IE9ピン留め

2/2

2012年2月2日 ニュージランドのこれから30日の旅程表
今日は5通のメールがはいった。旅をする楽しみはこの反応をもらうことも重要な旅の目的になってきた。僕の見たり体験したりそして僕の意見らしいものへの反応は大袈裟にいえば僕が存在する価値があったとすら思うのである。
中路氏からは「旭爪あかねさんとの再会メール、よかったですね。坂口さんが「稲の旋律」をはじめとしてあかねさんの作品に感動された深い意味を垣間みせていただきました。
また琵琶湖での全国研究集会のことを思い起こしました。・・・7月には東北地方で全国研究集会が予定されていますね。中桐さんも参加されるようです。私も参加予定です。再度そうした方々と交流できればと思っています。」
「飛翔」編集長から続オークランド便りありがとうございます。グーグルで位地を確認して読んでいます。京都はただいま市長選挙の真っ最中、5日の日曜が投票日です。あと3日です。脱原発の市長実現のため、寒中最後の力を振り絞ろうと思っています。京都に蔓延するワーキングプア老若男女もが生活にあえいでいる様は、平安、鎌倉時代の「方丈記」の世界とひとつも変わりません。国際観観光都市なんて生活のひっ迫をみたら虚構です。旅日記、写真とは違い、旅する人の様々な思いが込められていてこんご見習わなければと思い読んでいます。  「飛翔」田中
YSさんのお母さんから、「皆様のお言葉に感謝、貴方様の色々なお心遣いに感謝です。ところで信さんの本名はどなたですか?他の名前(坂口?)も出てきたような・・・私はYSを通じてしか信さんのことを知らなかったのに、このような色色な方からお言葉をいたいただき嬉しいです。25~6歳のこれからやりたいことがたくさんあった若者が、ちゃんとしたお別れもできないまま命を絶たれるということは残念、かわい壮そう、そんなお言葉ばかりでした。1年以上私は、思考が途絶したような状態でした。何もしたくない、考えたくない。しかし仕事は休むわけにはいかない。人に接する仕事であるのに、笑顔がは無かったと思います。いつ頃だったでしょうか、ご近所の奥さんから「無理にでも笑ってごらんなさい。そうすると気持ちも変わってくるかもよ」と言われたことがあったので、暗い顔で過ごしていたと思います。…季節の変わり目の自然の変化(桜が咲いた、紅葉狩りなど)も全く興味が無くなっていました。人にYSのことを自ら話できるようになると、心が少しずつ樂になるのを感じました。「傾聴」の大切さを身を持って感じました。泣くことの大切さもです。そんな中SYの友だちが家に来てくれたり、お墓を教えてほしいと言ってきてくれることは嬉しかったです。昨年の夏休みを使って夫と娘と3人でトルコに行ってきました。YSの旅では1か月滞在した地だったので、少し思い入れもあり、巡礼の感もありました。本当は亡くなった地であるチリのパイネ国立公園に行ってやりたいと思っています。季節が逆だし、しっかり時間を使って、スペイン語も少し勉強して、体を鍛えておかないと、・・・など考えていると、もう少し後になってしまいそうです。今、NHKで「旅のチカラ」というのをやっていて、時々時間があれば見ています。信さんが考える旅のちからというのもお聞きしてみたいです。YSのことを知ってくださっている方々に、信さんを通じてですがお礼をお伝えください。YSの母より
このYSさんのお母さんからの手紙は僕としても同じような気持ちがあるので記録しておくのがこの旅の重要な想い出になるからと思っている。
夕方名古屋の加藤弁護士からメールがはいった。先生は毎年全国経営研究集会と同友会総会でお会いするメンバーだが昨年からお誘いして「飛翔」のメンバーでもある。
坂口さんへ「ゆったりとした旅路、いいですね。確かに我が身を振り返っても、子供の
頃から」「忙がしく」、手放しで遊ぶ時間がすくなかったですね。日本社会だけにいると、ホントウの人間の生活を知らぬまま生涯をおくりかねません。坂口さんの紀行を拝読させていただき、正気に戻る思いです。旅のご無事をお祈りしております。
明日から旅にでるので「日日新聞(社内報)」の原稿を2日分書いて送信しておいた。
昨日計画したこれから30日分のニュージランドのチケットが夕方できるというのでHIS支社にとりに行く。
2月3日(金)オークランドからバスでバイビアへ 10;30 着14;19 ホテル予約済み(HISで)
4日 (土) 自由行動
5日 (日)バイヒア発13;50 オークランド着18;00 ホテルへ戻る
6日 (月)バスにて ロトルアへ 6;55 ロトルア観光バスで朝ホテルに出迎えてくれる  ロトルアのYHホテルは自分で手配済み 17;00着
7日  自由行動
8日  自由行動
9日  飛行機でウエリントンロトルア発 09;50 ウエリントン着10;55 ホテルはまだ
10日 自由行動
11日 ウエリントンをフェリーで南島へ08;25発 ビクトン着11;35
    電車に乗り換え ビクトン発 13;00 クライストチャーチ着 18;21
    ホテルはまだ未定(3日現在)
12,13,1415日まで自由行動 シャロンさんの家や明子さんの下宿のおばさんを訪問よてい
16日 バスにてテカポへ 出発 08;30 テカポ 着 12;00 ホテルはまだ未定(3日現在)
17日 自由行動
18日 マウントクックへ 出発11;25 着 13;00 ホテル未定
19日 (日)定期観光バステイカポからマウントクック(日本語ガイド付き)くいんずタウン着 18;30
20日 ミルフォード1日観光 07;20発(日本語ガイド昼食付)クインズタウン着20;00
21日 自由行動
22日 ダニーデンへ 07;00バスツアー発 ダニーデン着 14;00
23日 自由行動
24日 インバーギルへ発 13;55 16;25着 16;45発
    インバーガーギル着 17;40
25日 自由行動
26日 スチユワートアイランド島一日観光08;30に出迎えあり 09;30フェリーブラフ発  11;00 スタート 10;40  15;30到着
27日 自由行動
28日 飛行機でオークランドへ 09;45 発 クライストチャーチ着11;00
    乗継12;30 発 オークランド着  13;50
29日 オークランド自由行動
3月1日 オークランド自由行動
3月2日 オークランド自由行動
3月3日 帰国の途へ
3月4日 関西空港着


# by akinishi1122 | 2012-02-03 03:30 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

社内報より

怒りの後に笑顔でいよう
人間には喜怒哀楽がありまさす。無いという人はあり得ないのです。怒りがあるから喜びも湧くというものです。本当に怒りを持つ人は本当に喜びも出来る人なのです。要は何について怒るかが問題で世の中の不合理については心の底から怒るべきです。
怒ることによって問題を真正面から向き合うことができるとき本当の自分に降りかかる問題を真正面から解決できるのです。不当、不正義に対する怒りは力になるものです。個人に対する不正義とは個人が持っている尊厳あるいは私有財産の権利にたいする妨害、侵害、遺棄などに対しては正当防衛の権利を保障しているのが近代国家の民法となっています。
また国に対しての他からの不当な権利侵害にたいしても国際法の正当防衛の権利を国際法で認めているのです。
このように誰でもが認める権利侵害について怒ることは当然のことです。
怒り全てが悪いものではなく、正当な人間の生存する権利にたいする権利が侵される場倍には怒ること、大いに怒ることは人間の社会が発展する原動力になってきたのです。このように怒りの内には不合理や不正などを人類の平等をうちたてるために必要であったことが多かったのです。
ですから怒りの中には現状を打破したり守ったりして新しい秩序を創るという願いが内部に含まれている場合が多いのです。
ですから怒りが解決されるときいは人類は喜びが生まれ笑顔が生まれるものなのです。
怒りには個人的にも、集団的にも、国家的にも人類の共通の願いが含まれれていることが多いのです。
ですから怒るべき時に怒らないと言うのは自分の尊厳を護らないことだし、集団の尊厳、生きる権利を放棄することに繋がることになるのです。
自分の尊厳、集団の尊厳、社会の平和を護る尊厳とはどんなことかをたまには考えとおくことは人間としての筋の通った人だと評価されることになります。
怒るべき時に怒らないことは自分や社会のためにならないことです。
いかりを自分の力で解決、克服することで喜びと笑顔は生まれてくるものです。
笑顔を創り出すためには怒るべき時には全力で怒ることです。そこに人間の啞すヘノエネルギーも生まれてくるものなのです。

# by akinishi1122 | 2012-02-02 15:02 | Trackback | Comments(0)

今日の一句



冬の国見捨ててをらぬ若き娘ら  日本はすべて冬になってきたがここに来ている娘たちは希望に満々ている

# by akinishi1122 | 2012-02-02 07:15 | 俳句 | Trackback | Comments(0)

ニュージランド(6)

2012年2月1日 ニュージランドの今後の日程を旅行会社に頼む(6)
昨日の写真をパソコンに収納する作業をしていたら全て消えてしまった。作業ミスだろう。残念でならない。メールを開いたら作家の旭爪あかねさんから「旅日記拝読しました」とはいっていた。オークランドにいらっしゃるのですか?オークランドってどこ・・・?ふだん、英語をどのように学んでおられるのか、ぜひお聞かせいただきたいです。私も喋れるようになりたくて。とあったので僕の憧れている作家からこのように僕の旅日記を読んでいただいているとはなんと嬉しいことか。僕は作家でないからただ僕流に書いているから文章や構成などおかしいと思うが僕流の旅を僕流に記録しているから恥ずかしいとは思はないが、読んでいただくだけでも嬉しいと思っている。
旭爪あかねさんの「稲の腺律」に感動したのは3年前だったと思う。手紙形式での最後まで手紙のやりとりのドラマだったから大変読みやすい。いっきに読んでしまい後の続編の2冊もすぐ買いとり、たしか南米の旅の時に持参して読み続けたのではなかったか。
あかねさんが登場する民主文学の座談会や評論、次の短編小説は残らず読むことにしている作家だし、一昨年の琵琶湖での全国研究集会に参加して文学論を大阪の作家横田氏との若い人同士の文学対談も直接聞くことが出来た作家である。「稲の腺律」は映画になったが小説があまりに感動的だったので映画は小説の感動ほどではなかった。やはり映画というのは原作を超えることはできないものだなと思って観たことだった。
「稲の腺律」が僕に何故感動を与えたかはやはり僕にも引きこもり的な過去やコンプレックスがあったからかも知れない。それは田舍から出て来て大阪の文化に馴染むまでの内心のコンプレックスを突破するまでの時期がこの主人公とおなじような内心の共通をよく描いていたからであろう。だから共通の心の持ち主だから共感できたのであろう。
そんな作家だから心が通じあえるような気がして好きになったものである。
中山氏からも来た。(一月の休暇で外国旅行しても現職に復帰できる先進国。日本も本当の「先進国」になって欲しい納得しました。夢に終わらせたくないものです。大阪では、ハシズムが始まって二か月になりました。「教育改革は国家改革の重要なポイント」と橋下氏の国家乗っ取り」作戦は進行中です。ファシズムは最初は静かに、やがて坂道を下るように加速するものではないかと危惧しております。と
僕の昨日の日記への感想である。
また大阪同友会の代表理事のN女史からは今日の理事会で当面する同友会の問題点、中小企業憲章の推進を具体化させる運動の提起をされるとのことである。彼女の中小企業憲章に対する情熱はたいしたものでまだ具体的な運動が定着していない現状で各自治体が模索している段階だから彼女のような情熱で次第に具体化されていくことだろうから彼女には期待している。こんな人がいなければ道は開けないものだから。
今日は今後の旅行の予定を決めるのにどうしたらいいかホテルの受付に相談したら、日本のHIS社がここにあるから行ってみたら。と教えてくれたのでいってみた。なるほど街の中心にありスタッフも10人ほでいて、全て日本人である。そして僕がここに来たのもHISだったしなんだか安心感がでてきた。
あと30日あるから、希望を全島を回る交通機関のバス、電車、フェリー、飛行機の時間割をたててもらった。ホテルは自分でユスホステルを手配することにした。三時間ばかりかかり全て北島も行けるように交通や観光ツアーもはいって完了した。クライストチャーチが地震で観光ができるかどうかが行ってみなければわからないようだし、下宿していたシャロンさんの家がどうなってるのかも行ってみなかれば解らない。
明日プランが完成した書類が出来るが全て今日支払っておいた。全体で2990ドルであった。
昼は韓国料理、夜は近くのスーパーでステーキ2枚、卵の味がついた冷凍4個、トマト6個、刻みキャベツ。これだけ買
っても12ドルだからやはり自分で料理したら安くたべられるものだ。それを下げてホテルに帰ったら日本人ののりこ子さんがいたのでステーキを食べないかと誘ったら、もう夕食は済ませたがステーキはありがたい、といって料理をしてくれたから一緒の食べることができた。
家に今後の全ての計画ができたことを電話メールで発信しておいた。

冬の国見捨てをらず若き娘ら  日本はおかしくなっているがここにいる娘らは希望に満ち満ちているいるようだ

# by akinishi1122 | 2012-02-02 07:11 | 旅行 | Trackback | Comments(0)

syanai

 待つ心優しく
現代の子育てや人そだての典型は「早く早く」だそうです。昔の教育は人育ては早くて5年、一人前になるには8年かかったと言われています。
ですから現代では名工と言われるひとが少なくなりました。それは製品が見かけだけは昔の名工が作った作品と同じように見える作品が工場で仕上がって、しかも早く安くできてくるからでしょう。
また市場も名工の作品というものにこだわりがなくなったからでもあるのです。
考える将棋などでもコンピユータと対戦するとアマチュアでは殆ど勝つことはできなくなったと言われています。
たしかにパソコンであらゆることができ、それを使ったコンピュータの管理で自動車や工場の機械も動かされていて人間の塾連などで積み重ねられた技術がコンピユータ技術で一級品が出来上がるのは間違いありません。
しかしこれらの物はすべて人間が無くてはできなかったものですね。機械やコンピューターは未来のことを開発することはできません。そこにどうしても人間が必要になってくるのです。
では人間はどうして育てあげられたかといえば、人間には一人一人の意志というものがあるからです。
意思というのはどうして育ちつくられていくものでしょう。
決められたことをただ忠実にこなすことは機械ができても、これから起きるであろうことを予測したりその予測にたいして対策をあらかじめ準備して対応するのが人間で、機械やコンピューターにできないことなのdすね。
では自分の意思や予測というのは人間は、どこから生まれるのでしょう。
それは自分の経験、他人の経験や失敗を重ねることによって予測というのが働くようになるのです。それと人間は利害というものが将来自分に利益になるかどうかという利害の予測も人間の行動に移るおおきな基準になるものです。
ですから人を育てる時には「早く早く」は効きにくいのです。

うがより近い言葉になるのです。
人間にたいする期待や要望、それに人育てというのは、理解してもらいたい目的を理解さすこと、そしてその仕事の重要性、そしてかならずその相手の人の理解度、意欲、過去の経験そして今の立場をどのように的確に把握しているかがその人を行動に移させるかの重要なポイントになるでしょう。
ですから、教育や人育てには「早く早く」という言葉がもっとも不似合いなことばになるのです。優しく理解して待つこころが必要となるのです。

# by akinishi1122 | 2012-02-02 06:54 | 思い | Trackback | Comments(0)

< 前のページ 次のページ >