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ノールウエー船の旅

スカンジナビヤの旅(13)ノールエウエー 船の旅
7月30日(水)
船の旅も4日になった。Kirukenesu(ヒルケネス)このKという文字は英語読みだとケイと発音するのだが、現地の発音だと(ヒ)と聞こえるから、日本語の発音にも(ヒルケネス)と出ている。Kをノールウェー語ではこう読むみたいだ。ヒルケネスから暫くの間は2時間おきぐらいに寄航するから、日記を書いたり本を読んだりしてる間に外の景色がどんどんかわり、落ち着いて何もできない。それが夜でも明るいから景色が目に入ると中断して慌てて8階のデッキまで駆け上がらねばならないのだ。
だいたい最初に乗ったあたりが凸凹の半島や入り組んだ地形になっていたから、それが頻繁であった。今日ぐらいからは国の中ほどにあたるから、寄航間が大分ながくなったので落ち着いて、いままで6日間の日記をパソコンに打ち込む作業にとりかかっている。
というのは昨日1時間の休憩のあるStokmarknesという港街でパソコンの無くしたコードを買うことがでかたからである。
今朝先頭の展望室で隣にリトワニヤの青年教師と隣あわせた。小学の教師だから聞いたがやはり20人学級らしい。宿題も夏休み中は出さないそうだ。個性が育つのは夏休みのような長い一人で遊ぶことで自分の個性が段々創られてくるから、学校の延長のような宿題はあまり感心しない。ということだ。「日本では大きな鞄に沢山の教科書や道具など持って登校するのだがあなたの国ではどうですか?」と聞いたら「教科書は学校に置いていて、習ったプリントや連絡帳などが持ち帰りしている」とのことだ。僕も子供の頃、同級の大和君がよく家に遊びに来ていたが兄が遊びのついでに英語などを教えてくれたが、家にはそんな資料があったのだが、大和君は興味を示し熱心だったから、関心が違っていて、あらゆることに彼はそんな興味と関心を示したようだった。そしてみるみる僕などとは学力の差がついていったことを思いだしている。そして彼は国土地理院の院長までになったのだから、同じ材料や同じ教師から習っても本人の興味が第一であることは、この青年教師のやっていることがよく理解できる。
だか宿題を出さないで世界一の学力をつけているフインランドの教育やリトワニヤの教育は早かれ遅かれ人間の個性と行動力の差が日本とは出てきていると思う。
 昼食の時向かいの席にドイツ人の夫妻が居た。見たところ、僕と変わらない年代かと思ったら、まだ現役だという。顔の皺が深いからてっきり僕に近いと思った。
だが1942年生まれというから8歳も若い。建築家と自己紹介してくれ、名刺をくれたが、その時は詳しくみなかったが、Dr
と肩書きがあるから、博士である。相当の見識があるのだろう。地域計画など大型環境計画をやるのだから、地域では有名な人にちがいない。奈良や京都などにも行ったことがあるというから、仕事の一部だったらしい。
各港でわずかな時間で下船して街並みをみてもあまり古という建物は少ない。こんな大西洋の果てまでナチスが来たというのだからナチスは世界のユダヤ人を撲滅してゲルマン民族で世界を支配しようとしたのだろうか。正気とは思えないのだが。どこの港にもナチスに抵抗した勇敢な兵士、市民などの像が建てられている。
だけども東洋では日本が東南アジヤ、果てはインドまでにも進出しようとしたのだから排他てき民族意識というものは怖いものである。各地にナチスに抵抗したり撃墜した資料などが展示されているのが特徴である。ドイツの場合はその後の政権が率直に侵略であったことを認め、謝罪し、そして戦争責任者をいまだ追及しているのは立派である。
ふりかえって日本政府はいまだに政府として「あの戦争が間違いであったかどうかは、後世の歴史家が決めること」などと政府が言ったり、あの戦争は自衛のためだったとする宣伝の本拠地の靖国神社に小泉前首相などは参拝するのだからドイツとはえらい違いだ。
港周辺の建物は最近、日本でもよく見かける仕上げの壁はサイヂングボードのような材料に屋根は尖がりで雪の処理が自動的にできる構造が多い。

by akinishi1122 | 2010-09-10 08:31 | 旅行

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