社内報より

 一人じやない人生
私たちが現在生きているのは、自分を中心にして世間を見て判断するものですが、現在の知識や技術は社会から受け継がれたものだということを日常は忘れているものです。
そして私たちは毎日また社会になんらかの貢献もしているのです。このことも忘れていることも多いのです。自分が世間から期待され、当てにされている人間である、ということを気付かないでいるために、希望や誇りというものが起きないという人たちが多いようです。
人間は社会から生み出されたと同時に社会の役にたっているのです。自分の存在価値を考えてみましょう。
自分が生きているということで直接役に立っていることを考えることはすぐ身近にある人々を思い浮かべることができますが、自分の直接は知らない人々にどれだけ役にたっているかということは、なかなかわかりません。
私たちは、自分の知らない多くの人々に役だっていることをしていると知ることは自分の存在価値、生きている価値がわかることになるものです。
わたしたちの建設された作品は現在生きている人々の生活に毎日役だっているものばかりなのですね。
建物はすべて人々の生活に役立つものばかりだし、その建物にはたくさんの人々がいろいろの目的で利用し数しれない人々の生活に役にたっているのです。
私たちが建造した建物は私たちは知らない多くの人々に利用され、その人々の生きていく生活に役にたっているのです。
だけども私たちはその役にたっている一つ一つの貢献については知ることはありません。
実はわたしたちの仕事というのは、ほとんどの作品は自分の知らないところで社会に貢献し毎日役に立っているし、それは自分の人生よりも後々までも役に立つかもしれません。
そのように私たちは自分の知らない人々に貢献しているのです。たくさんの人々に貢献していることを時々考えてみることは、自分の生きて活動していることが、どれだけ値打ちがあるかを知ることになるでしょう。
私たちは一人で生まれてきたのではなく、社会から生まれ、育てられ、そして社会に貢献しているのです。
私たちの活動はすべて社会との関係で動いていて、人々の幸せに貢献しているのです。私たちはみんな当てにされ、当てにしながらの大切な人類にとっての一人なのですね。
私たちは誇りあることを毎日しているのです。

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by akinishi1122 | 2012-04-25 05:58 | 思い | Comments(0)

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