社内報



第5261号 日々新聞  2014年6月2日(月)
仕事とはなんだろう

自分の職業を自慢する人間ほど惨めなものはない。
F.フェヌロン

私は仕事で疲れたという記憶はまったくない。 しかし、何もしないでいると、くたくたに疲れきってしまう。
アーサー・コナン・ドイル

人間は自信を持ち、貫禄がつき、自分の仕事以外に己がないようになると、平凡なものになる。役所ほど人間を殺すところはない。
アラン

仕事は退屈と悪事と貧乏とを遠ざける。
アンドレ・モロア

自分の仕事に価値を見いだす必要はあるが、深刻になりすぎてはいけない。
エレン・スー・スターン


一生の仕事を見出した人には、ほかの幸福を探す必要はない。
カーライル

予め考えをまとめるとか、仕事について熟考するとか口走るのは、たいがいは仕事を逃れる口実である。
カール・ヒルティ

スペシャリストになれ。 「この仕事は絶対に負けない」という得意分野を作れ。 誰もがそれを狙っているが、もし、あなたが最初になれたら、気分は最高だ。
カリン・アイルランド

人間の仕事というものは、それが文学であれ、音楽であれ、絵であれ、建築であれ、そのほかなんであれ、常にその人自身の自画像である。
サミュエル・バトラー




できると思うより仕事は常に少なめにやることだ
バーナードバールック

幹部の権威をつけるための最良の方法は、部下が困っている仕事を解決してやることである。
第5262号 日々新聞  2014年6月3日(火)
行動するとは
動けば変わる
マルクス
転がる石に苔はつかない
アメリカの諺
未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである
アラン
危険を冒さなければ危険を乗り越えることはできない
ジョージハーバード
世界を動かさんと欲するものは、まずみずから動くべし
ソクラテス


行動はいつも幸せをもたらすものではないが、 行動なくしては幸せはない
デイスレーリー
試してみることに失敗はない
デイルドーデン

愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかる
グラシアン
暗いと嘆くよりあなたがすすんで光を灯しなさい
マザーテレサ
行動し、進むにつれ、行動を正せ
マックスウェル・マルツ

いつかできることはすべて、今日もできる
モンテーニュ

行動を伴わないビジョンは、たんなる夢。 ビジョンのない行動は、だだの暇つぶし。 ビジョンと行動がそろって、はじめて人生を変えられる
ローター・J・ザイヴァート

英雄とは自分のできることをした人だ。 ところが凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる
ロマン・ロラン



5263号 日々新聞  2014年6月4日(水)
自分の職業を自慢する人間ほど惨めなものはない。
F.フェヌロン

誰でも自分の仕事については誇りを持ち、自信はあるものですね。だがその職業が自慢ということになれば、人々はどう思うでしょうか。自慢という意味の中には、他の人の価値と違うのだということにとられがちなのですね。
価値が違うということは聞く人にとっては快くおもわないものです。それは他人からすれば自分の価値を低く見られていると見えるからでしょうね。
人々は自慢話をする人を、偉い人だと思うでしょうか。それとは反対に心の中では軽蔑の心がうまれるもののようです。なぜでしょうか、聞く人も自分の仕事や職業について誇りと自信があるからだと思うのです。
自慢をする人は自己満足をしていて、聞いている人はそれを見抜いているのです。ですから職業や仕事を自慢する人は人間社会が、みんなそれぞれ役に立って成り立っているということが理解できなくて、自分の職業だけが価値があるように考えているといえるでしょう。
日本の昔話に「風が吹けば桶屋が儲かる」という話はこの人間はみんなそれぞれの役割をもつことによって成り立っていることを教えていると思うのです。
ですから人間は自分の職業や仕事について自信と誇りをもてる役割をしていると知るべきでしぃよう。
それと同じように他人もみんなその職業や仕事におなじようになくてはならない貢献をしているということを認める心が大切なのだということです。
自分だけの職業や仕事だけが価値があるとゆうことは自慢になり聞く人々はその自慢話が惨めにみえるものなのですね。
このように自分の職業と仕事に自信と誇りをもち、他人にも同じ誇りがあるのだとかんがえるとき、開発や協同としての力はうまれるもののようです。




第5264号 日々新聞  2014年6月5日(木)
私は仕事で疲れたという記憶はまったくない。 しかし、何もしないでいると、くたくたに疲れきってしまう。
アーサー・コナン・ドイル

仕事ということはどんなことを云うのでしょうね。私たちが自分が選んだ仕事に取り組んだとき、後で考えてみて、その仕事で疲れてへとへととか、いやいやだとか考えたことがなかったことを気付いたことがありませんか?
仕事やスポーツ、遊びなどでもいえることですが、自分で決めて取り組んだ事については、いやいやだとか、くたくただとかその最中には考えないものですね。
何故でしょうか?自分がこのことについてやりたいという欲望からの行動ですから、労働やからだを動かすこと、考えることについてむしろ楽しささえ感じるので、疲れや嫌いやなどと考える余地がおこらないのですね。
疲れやいやいやという気持ちは、その行動に自分としての欲望や意味を見いだせないことからくるのでしょうね。
それとは反対に何もしないで過ごすことで心の疲れと恐怖といったものが後に残るものです。それはなにもしない、行動しないということでは周囲や自分を取り巻く環境はなにも変わらないからでしょう。なにも環境が変わらないということは、昨日や昨年や自分の 能力が環境を変えるという作用がないために、周囲を自分の目的に変革してよりよい自分に変わるということがおこらないために、従来の知識や力でしか物事が見えないからでしょう。
すると自分には昨日と同じ水準の今日しか解らないのですね。
こんな時には「悟りきって」経験にたより、従来の考えの範囲でしか動きの選択にならのいのでしょう。こんなことを「他人任せ」といって世間では当てにされない人間の部類に数えられるものです。
疲れを意識しない行動は、自分の欲望に沿った行動、労働であればその労働の瞬間には疲れを感じないどころか、喜びにすら感じられるものです。その反対に周囲や環境にまかせっきりでいると悩みや疲れがいつまでも続くものですね。







第5265号 日々新聞  2014年6月6日(金)
予め考えをまとめるとか、仕事について熟考するとか口走るのは、たいがいは仕事を逃れる口実である。   
カール・ヒルテイ

上に挙げた言葉は、日本以外でもどこでも理解される言葉なのでしょうね。
自分にも無意識のうちにこのような考えをすることがあるものです。それは私たちは自分の知識や経験によって物事に当たることが多いからでしょう。
ひとたび経験したり、学んだりして自分が体験をしたら、その経験や知識は自分に固定して、その後の似たような問題には自分の固定した考えで取り掛かろうとするのが当たり前になり、それが大方妥当だと言えることで生きてきたのです。
ところが新しいことを始める時にこのような自分の知識や経験を一番の基準にして取り組む事が果たして妥当なのか?ということを考えるために上にあげた言葉が戒めているのですしよう。
私たちは思い返してみますと、中学生のとき科学をする心として、「万物は全て動き、留まっているものはない」ということを教わったことを思いだしますね。
この世の中には固定しているものは一つもないということは、その経験はいつも環境によって、その時々に正しかったり間違ったりするということだったのですね。
ですから自分の経験や知識は一番大切に違いはないのですが、「時と場合」によって正しくもあり間違いでもある、ということです。
物を対象とする場合以外でも現場や違う人が入る現場などと絶えず環境は変化していることを忘れてはならない、ということを考えて欲しいということなのです。
先入観も大切ですが、先入観を固執することは今の状況から目を逸らしたり今の条件を考えに入れなかったりすることを注意しましょう。ということなのです。
先入観に固執した考えは「予め考えをまとめるとか、仕事について熟考するとか口走るのは、たいがいは仕事を逃れる口実である」と外からは見える場合があるということなのです。


第5266号 日々新聞  2014年6月9日(月)
人間の仕事というものは、それが文学であれ、音楽であれ、絵であれ、建築であれ、そのほかなんであれ、常にその人自身の自画像である。
サミュエル・バトラー

私たちの生ざまは、その人のここまで生きてきた人生の姿で作品としてあらわれるのですね。私たち自身そのものであるということは、いくら自分に無いものを演技してもそれは少しの時間の経過によってその人の全ての技量が早かれおそかれ現れてくるのだと思います。
そうであれば、自分にない演技でその場を繕ったとしても長期的には社会(周囲)の評価は正当に価値だけで判断されるということでしょう。
そうであれば、現在までたどりついた力をそのまま出せる状態が一番安定した実力になるといえそうですね。
囲碁の井山祐太6冠王が現在本因坊のタイトルの防衛戦を戦っていますが、対局の気持ちとして「いつもの力がだせたら最高です」といっているように、私たちは肝腎な時にいつもの力を出すことができるのが大一番に臨む気持ちだであるべきというのです。
このようにどんな名人でもいかに平常の力を本番にだせるかということが、最高の地位を極めた人の言葉なのですね。
ということは日頃の力、平常の力をいかに、本番にだせるかにつきるようです。
では全ての人が名人の真似をできるかといえば、出来ない相談であって、違うとおもいます。私たちはみんな個性をもっていて他人からは真似ができないところを持っているのです。その他人が真似ができないことを自分自身が知らなさすぎるのではないでしょうか。
自分の優れた部分を発見し、その優れた点を場面場面に発揮することで、個性というものが現れます。その個性をあらゆる場面に発揮できるように心掛けていけば、いずれだれからも評価される人間になるに違いありません。
テレビで「街の人間国宝」という番組がありますが、あれに登場する人々は世間の常識からすれば、有名ではないのですが、まさに人間国宝に値する人々がどこにでも居ることを知ることができます。
この自画像をいつも発揮することが社会に評価されるのではないでしょうか。




第5267号 日々新聞  2014年6月10日(火)
英雄とは自分のできることをした人だ。 ところが凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる
ロマン・ロラン

自分にできることはあまり苦労しないでもできるし、厭きも来ない、そのために続けることが苦にならないものですね。世界の有名な小説家のロマン・ロランは人間の英雄とみられた人は自分のできることを続けた人が英雄になる。と人々に希望を与えてくれました。
日本でもノーベル賞をもらった小柴昌俊さんも全く同じように、自分がノーベル賞がもらえたのは人より沢山のハンデがあり、小児麻痺があったればこそ、自分ができることしかできなかったから、そして人がやらない分野を好きで続けていたからもらえただけのことでした。と言われています。
ところが凡人は自分ができることをしないで、自分が他人より劣っているところを苦労と努力するから、なかなか成果に結びつかないというのです。
皆さんみんな思い当たることばかりではないでしょうか。
私たちの先輩の女性社員が建築の学校は出ていなくて、次々と現場を担当してくれたことがありました。そして大企業の建設会社の寮の工事で2億の工事を担当した時のことです。
彼女は6ヶ月の工期の間中休日も休むことをしませんでした。社長もみんなも心配して「休め、休め、体が持たないぞ」と何回も勧めたのですが、とうとう完工までやりあげてしまいました。そして彼女が言うには「自分が担当している現場が気になって家にいても落ち着かないのです、現場にいるほうが私には精神的に楽だし、体もそれが楽なのです」というのです。
その当時わが社には国立大学の建築学部をでた社員もいましたが、その男性社員よりも現場利益をだし、女性の建築技術の評価を世間に知らしめることになりました。
優れた人々は特殊でないのですね。ロマンン・ロランがゆうように誰でも潜在の力があり、だれでも英雄になれるのですね。
自分の本来の能力を低くみていることでせっかくの可能性を自分で摘みとっていることを教えてくれているようです。
自分に誇りを探し、気付こうではありませんか。仕事は楽しくやるコツをつかんだ人が天井知らずに伸びるもののようです。




第5268号 日々新聞  2014年6月11日(水)
愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかる
グラシアン

人間誰でも今すぐやったら成果や効果がでると解っているが、 なかなか取り掛からないものですね。それはやらねばならないが、いつでもできると思うことについているからなのでしょう。
やろうと思えばすぐできると思っているから、後回しにするのが人間でも同じではないでしょうか。
そしてみんな同じことを考えるのが普通のようです。でなければ全ての人類が思ったことをすぐとりかかる人ばかりだと、あらゆる事柄がたちどころにして成功してしまうことになるでしょう。
そんなことができる社会では人間の悩みや苦しみが無くなってしまい、かえって苦労して達成する喜びなど無くなるのではないでしょうか。
人間は喜びも苦しみもあって社会が成り立って進歩もしてきたのだと思います。
ではグライアンが云うような愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかるということは間違いかといえば、そうではなくて、ある時は正しく、ある時は正しくないといえるのではないでしょうか。
人間個人個人で価値を判断して、愚者になったり賢者になったりすることを選びわけるところに生きている歓びもあるのではないでしょうか。
いずれにしても、わたしたち誰でもあるときは愚者に成ったり賢者に成ったりできるということを自分に言い聞かせて自分を知ることがより人間らしいことかもしれません。
このように、わたしたちはみんなこの世に価値をもった人間であると心掛け、あらゆる現場では自分学校最高の最適の判断者であるという誇りを持って現場に当たろうじゃ





第5269号 日々新聞  2014年6月12日(木)
暗いと嘆くよりあなたがすすんで光を灯しなさい
マザーテレサ
私たちの毎日には、あまり良いニュースがみつけることがありませんね。良いニュースもあるのですが、印象に残るのが悪いニュースばかりが記憶に残るようです。
そのあまり良くないニュースや環境が自分の身に影響することが多いから尚忘れないのでしょうか。
悪いニュースや仕事の辛さ、人間関係のトラブルなどはどうしても暗い気持ちにさせやすいものです。
だが私たちの周囲には注意して探せば楽しく、勇気や希望を持てる話もあることを気付いていないことが多いのではないでしょうか。
悪いニュースはさがさなくてもニュースになります。だが良いニユースというのは自分が探す気にならなければ見つけにくいものです。
わたしたちが生きていく上で一番大事なのが家庭であり食べて寝る家がある。父母兄弟が何にも報いることなく御飯をつくり、部屋を提供して育て助けあい、そしていまでも休めることを幸せと考えたことがあるでしょうか。これがなければ喜びや働くこと社会との付き合いなど日常の一切が出来ないのだということを考えたことがないのが普通ではないでしょうか。
生きていく基盤のあることを時々でいいから考えてみようではありませんか。
家庭や職場というのは生きるための基盤なのですね。なんにも感じなく生活し生きてきたことのできた今日を考え、そしてこれこそ最大の良いニュースを見る自分のニュースをつくることを提案したいです。
家庭や職場が何故私たちに最大の幸せかといえば、そこには貴方が全て関与しているからなのではないでしょうか。わたしたちは家族や職場の人々がお互いに関与していきて幸せをつくっているのですね。
その重要な一員が貴方であり、かけがえのない人間が貴方であることを気付きましょう。
人間の幸せは人間が創るものです。与えられるものではなく一員として行動することで周囲をつくってきたし、また改善もしたし変革もできるものです。
希望や光は行動で自分と一緒に作るもので、暗さというのを明るさに変えることが人間本来の生きてきたすがたなのですね。
暗いと思う時は「自分はそのことにどのように行動してきたか」と考えてみようではありませんか。
明るい周囲や未来は自分が主体になって創りだしていくものなのですね。これがマザーテレサの言葉だと思いませんか。






第5270号 日々新聞  2014年6月13日(金)
壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思っている。  イチロー
人間にはその人に応じた壁があるのですね。壁とは何でしょうか?自分が壁と考えることは、願望があるから、その困難に苦心するのでしょうね。ということは、何を望み、何に憧れているか。その願いが叶えられることがあれば、幸せと感じることではないでしょうか。
幸せを願うが、なかなかたどり着けないが、自分の願い、追求すべきことが具体的に見えてくることではないでしょうか。問題はその具体的な解決に悩んでいることを私たちは、壁と呼んでいると思えますね。
この壁について、イチローさんは見事に解答をしてくれたのが、「超えられる可能性がある人にしかやってこない」というのです。
貴方が壁と感じていることはあなたに解決する可能性があるから「壁」と感じてくるというのです。
イチローのことばは、彼がたくさんの経験から出た言葉ですから真実の言葉と考え方だろうといえそうですね。
私たちは、壁から逃れがちですが、解決できる条件のある人にしか壁は起こらないというのはなんと有難いことばでしょう。
そういってもらったことで、私たちは逃げたり)諦めたりすることをしないで、みんな壁を乗り越えることができる問題しか起きていないということで勇気がでるのではないでしょうか。
その時をチャンスと見ることに切り替えることで考え方が180度違ってくるのですね。

第5271号 日々新聞  2014年6月16日(月)
やってみて「ダメだ」とわかったこととはじめから「ダメだ」といわれたことは、ちがいます  イチロー

サントリーの家訓は「やってみなはれ」というそうです。何事も自分で体験してみなければ、言葉で聞いただけのこととは違うということでしょうね。自分が体験で知ったことほど強い確信や自信はつかないものだということでしょう。天下のサントリーの創業者はこれを体験から確信して残し、現在も社員の心得としているということです。イチローも同じことを言っているのでしょう。
イチローの業績と言うのは、毎日の自分にあった訓練からこのことを言っていて、そのことは万人も認めている実績を残しているから、説得力があるのでしょう。
自分がやってみて、「だめだ」とわかったことは、何故そうなったのか、ということが自分に残り、それは次のチャンスに生きてくるものです。これは自分の財産になるのですね。それと反対に、初めからダメだと思い自分の頭と手で体験することなく決めてとりかからなかったことは、後あとまで初めての体験として対面しなければならないでしょう。
従って自分の力や能力の蓄積にはならないのです。
このことをイチローは自分に言い聞かせて鍛錬しているのですね。
自分が行動した知識は体に浸みこみ永久に自分の力になるもののようです。
人から教えられたことは一度自分が体験してみましょう。そして自分で本当に自分が納得することをこころがけましょう。
それがわたしたちの本当の知恵と力がつくようです。


第5272号 日々新聞  2014年6月17日(火)
行動を伴わないビジョンは、たんなる夢。 ビジョンのない行動は、ただの暇つぶし。 ビジョンと行動がそろって、はじめて人生を変えられる
ローター・J・ザイヴァート

「行動がその人を変える」と言った哲学者がいますが、行動することによって対象物が何であるか浮かびあがって見えてくるから、自分も変わることになるということでしょうね。「案ずるより産むが易し」という日本の諺もありますし、私たちはこの格言を実行して「そうだ!」と体験で知っています。
でもあらゆる活動においてもその考えが常にできているかといえばそうでないから、厄介なのですね。
わたしたちが会社や集団で物ごとを考える場合は特にこの教えに沿って考えたり行動することが大切だとおもいます。そのために上に挙げたことばを想い出して計画や、会議をするための教えであると思います。
考えるだけで、行動を伴わないビジョン、計画、夢などは暇潰しと同じだと厳しく戒めているのです。
ビジョンはだれでも持ちますが、それえの行動はなかなか伴うことが難しいのです。
何故でしょうか、心には「いつでもできるから」という考えと「動きだせばたくさんの厄介な問題がでてきて、忙しくなり困難を背負い込むことになりそうだから」というようにマイナスの要因が次々浮かんでくるものですね。
「この行動を起こせばこんな楽しいことが起きるだろう」というイメージとどちらを選ぶか迷いがでるものです。
私たちの周囲でいつも前向きの人だ。とみえている人たちは、まずロマンやビジョンをもったことへの楽しいイメージを描く人たちのようです。
そして「あの人は失敗も多いが何かやる人だ」ということを周囲に印象づけているのですね。
そしてきっと自分も楽しみながら行動ができているのです。
ビジョンは行動を伴ってはじめて実現可能なビジョンになるようです。
何か計画するときはそれについてどのように自分は行動するか、ということをセットで考えるような習慣をつけたいものです。
これが自分をマネージメントすることになり、自分も楽しく、周囲からも期待される人間になりたいものですね。そして人生を変えれるもののようです。最初から素晴らしい人はいなく、行動することで素晴らしい人に成れることを教えてくれる言葉なのです。
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by akinishi1122 | 2014-06-24 19:25 | 社内新聞 | Comments(0)

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