戦没者数は310万人、その中で、軍人軍属の戦没数は230万人とされている。

敗戦直後の1945年9月、東久邇内閣が発表した陸海軍人の戦没者数は50万7,000人に
すぎなかったが、調査がすすむとともにその数が増えつづけ、
1977年に厚生省が明らかにした数字では、「軍人・軍属・准軍属」の戦没者230万人、
外地での戦没、一般邦人30万人、内地での戦災死者50万人、計310万人となっている。

なお調査や遺骨収集はつづいており、正確な数は依然として明らかにされていないが、
現在では、日本軍人の戦没者230万人というのが、政府が明らかにしている概数である。

この戦争で特徴的なことは、日本軍の戦没者の過半数が戦闘行動による死者、
いわゆる名誉の戦死ではなく、餓死であったという事実である。

「靖国の英霊」の実態は、華々しい戦闘の中での名誉の戦死ではなく、
飢餓地獄の中での野垂れ死にだったのである。

栄養学者によれば、飢餓には、食物をまったく摂取しないで起こる完全飢餓と、
栄養の不足または失調による不完全飢餓があるとされている。

この戦争における日本軍の戦闘状況の特徴は、補給の途絶、現地で採取できる食物の
不足から、膨大な不完全飢餓を発生させたことである。そして完全飢餓によって起こる
餓死だけでなく、不完全飢餓による栄養失調のために体力を消耗して病気にたいする
抵抗力をなくし、マラリア、アメーバ赤痢、デング熱その他による多数の病死者を出した。

この栄養失調に基づく病死者も、広い意味で餓死といえる。
そしてこの戦病死者の数が、戦死者や戦傷死者の数を上回っているのである。

戦死よりも戦病死の方が多い。

それが一局面の特殊な状況でなく、戦場の全体にわたって発生したことが、
この戦争の特徴であり、そこに何よりも日本軍の特質をみることができる。

悲惨な死を強いられた若者たちの無念さを思い、大量餓死をもたらした日本軍の責任と
特質を明らかにして、そのことを歴史に残したい。

第5286号 日々新聞  2014年7月7日(月)
若者の血を流させるのか
元朝日新聞コラミニスト 早野透
「安倍さんズルしちゃいけない」といいたい。集団的自衛権の行使を認めることは、戦後69年間戦争はしないとしてきたものを、戦争ができると変えるわけだから、戦後政治の根幹を変えることになる、防衛論、安全保障論だけの話じやない。広く深く全国民で議論すべきです。
 憲法解釈を変えても、実際戦争に行くのは、安倍さんでもなければ、我々昭和の年配者たちでもない。僕が大学で教えている学生たちは湾岸戦争(1991年)以後に生まれた世代です。次の戦争に行くのは彼ら以下の世代ですよ。
だから最低限この18歳以上の若者たちひとりひとりに「あなたたちは戦争で血を流す覚悟がありますか」と国民投票で問い。是非を決めるべきなんです。
 政府自民党の中で、よく「湾岸戦争で自衛隊をだせなかったことがトラウマになっている」といわれてきました。その当時の首相だった海部俊樹氏がテレビ番組に「でていました。米ブッシュ元大統領から「自衛隊を出してくれ」といわれたが、「憲法9条があるから出せない、それがアメリカが与えてくれた国是ではないか」と断った。
しかも、後藤田正晴元官房長官が首相執務室に座りこんで「どんな立派な防波堤でもアリが穴を空けたら、水がチョロチョロ出ていずれ崩れる。アリの一穴をやっちゃいけない」と迫ったという裏話もしていました。
元幹事長の古賀誠さんや、加藤紘一さんという自民党の重鎮といわれたひとたちが次々と発言し、戦後の自民党を支えた保守主義は戦争はしないその分経済に力をいれみんなで幸せになるというものです。
閣議決定は強行されましたが、逆にここからが大事です。国民的議論はやっとはじまったところです。保守の人達、地方議会、自衛隊関係者らからも反対の声があがっています。さらに大きな世論で安倍政権を包囲すべきです。

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by akinishi1122 | 2014-07-07 15:21 | 社内新聞 | Comments(0)

社内新聞6月27日

第5280号 日々新聞  2014年6月27日(金)
私は頭が良いわけではない。ただ人よりも長い時間、問題と向き合うようにしているだけである
アインシュタイン

天下のアインシュタインが上のような気持ちで生きていて、20世紀の最大の頭脳といわれているのです。
また日本の湯川博士が、天才よりも鉛筆一本が偉大な記憶を残す。といっています。いずれの言葉も平凡な誰でもできることばかりいっているのですね。
そして天才と言われている人たちが、自分はもっとも平凡な人間である。と思っているのです。
アインシュタインにしろ湯川秀樹さんにしても自分の能力というよりも、アインシュタインにしたら、自分が関心のあることを続けていた結果色々の輝く発見にたどりつけた、というのです。
湯川さんは自分の記憶力というのはたよりないものだが、気付いたことは鉛筆で書き残しておく、という誰にでもでもできることを実行したに過ぎないということのようですね。
誰にでもできることを続けるということで偉大な人物になるということですから、私たちだれでも天才になる要素をもっているのだ、と教えてくれているようです。
ただ言えることは、興味を持ち、関心を持つことに誇りを持ち、いつもそのことで自分の行動の基準においておくことが重要なようです。
自分の関心と『興味は何かということ、』それをとことん追いもとめていけば、私たちはその環境や職場で輝きだしてくるのではないでしょうか。
わたしたちの会社はそのように個性のある人々の集団になりつつあることは最近の業績にも表れているのです。
上を向いて自分の決めた目標を楽しく取り組む糸口を見つけようではありませんか。
そしてそれを続けていけば、アインシュタインのようになれるということを教えてくれているようです。

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by akinishi1122 | 2014-06-27 15:30 | 社内新聞 | Comments(0)

6月25日 26

第5278号 日々新聞  2014年6月25日(水)
人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である
チャーリー・チャプリン
私たちの日常は何故こうも苦難や問題がいつも起きるのだろうか、と考えることがあると思いますね。でも苦難の時は自分の全体の像を見落としていることが多いことにも気付きませんか?
この問題を解決するのに、即方法が見つからないもどかしさからかもしれません。私たちは艱難から逃れることは不可能だと思います。それは目的、目標があるからでしょう。目的目標が全て順調に達成することは在りえないからでしょう。全て目標が達成するようだったら、それは目標にはならないで、日常の流と言えるとおもいます。目標や目的は苦難とともに喜びを一緒に含んでやってくることをチャップリンの言葉から教えられるようです。
目的、目標というのは人間が考えることが出来る動物ですから生れる人間の特性、性質といえるのではないでしょうか。
ですから、問題や苦難というのは人間である以上避けられないのですが、苦難に直面すると、自分だけが苦難にあっているとみてしまいがちだと思います。
このことを、チャプリンは、遠くから見てみよう。といっていると思います。
遠くから見るということは、その問題から離れて観察してみることだし、また流(歴史的)にみてみると前後や相互の関連が見えてくるということでしょう。
すると自分が悩み苦しんでいたことが、「なーんだそうだったのか」と見えてくるということを言っているのだと思います。
チャーリー・チャプリンの「モダンタイムス」は機械に働かされていることを教えて喜劇として自分が機械、システムに操られて動いているのだな、と気付かされます。「独裁者」は欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げた。
このように外から眺めるとだれでもわかる喜劇としてみえてくるのですね。


第5279号 日々新聞  2014年6月26日(木)

いつかできることはすべて、今日もできる
フランスの思想家 モンテーニュ

偉い思想家や成功した人々の言葉や考えは特別の考えを述べているのかと思いがちですが、その人たちが考えたり言っていることはみんな誰でも考えたことだったり体験したことばかりだということがわかってきました。
ということは、人間だれでも同じことを考えるということですね。であれば、偉い人と自分との違いというのはどうやら、なるほどと思うことをいつも自分の考えや行動に結び着けていないところにあるのではないでしょうか。
偉大な思想家として知られるモンテニューもわれわれが誰でも知っていることを言っているだけなのですね。そして日本でも親鸞聖人の「明日ありと思う心のあだ桜夜半に嵐の吹かぬものかわ」と誰でも知っていることばだし、スーダラ節の植木等の「わかっちゃいるけど止められない!」として私たちの心には誰でも知っているのです。
偉いといわれる人たちは「いつかできることはすべて、今日出来る」と続けれた人だということが共通として言えるのではないでしょうか。
人間には全ての人にチャンスがあるし、今日やってみようと踏み出した人との違いだということがいえそうですね。
私たちや、私たちの会社も小さくて知名度も金もないけれども、いつかできることを今日やってみるというチャンネルにスイッチ・オンで人も会社も違ってくると天下のモンテスキューさんが応援してくれているようです。
私たちの会社の理念は全てオープン、人間に能力の差は無く自分に適したチャンスに自然な気持ちで足を踏み出すことを保証しそして応援することを誇りとしているのです。

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by akinishi1122 | 2014-06-25 14:53 | 社内新聞 | Comments(0)

社内報

第5273号 日々新聞  2014年6月18日(水)
行動し、進むにつれ、行動を正せ
マックスウェル・マルツ

行動することで人間は新しい自分を創りだしていくものですが、新しい自分ができることによって、一段進歩した自分に合ったスタイルも考え、その進歩した自分に相応しいい行動も要求されることになるでしょう。
そうでなければチグハグな行動になり、新しい環境に適合しない自分となることを忘れないようにしなければならないでしょう。
新しい進歩した自分には周囲や環境も当然新しい要求をしてくるでしょう。
肩書きや地位というのは、社会的な人間になった行動が要求されるのです。
例えば新しく課長に任命されたとします。名刺に課長とあれば、責任を与えられ、会社を代表しての振る舞だと信じられ期待し当然の要求をしてきます。
会社を代表しての発言というのはどうあるべきかということを常に意識した行動や発言を期待されますから、昨日までの自分とは違った一歩高い立場とは何か、ということを知り、準備しておかねばならないでしょう。
何かの集まりで発言や行動する場合は、集まった人々のイメージで期待する発言、行動をあたりまえのように、指名したり要望してくることになりますね。

「そんなことは、私は考えもしていなかった」ということは許されないのです。集まったみなさんはなにを期待しているか。を把握、発言や行動をしなければならないのです。
肩書きをもらうということは、会社全体のことを代表して行動するといえるのです。
ですから自分と社会を考えた行動が新しく進んだ事態で昨日と変えて行動しなければならないのです。


第5274号 日々新聞  2014年6月19日(木)
未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである
アラン
私たちはだれでもより良い生活と自分のやりたいことが出来る環境を望むものです。
それは現在の苦難や悩みを、すくなくとも、将来には続けて持って行ききたくないからですね。そして現状を変えてすこしでも希望の持てるせいかつをしたいと思うのがだれしも同じなのです。
とかろが、「どこかへ変わりたい」「別な仕事がしたい」と思うものです。これは全ての人間がかんがえていることなのです。
ところが、じぶんの今の田立場では、希望を見つけられないのです。ですから、ここから逃れたいということだけがいっぱいで、今の現状を変えていくという気持ちがなかなか湧いてこないのが多くの人々なのではないでしょうか。
このような考えはどこからきているのでしょうか。それは自分が環境を変えてみよう。という気持ちが持てないからなのではないでしょうか。
自分がこの環境を変えてみる、自分に合った職場にしてみせる。という気持ちが無いとき、諦めたり逃げたりする気持ちになるもののようです。
私たちの会社は創業以来、「自分に合った職場に変える発言や、提案を歓迎することを一番に考えてきたのです」自分に合った働きやすい、遣り甲斐のある環境というのは、与えられたものではなく、自分が提案し、自分が行動していくことだと考えるのです。
そして各員が提案したことに誠実に取り組み実現するために会社は応援するという精神できているのです。
未来を創るのは自分しかないという考えです。自分で決めたことは遣り甲斐がありますし、情熱もわくものです。みんながそれぞれの未来を予測し、それを会社、社長に提案し取り組んでいくことで会社は安定し、発展するのだという考えです。
大いにロマンを語り、それの実現のために働くことが一人一人の個性的な魅力がでると考えます。
みなさんの未来を創りだすというのは皆さん自身なのですから、その実現のために会社も応援することを誇りに思っているのです。
具体的に提案し、行動に移しましょう。

第5275号 日々新聞  2014年6月20日(金)
世界を動かさんと欲するものは、まずみずから動くべし
ソクラテス

どうせ○○だから、とかやっても同じことだから、しなくっても解っているなどという言葉は日常よく使うし、耳にも入る言葉ですね。
このような言葉や考えはどこからきているのでしょうか。今での経験や、失敗で、もうやらなくても解っている。という気持ちからではないでしょうか。
ギリシャノソクラテスという哲学者は今から2500年も昔の人ですが、人間の生き方について、自分が願うことは、まず自分が動かねば何も変わらないものだ。と言っているのですが、今でも通用することばですね。
日本の童謡に「待ちぼうけ、待ちぼうけ、ある日せっせと野良仕事、そこえ兎が飛んででて、ころりころげた木の根っこ」といって自分は何もしなくて偶然にウサギが飛び出してきて獲物が勝手に手に入ったために、この男は偶然に任せて生きるに越したことはない。と考え仕事をしなくて偶然や、他人任せで生きようとしたのですが、そんなことで世の中や自分の生活が変わっていくはずがないではないか。と子どもたちにも笑われるような生き方がどんなものか教えていますね。
だがわたしたちは同じようなことを日常やっていることが実に多いのではないでしょうか。
環境を変え、自分の願いを実現するには、他人や環境に頼っていたらその結果は

待ちぼうけ、待ちぼうけ
しめた。これから寝て待とうか
待てば獲物が驅けてくる
兔ぶつかれ、木のねっこ


待ちぼうけ、待ちぼうけ
昨日鍬取り、畑仕事
今日は頬づゑ、日向ぼこ
うまい切り株、木のねっこ

待ちぼうけ、待ちぼうけ
今日は今日はで待ちぼうけ
明日は明日はで森のそと
兔待ち待ち、木のねっこ

待ちぼうけ、待ちぼうけ
もとは涼しい黍畑
いまは荒野(あれの)の箒草(はうきぐさ)
寒い北風木のねっこ
第5276号 日々新聞  2014年6月23日(月)
未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである
アラン
問題が起きるのは原因があり、その問題は問題自体のなかに解決する糸口を持ちながらあらわれてくる。ということをドイツの哲学者が云ったように記憶しています。
なるほど、と想いませんか?私たちの経験で問題が起きたとき全く予想も出来ないところに原因があったということは無かったように思いませんか?
結局問題をよく見つめてみると、原因もその問題の中に見つけ出すことを私たちは経験で知っていますね。
問題解決にはやはり自分がよく見つめ、自分が原因にかかわりあっていたことを、その問題の最中には気付かなかつたことを知ることが多いようです。
結局、自分がかかわって起きた問題から離れては問題の解決にはならないのでしょうね。
であれば自分がこの問題にはかかわって解決する、一番の適任者ではないでしょうか。
未来を予測するためには、自分が過去を分析し、自分のかかわりと願をいちど考えてみたらどうかで、新しい未来を創りだすことが出来るのではないでしょうか。
であれば自分に出てきた問題には自分が当事者になること、が最適任であり、問題から逃れることはひとつも新しい未来は生れてこないということでしょう。
現場は自分が最高の判断者であり、最高の指揮監督者、実行者であることなのでしょう。
問題があるところに、いつでも貴方の出番があり最高の判断と実行者なのですね。
これがアランの云う「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである」ということだと言えそうです。
貴方以外に最適任者はいないということを知ることは何と素晴らしいことでしょう。


第5277号 日々新聞  2014年6月24日(火)
自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない。
イチロー
私たちは自分が日常やっていることでも、人から見て「貴方は偉いね!」といわれることが誰にでも経験していますね。そうなんです。自分ではなんでもないと思って無意識に行動したことが、人から驚きをもって褒められたり、尊敬されたりすることが必ず誰にでもあるものです。
何故でしょうか。それは貴方だけが育った環境に正しく生きて成功して現在があるからだと思います。
自分が今日まで生きてきたことを「大成功者」だと思ったことがあるでしょうか?
殆どの人はそう思わないのです。だが自分がここまで生きてくるに当たっては周囲の環境をうまく克服して自分の生きる条件を自分自身で正しく選択してきた大成功者なのですね。
もし自分の生きることについて間違った選択を一つでもしていたら、貴方は一日たりとも生き続けることは出来なかったのだ。と知るべきなのです。
朝何時に起きて、顔を洗い、食事をするということは生きていく上に絶対に欠かせないことですが、それをちゃんと選択して今日まで生きてきたのです。他の人ではこの判断をすることが絶対にできないですね。
自分の生きる選択は自分をおいて他の人では絶対に出来ないのです。
仕事をやるかどうかも貴方が決めなければなりませんし、決めた仕事で収入を得て明日のために仕事をすることを決めているのも、他人ではできません。あなたにとって生きて社会に役立つためにはまず生きることが基盤になるのですね。
環境に合った仕事や行動の選択は貴方が決めたから今日があるのです。
自分をマネージメントできるのは貴方だけしかできないのです。だがそのあなた自身の素晴らしい生きる力もっていることを忘れて、他人から尊敬されているのです。社会の人々の役にたつことを人々は尊敬するのです。
自分がなんとも思ってないことをやっている日常が人々や社会、会社に役だって貢献していることを見つけることを始めましょう。
自分が人々にやくだっていることを探して、そこに自信をもつことで、それからの人生は輝いてくるでしょう。
そんなことをイチローは思い自分を世界一の人間に創りあげたと思います。
あなたもそれが出来る人なのです。

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by akinishi1122 | 2014-06-25 05:29 | 社内新聞 | Comments(0)

社内報



第5261号 日々新聞  2014年6月2日(月)
仕事とはなんだろう

自分の職業を自慢する人間ほど惨めなものはない。
F.フェヌロン

私は仕事で疲れたという記憶はまったくない。 しかし、何もしないでいると、くたくたに疲れきってしまう。
アーサー・コナン・ドイル

人間は自信を持ち、貫禄がつき、自分の仕事以外に己がないようになると、平凡なものになる。役所ほど人間を殺すところはない。
アラン

仕事は退屈と悪事と貧乏とを遠ざける。
アンドレ・モロア

自分の仕事に価値を見いだす必要はあるが、深刻になりすぎてはいけない。
エレン・スー・スターン


一生の仕事を見出した人には、ほかの幸福を探す必要はない。
カーライル

予め考えをまとめるとか、仕事について熟考するとか口走るのは、たいがいは仕事を逃れる口実である。
カール・ヒルティ

スペシャリストになれ。 「この仕事は絶対に負けない」という得意分野を作れ。 誰もがそれを狙っているが、もし、あなたが最初になれたら、気分は最高だ。
カリン・アイルランド

人間の仕事というものは、それが文学であれ、音楽であれ、絵であれ、建築であれ、そのほかなんであれ、常にその人自身の自画像である。
サミュエル・バトラー




できると思うより仕事は常に少なめにやることだ
バーナードバールック

幹部の権威をつけるための最良の方法は、部下が困っている仕事を解決してやることである。
第5262号 日々新聞  2014年6月3日(火)
行動するとは
動けば変わる
マルクス
転がる石に苔はつかない
アメリカの諺
未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである
アラン
危険を冒さなければ危険を乗り越えることはできない
ジョージハーバード
世界を動かさんと欲するものは、まずみずから動くべし
ソクラテス


行動はいつも幸せをもたらすものではないが、 行動なくしては幸せはない
デイスレーリー
試してみることに失敗はない
デイルドーデン

愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかる
グラシアン
暗いと嘆くよりあなたがすすんで光を灯しなさい
マザーテレサ
行動し、進むにつれ、行動を正せ
マックスウェル・マルツ

いつかできることはすべて、今日もできる
モンテーニュ

行動を伴わないビジョンは、たんなる夢。 ビジョンのない行動は、だだの暇つぶし。 ビジョンと行動がそろって、はじめて人生を変えられる
ローター・J・ザイヴァート

英雄とは自分のできることをした人だ。 ところが凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる
ロマン・ロラン



5263号 日々新聞  2014年6月4日(水)
自分の職業を自慢する人間ほど惨めなものはない。
F.フェヌロン

誰でも自分の仕事については誇りを持ち、自信はあるものですね。だがその職業が自慢ということになれば、人々はどう思うでしょうか。自慢という意味の中には、他の人の価値と違うのだということにとられがちなのですね。
価値が違うということは聞く人にとっては快くおもわないものです。それは他人からすれば自分の価値を低く見られていると見えるからでしょうね。
人々は自慢話をする人を、偉い人だと思うでしょうか。それとは反対に心の中では軽蔑の心がうまれるもののようです。なぜでしょうか、聞く人も自分の仕事や職業について誇りと自信があるからだと思うのです。
自慢をする人は自己満足をしていて、聞いている人はそれを見抜いているのです。ですから職業や仕事を自慢する人は人間社会が、みんなそれぞれ役に立って成り立っているということが理解できなくて、自分の職業だけが価値があるように考えているといえるでしょう。
日本の昔話に「風が吹けば桶屋が儲かる」という話はこの人間はみんなそれぞれの役割をもつことによって成り立っていることを教えていると思うのです。
ですから人間は自分の職業や仕事について自信と誇りをもてる役割をしていると知るべきでしぃよう。
それと同じように他人もみんなその職業や仕事におなじようになくてはならない貢献をしているということを認める心が大切なのだということです。
自分だけの職業や仕事だけが価値があるとゆうことは自慢になり聞く人々はその自慢話が惨めにみえるものなのですね。
このように自分の職業と仕事に自信と誇りをもち、他人にも同じ誇りがあるのだとかんがえるとき、開発や協同としての力はうまれるもののようです。




第5264号 日々新聞  2014年6月5日(木)
私は仕事で疲れたという記憶はまったくない。 しかし、何もしないでいると、くたくたに疲れきってしまう。
アーサー・コナン・ドイル

仕事ということはどんなことを云うのでしょうね。私たちが自分が選んだ仕事に取り組んだとき、後で考えてみて、その仕事で疲れてへとへととか、いやいやだとか考えたことがなかったことを気付いたことがありませんか?
仕事やスポーツ、遊びなどでもいえることですが、自分で決めて取り組んだ事については、いやいやだとか、くたくただとかその最中には考えないものですね。
何故でしょうか?自分がこのことについてやりたいという欲望からの行動ですから、労働やからだを動かすこと、考えることについてむしろ楽しささえ感じるので、疲れや嫌いやなどと考える余地がおこらないのですね。
疲れやいやいやという気持ちは、その行動に自分としての欲望や意味を見いだせないことからくるのでしょうね。
それとは反対に何もしないで過ごすことで心の疲れと恐怖といったものが後に残るものです。それはなにもしない、行動しないということでは周囲や自分を取り巻く環境はなにも変わらないからでしょう。なにも環境が変わらないということは、昨日や昨年や自分の 能力が環境を変えるという作用がないために、周囲を自分の目的に変革してよりよい自分に変わるということがおこらないために、従来の知識や力でしか物事が見えないからでしょう。
すると自分には昨日と同じ水準の今日しか解らないのですね。
こんな時には「悟りきって」経験にたより、従来の考えの範囲でしか動きの選択にならのいのでしょう。こんなことを「他人任せ」といって世間では当てにされない人間の部類に数えられるものです。
疲れを意識しない行動は、自分の欲望に沿った行動、労働であればその労働の瞬間には疲れを感じないどころか、喜びにすら感じられるものです。その反対に周囲や環境にまかせっきりでいると悩みや疲れがいつまでも続くものですね。







第5265号 日々新聞  2014年6月6日(金)
予め考えをまとめるとか、仕事について熟考するとか口走るのは、たいがいは仕事を逃れる口実である。   
カール・ヒルテイ

上に挙げた言葉は、日本以外でもどこでも理解される言葉なのでしょうね。
自分にも無意識のうちにこのような考えをすることがあるものです。それは私たちは自分の知識や経験によって物事に当たることが多いからでしょう。
ひとたび経験したり、学んだりして自分が体験をしたら、その経験や知識は自分に固定して、その後の似たような問題には自分の固定した考えで取り掛かろうとするのが当たり前になり、それが大方妥当だと言えることで生きてきたのです。
ところが新しいことを始める時にこのような自分の知識や経験を一番の基準にして取り組む事が果たして妥当なのか?ということを考えるために上にあげた言葉が戒めているのですしよう。
私たちは思い返してみますと、中学生のとき科学をする心として、「万物は全て動き、留まっているものはない」ということを教わったことを思いだしますね。
この世の中には固定しているものは一つもないということは、その経験はいつも環境によって、その時々に正しかったり間違ったりするということだったのですね。
ですから自分の経験や知識は一番大切に違いはないのですが、「時と場合」によって正しくもあり間違いでもある、ということです。
物を対象とする場合以外でも現場や違う人が入る現場などと絶えず環境は変化していることを忘れてはならない、ということを考えて欲しいということなのです。
先入観も大切ですが、先入観を固執することは今の状況から目を逸らしたり今の条件を考えに入れなかったりすることを注意しましょう。ということなのです。
先入観に固執した考えは「予め考えをまとめるとか、仕事について熟考するとか口走るのは、たいがいは仕事を逃れる口実である」と外からは見える場合があるということなのです。


第5266号 日々新聞  2014年6月9日(月)
人間の仕事というものは、それが文学であれ、音楽であれ、絵であれ、建築であれ、そのほかなんであれ、常にその人自身の自画像である。
サミュエル・バトラー

私たちの生ざまは、その人のここまで生きてきた人生の姿で作品としてあらわれるのですね。私たち自身そのものであるということは、いくら自分に無いものを演技してもそれは少しの時間の経過によってその人の全ての技量が早かれおそかれ現れてくるのだと思います。
そうであれば、自分にない演技でその場を繕ったとしても長期的には社会(周囲)の評価は正当に価値だけで判断されるということでしょう。
そうであれば、現在までたどりついた力をそのまま出せる状態が一番安定した実力になるといえそうですね。
囲碁の井山祐太6冠王が現在本因坊のタイトルの防衛戦を戦っていますが、対局の気持ちとして「いつもの力がだせたら最高です」といっているように、私たちは肝腎な時にいつもの力を出すことができるのが大一番に臨む気持ちだであるべきというのです。
このようにどんな名人でもいかに平常の力を本番にだせるかということが、最高の地位を極めた人の言葉なのですね。
ということは日頃の力、平常の力をいかに、本番にだせるかにつきるようです。
では全ての人が名人の真似をできるかといえば、出来ない相談であって、違うとおもいます。私たちはみんな個性をもっていて他人からは真似ができないところを持っているのです。その他人が真似ができないことを自分自身が知らなさすぎるのではないでしょうか。
自分の優れた部分を発見し、その優れた点を場面場面に発揮することで、個性というものが現れます。その個性をあらゆる場面に発揮できるように心掛けていけば、いずれだれからも評価される人間になるに違いありません。
テレビで「街の人間国宝」という番組がありますが、あれに登場する人々は世間の常識からすれば、有名ではないのですが、まさに人間国宝に値する人々がどこにでも居ることを知ることができます。
この自画像をいつも発揮することが社会に評価されるのではないでしょうか。




第5267号 日々新聞  2014年6月10日(火)
英雄とは自分のできることをした人だ。 ところが凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる
ロマン・ロラン

自分にできることはあまり苦労しないでもできるし、厭きも来ない、そのために続けることが苦にならないものですね。世界の有名な小説家のロマン・ロランは人間の英雄とみられた人は自分のできることを続けた人が英雄になる。と人々に希望を与えてくれました。
日本でもノーベル賞をもらった小柴昌俊さんも全く同じように、自分がノーベル賞がもらえたのは人より沢山のハンデがあり、小児麻痺があったればこそ、自分ができることしかできなかったから、そして人がやらない分野を好きで続けていたからもらえただけのことでした。と言われています。
ところが凡人は自分ができることをしないで、自分が他人より劣っているところを苦労と努力するから、なかなか成果に結びつかないというのです。
皆さんみんな思い当たることばかりではないでしょうか。
私たちの先輩の女性社員が建築の学校は出ていなくて、次々と現場を担当してくれたことがありました。そして大企業の建設会社の寮の工事で2億の工事を担当した時のことです。
彼女は6ヶ月の工期の間中休日も休むことをしませんでした。社長もみんなも心配して「休め、休め、体が持たないぞ」と何回も勧めたのですが、とうとう完工までやりあげてしまいました。そして彼女が言うには「自分が担当している現場が気になって家にいても落ち着かないのです、現場にいるほうが私には精神的に楽だし、体もそれが楽なのです」というのです。
その当時わが社には国立大学の建築学部をでた社員もいましたが、その男性社員よりも現場利益をだし、女性の建築技術の評価を世間に知らしめることになりました。
優れた人々は特殊でないのですね。ロマンン・ロランがゆうように誰でも潜在の力があり、だれでも英雄になれるのですね。
自分の本来の能力を低くみていることでせっかくの可能性を自分で摘みとっていることを教えてくれているようです。
自分に誇りを探し、気付こうではありませんか。仕事は楽しくやるコツをつかんだ人が天井知らずに伸びるもののようです。




第5268号 日々新聞  2014年6月11日(水)
愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかる
グラシアン

人間誰でも今すぐやったら成果や効果がでると解っているが、 なかなか取り掛からないものですね。それはやらねばならないが、いつでもできると思うことについているからなのでしょう。
やろうと思えばすぐできると思っているから、後回しにするのが人間でも同じではないでしょうか。
そしてみんな同じことを考えるのが普通のようです。でなければ全ての人類が思ったことをすぐとりかかる人ばかりだと、あらゆる事柄がたちどころにして成功してしまうことになるでしょう。
そんなことができる社会では人間の悩みや苦しみが無くなってしまい、かえって苦労して達成する喜びなど無くなるのではないでしょうか。
人間は喜びも苦しみもあって社会が成り立って進歩もしてきたのだと思います。
ではグライアンが云うような愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかるということは間違いかといえば、そうではなくて、ある時は正しく、ある時は正しくないといえるのではないでしょうか。
人間個人個人で価値を判断して、愚者になったり賢者になったりすることを選びわけるところに生きている歓びもあるのではないでしょうか。
いずれにしても、わたしたち誰でもあるときは愚者に成ったり賢者に成ったりできるということを自分に言い聞かせて自分を知ることがより人間らしいことかもしれません。
このように、わたしたちはみんなこの世に価値をもった人間であると心掛け、あらゆる現場では自分学校最高の最適の判断者であるという誇りを持って現場に当たろうじゃ





第5269号 日々新聞  2014年6月12日(木)
暗いと嘆くよりあなたがすすんで光を灯しなさい
マザーテレサ
私たちの毎日には、あまり良いニュースがみつけることがありませんね。良いニュースもあるのですが、印象に残るのが悪いニュースばかりが記憶に残るようです。
そのあまり良くないニュースや環境が自分の身に影響することが多いから尚忘れないのでしょうか。
悪いニュースや仕事の辛さ、人間関係のトラブルなどはどうしても暗い気持ちにさせやすいものです。
だが私たちの周囲には注意して探せば楽しく、勇気や希望を持てる話もあることを気付いていないことが多いのではないでしょうか。
悪いニュースはさがさなくてもニュースになります。だが良いニユースというのは自分が探す気にならなければ見つけにくいものです。
わたしたちが生きていく上で一番大事なのが家庭であり食べて寝る家がある。父母兄弟が何にも報いることなく御飯をつくり、部屋を提供して育て助けあい、そしていまでも休めることを幸せと考えたことがあるでしょうか。これがなければ喜びや働くこと社会との付き合いなど日常の一切が出来ないのだということを考えたことがないのが普通ではないでしょうか。
生きていく基盤のあることを時々でいいから考えてみようではありませんか。
家庭や職場というのは生きるための基盤なのですね。なんにも感じなく生活し生きてきたことのできた今日を考え、そしてこれこそ最大の良いニュースを見る自分のニュースをつくることを提案したいです。
家庭や職場が何故私たちに最大の幸せかといえば、そこには貴方が全て関与しているからなのではないでしょうか。わたしたちは家族や職場の人々がお互いに関与していきて幸せをつくっているのですね。
その重要な一員が貴方であり、かけがえのない人間が貴方であることを気付きましょう。
人間の幸せは人間が創るものです。与えられるものではなく一員として行動することで周囲をつくってきたし、また改善もしたし変革もできるものです。
希望や光は行動で自分と一緒に作るもので、暗さというのを明るさに変えることが人間本来の生きてきたすがたなのですね。
暗いと思う時は「自分はそのことにどのように行動してきたか」と考えてみようではありませんか。
明るい周囲や未来は自分が主体になって創りだしていくものなのですね。これがマザーテレサの言葉だと思いませんか。






第5270号 日々新聞  2014年6月13日(金)
壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思っている。  イチロー
人間にはその人に応じた壁があるのですね。壁とは何でしょうか?自分が壁と考えることは、願望があるから、その困難に苦心するのでしょうね。ということは、何を望み、何に憧れているか。その願いが叶えられることがあれば、幸せと感じることではないでしょうか。
幸せを願うが、なかなかたどり着けないが、自分の願い、追求すべきことが具体的に見えてくることではないでしょうか。問題はその具体的な解決に悩んでいることを私たちは、壁と呼んでいると思えますね。
この壁について、イチローさんは見事に解答をしてくれたのが、「超えられる可能性がある人にしかやってこない」というのです。
貴方が壁と感じていることはあなたに解決する可能性があるから「壁」と感じてくるというのです。
イチローのことばは、彼がたくさんの経験から出た言葉ですから真実の言葉と考え方だろうといえそうですね。
私たちは、壁から逃れがちですが、解決できる条件のある人にしか壁は起こらないというのはなんと有難いことばでしょう。
そういってもらったことで、私たちは逃げたり)諦めたりすることをしないで、みんな壁を乗り越えることができる問題しか起きていないということで勇気がでるのではないでしょうか。
その時をチャンスと見ることに切り替えることで考え方が180度違ってくるのですね。

第5271号 日々新聞  2014年6月16日(月)
やってみて「ダメだ」とわかったこととはじめから「ダメだ」といわれたことは、ちがいます  イチロー

サントリーの家訓は「やってみなはれ」というそうです。何事も自分で体験してみなければ、言葉で聞いただけのこととは違うということでしょうね。自分が体験で知ったことほど強い確信や自信はつかないものだということでしょう。天下のサントリーの創業者はこれを体験から確信して残し、現在も社員の心得としているということです。イチローも同じことを言っているのでしょう。
イチローの業績と言うのは、毎日の自分にあった訓練からこのことを言っていて、そのことは万人も認めている実績を残しているから、説得力があるのでしょう。
自分がやってみて、「だめだ」とわかったことは、何故そうなったのか、ということが自分に残り、それは次のチャンスに生きてくるものです。これは自分の財産になるのですね。それと反対に、初めからダメだと思い自分の頭と手で体験することなく決めてとりかからなかったことは、後あとまで初めての体験として対面しなければならないでしょう。
従って自分の力や能力の蓄積にはならないのです。
このことをイチローは自分に言い聞かせて鍛錬しているのですね。
自分が行動した知識は体に浸みこみ永久に自分の力になるもののようです。
人から教えられたことは一度自分が体験してみましょう。そして自分で本当に自分が納得することをこころがけましょう。
それがわたしたちの本当の知恵と力がつくようです。


第5272号 日々新聞  2014年6月17日(火)
行動を伴わないビジョンは、たんなる夢。 ビジョンのない行動は、ただの暇つぶし。 ビジョンと行動がそろって、はじめて人生を変えられる
ローター・J・ザイヴァート

「行動がその人を変える」と言った哲学者がいますが、行動することによって対象物が何であるか浮かびあがって見えてくるから、自分も変わることになるということでしょうね。「案ずるより産むが易し」という日本の諺もありますし、私たちはこの格言を実行して「そうだ!」と体験で知っています。
でもあらゆる活動においてもその考えが常にできているかといえばそうでないから、厄介なのですね。
わたしたちが会社や集団で物ごとを考える場合は特にこの教えに沿って考えたり行動することが大切だとおもいます。そのために上に挙げたことばを想い出して計画や、会議をするための教えであると思います。
考えるだけで、行動を伴わないビジョン、計画、夢などは暇潰しと同じだと厳しく戒めているのです。
ビジョンはだれでも持ちますが、それえの行動はなかなか伴うことが難しいのです。
何故でしょうか、心には「いつでもできるから」という考えと「動きだせばたくさんの厄介な問題がでてきて、忙しくなり困難を背負い込むことになりそうだから」というようにマイナスの要因が次々浮かんでくるものですね。
「この行動を起こせばこんな楽しいことが起きるだろう」というイメージとどちらを選ぶか迷いがでるものです。
私たちの周囲でいつも前向きの人だ。とみえている人たちは、まずロマンやビジョンをもったことへの楽しいイメージを描く人たちのようです。
そして「あの人は失敗も多いが何かやる人だ」ということを周囲に印象づけているのですね。
そしてきっと自分も楽しみながら行動ができているのです。
ビジョンは行動を伴ってはじめて実現可能なビジョンになるようです。
何か計画するときはそれについてどのように自分は行動するか、ということをセットで考えるような習慣をつけたいものです。
これが自分をマネージメントすることになり、自分も楽しく、周囲からも期待される人間になりたいものですね。そして人生を変えれるもののようです。最初から素晴らしい人はいなく、行動することで素晴らしい人に成れることを教えてくれる言葉なのです。
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by akinishi1122 | 2014-06-24 19:25 | 社内新聞 | Comments(0)

英雄とは

第5267号 日々新聞  2014年6月10日(火)
英雄とは自分のできることをした人だ。 ところが凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる
ロマン・ロラン

自分にできることはあまり苦労しないでもできるし、厭きも来ない、そのために続けることが苦にならないものですね。世界の有名な小説家のロマン・ロランは人間の英雄とみられた人は自分のできることを続けた人が英雄になる。と人々に希望を与えてくれました。
日本でもノーベル賞をもらった小柴昌俊さんも全く同じように、自分がノーベル賞がもらえたのは人より沢山のハンデがあり、小児麻痺があったればこそ、自分ができることしかできなかったから、そして人がやらない分野を好きで続けていたからもらえただけのことでした。と言われています。
ところが凡人は自分ができることをしないで、自分が他人より劣っているところを苦労と努力するから、なかなか成果に結びつかないというのです。
皆さんみんな思い当たることばかりではないでしょうか。
私たちの先輩の女性社員が建築の学校は出ていなくて、次々と現場を担当してくれたことがありました。そして大企業の建設会社の寮の工事で2億の工事を担当した時のことです。
彼女は6ヶ月の工期の間中休日も休むことをしませんでした。社長もみんなも心配して「休め、休め、体が持たないぞ」と何回も勧めたのですが、とうとう完工までやりあげてしまいました。そして彼女が言うには「自分が担当している現場が気になって家にいても落ち着かないのです、現場にいるほうが私には精神的に楽だし、体もそれが楽なのです」というのです。
その当時わが社には国立大学の建築学部をでた社員もいましたが、その男性社員よりも現場利益をだし、女性の建築技術の評価を世間に知らしめることになりました。
優れた人々は特殊でないのですね。ロマンン・ロランがゆうように誰でも潜在の力があり、だれでも英雄になれるのですね。
自分の本来の能力を低くみていることでせっかくの可能性を自分で摘みとっていることを教えてくれているようです。
自分に誇りを探し、気付こうではありませんか。仕事は楽しくやるコツをつかんだ人が天井知らずに伸びるもののようです。

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by akinishi1122 | 2014-06-11 18:38 | 社内新聞 | Comments(0)